

旅をしていると必ず聞かれる。「これまでサーフィンした中で、一番よかった波は?」と。けれど、この質問ほど難しいものはない。世界の名だたるブレイクを巡ってきたが、必ずしも“当たり”に出合えるわけではない。期待して彷徨った末に、最初に入ったスポットが一番よかった——そんな経験はサーファーなら一度はあるはずだ。風が変わり、どこも良くなくなる日もある。「right place at right time」。極上の波に巡り会えるのは、本当に稀な奇跡だ。
パイプラインで日本人初の10点を叩き出した小川直久さんでさえ、「家の前で入った波が、これまでで一番良かった」と語っていた。波は、ときに何の前触れもなく黄金色に輝く瞬間を見せる。

サンタクルーズは南に面してるので西海岸でも夕日は山の方に沈んでいく

キャピトラビーチでのサーフィン後。ヤシの木が増えてきてメキシコの雰囲気が流れる
スティーマーレーンの安定した波の強さは、うねりだけでは説明できない。海底の独特なリーフ形状がうねりを極上のブレイクへと変え、世界中のサーファーを虜にする。象徴的なのは、崖沿いに巻き込むように割れるライトのポイントブレイク。かなり長い距離を乗れ、最奥のピークでは崖の裏側からエキスパートたちが乗ってくる。
崖に作られた階段を降り、手に絡みつく海藻を払いながらパドルアウトするだけで、この場所の空気の濃さが伝わってくる。乗り損ねがほとんどないほど波は安定している。波を捕まえるのに一苦労だが、さすがのグランドスウェル! 50人以上入っていても、全員が楽しめるだけの波が次々と押し寄せた。
一本乗るたびにスイッチが入り、何本か続けて波に乗れたものの、まだ“これだ”という1本には出合えなかった。“1本だけでいい”。その1本を求めて辛抱強く待った。セットが入ると、ファーストピークは速すぎて誰も乗れない。ドルフィンができないほどボリュームのあるボードを選んでいた僕は、少し外れたポジションで待ち続けた。そして、その判断が正解だった。目の前に求めていた一本が現れた。
押し出されるようにテイクオフし、斜面を駆け下りた瞬間、すべての音が遠のいた。波が呼吸に寄り添い、静寂のなかでダンスをする。この海を駆け抜けた先人たちの息遣いが、潮騒に溶けて聞こえたような気がした。象徴的なこの場所の歴史に、ほんの少し触れた気がした。

スティーマーレーンの崖の上から。この横の階段から降りていく

たまに入ってくるクリーンアップセット。突如として海が盛り上がるから予測しづらい
サンタクルーズを語るうえで欠かせないアイコニックスポットがもう一つある。プレジャーポイントだ。ショートからロングまで幅広く楽しめ、ポイントも広く、ゆったりとしたブレイクがいくつも連なる。レーンとはまた違った“やさしさ”がある。
生粋のローカルは、スティーマーレーンとプレジャーポイントのどちらか一方にしか入らないと聞いた。クルマで15分ほどの距離なのに、文化圏が明確に分かれている。崖の上から波を見つめる人々の眼差しに、この地にサーフカルチャーが深く根付いてることを感じた。
サンタクルーズのサーフカルチャーの奥深さは、“波”だけで生まれたものではない。オニールの創業者ジャック・オニールが1959年に世界初のサーフショップを開いた場所であり、現代のウェットスーツの礎が築かれた場所でもある。歴史とは、人と場所と時間が重なり続けることで生まれる。ここではその重なりが日常の風景となり、未来へとつながっていく。
街全体がひとつのテーマパークのようだった。自然がつくり出すアトラクションを、誰もが当たり前のように楽しんでいた。気づけば4日間があっという間に過ぎ、波は少し落ち着き、サーファーも減り始めていた。まるで閉館を告げる音楽が流れ始めたような、ほんの少しの寂しさが残った。
きっと「一番良かった波」を一つに絞ることはできない。それでも、スティーマーレーンで出合ったあの一本は、確かに心の深いところに刻まれた。

北カリフォルニアのユニークな地形。午前中は必ず白く靄がかっていて、午後になると快晴になる

ポイントの目の前に無料の駐車場、シャワー、トイレもついていてサーファーの為に作られたような街だった

サンタクルーズには実際にテーマパークもあり、サーフィンをしなくても楽しめる観光地となっている

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南バハにも、北からのスウェルを拾うポイントがある。
トドスサントス——空港のあるラパス、南端のサンホセ・デル・カボといった町が点在し、この一帯に入った瞬間、人の密度が一気に上がった。パームツリー、白砂の浜辺、コバルトブルーの海。それまで人のいない砂漠を抜けてきた僕たちにとっては、大きな変化だった。人が増えれば、窃盗などのリスクも高まる。そう警戒はしていた。
シーズン一発目の北スウェルが届いていた。セリトスというビーチをチェックすると、セットで頭半ほどの波が割れている。ボトムはサンドで、アウトからはクローズ気味の波も入り、久々にビーチブレイク特有のスリリングな感覚を味わった。
町の人の多さに圧倒され、僕らは静かなビーチを求めた。アプリで見つけた無料のキャンプスポットへ向かう。到着すると、大きなショアブレイクの向こうに沈む夕日が、波をエメラルドグリーンに染めていた。釣りをする人や、ほかのキャンパーもいて、ゆったりとした時間が流れている。その夜、僕らは安心して眠りについた。

バハ半島の南端の町、カボ・サンルーカス。カナダやアメリカから冬の寒さをしのぐためにここに集まる

セリトスビーチ。WQSなども行われる観光客にも人気の場所だが、まだ道は舗装されていない

バハに点在するシークレットの一つ。真西に面していて北も南もうねりを拾うが、滞在した4日間一度もサーフィンをすることはできなかった

海へ抜けるためにプライベートエリアを通過することもある。通っていいのかわからないが、前に進むしかない
午前2時頃、ヴァンをノックする音で目が覚めた。この時間に声をかけてくるのは、たいてい警察だ。そう思い緊張が走ったが、外に立っていたのは普通の一般人に見えた。
「六角レンチを貸してほしい」
拙いスペイン語では完全には聞き取れなかったが、何かに困っていることは伝わってきた。奇妙な時間ではあったが、この旅で僕らも多くの人に助けられてきた。今度は自分の番だと思い、持っているレンチを取り出した。そのまま持ち去られるのも嫌だったので、彼と一緒に車まで歩くことにした。出身地はどこか——そんな他愛のない会話をしていると、200メートルほど先に一台の車が止まっており、ほかに3人の男が待っていた。
「どうしたんだろう?」そう思った瞬間だった。
「SHUT UP!!!」
こめかみに冷たいものが押し当てられる。
ピストルだった。
一瞬で状況を理解した。両腕を二人の男に押さえられ、車の中に押し込まれる。
誘拐——その言葉が頭をよぎった。
自分のことより、先に妻の顔が浮かんだ。もしここで消えたら、彼女は一人になる。自分一人なら、いざとなれば逃げることもできるかもしれない。だが、妻を一人にするわけにはいかない。幸いにも、彼らが要求してきたのは金だけだった。
夜中の2時、寝ているところを突然起こされ、「六角レンチを貸してほしい」と言ってきた相手に、まとまった現金を持っているはずがない。そう伝えると、「くそっ!」と、想定外だったかのような反応を見せた。その瞬間、彼らが素人である可能性が頭をよぎった。だが、油断はできない。仮に持っているピストルが本物であれば——抵抗は禁物。この掟は絶対だった。
僕らは、このような事態に備えていた。パスポートやクレジットカードは分散して隠してある。被害は最小限に抑えられるはずだった。
車に乗せられたまま、僕のヴァンのもとへ戻る。ヴァンの中には、手の届く場所にカメラやパソコンがあった。だが彼らは、早く立ち去りたいという焦りからか、車内を細かく調べようとはしなかった。
いつも持ち歩いているポーチを差し出す。中には現金1万5千円ほどとクレジットカード、そして寿司屋で働いていた頃にお客さんからもらったカードケース。そしてスマートフォン。すべてを奪うと、赤いテールランプは闇の中へ消えていった。
まず、妻に危害が及ばなかったことに、心から安堵した。強盗の話は以前から耳にしていたが、まさか自分たちが経験するとは思っていなかった。まだ起きていた近くのキャンパーに事情を説明し、彼らの隣に車を移して夜明けまで過ごしたが、ほとんど眠ることはできなかった。
翌朝、カボ・サン・ルーカスの交番で被害届を出した。形式的な対応はしてくれたが、実際に捜査が進むことはないだろう。お金を積まない限りは。
その後しばらくは、出会う人すべてを疑ってしまった。だが、それも時間とともに薄れていく。
今回の出来事は、不運だった。ただ、それだけではない。正規のキャンプ場を選んでいれば、防げた可能性は高い。僕らにも落ち度はあった。
それでも——バハという場所を、嫌いになることはなかった。

メキシコ本土に渡ろうか決め悩んでいたところ強盗に遭い、その先は諦めた。代わりにこのバハ半島の南端で1か月過ごした

大好きなプラヤ・パルミージャ。リゾートホテルの中にあるパブリックビーチで監視カメラもある

カボ・サンルーカスから少し東に行くとサンホゼというエリアがある。リゾート地になっていて海がとてもきれい

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海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Andresa Pedroso アンドレサ・ペドロサ
ブラジル南部出身。現在はバイロンベイを拠点に活動するアーティスト兼フォトグラファー。海と自然に囲まれたライフスタイルからインスピレーションを受け、旅や日常の美しい瞬間を作品へと落とし込んでいる。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちはブラジル南部のガロパバ。2016年にオーストラリアへ渡り、ここ5年はバイロンベイで暮らしている。現在はアーティスト、フォトグラファーとして活動しながら、子どもと関わる仕事もしている。
多くの人がそうであるように、私も「いろいろな場所を見てみたい」という気持ちが強くて、19歳のときに兄がいたオーストラリアへ遊びに行ったのがきっかけ。その旅を経て一度はブラジルに戻ったけれど、「やっぱりオーストラリアに住みたい」と思い、約1年かけてお金を貯めて移住したの。
ライフスタイルはもちろん、アジアや太平洋の島々など、ブラジルからは遠かった場所に気軽にアクセスできるのも大きな魅力。移住までの道のりは決して簡単ではなかったけれど、「ここを自分のホームにしたい」という想いがずっとあったから、どんな困難も乗り越えられたわ。
アートを始めたきっかけとインスピレーション
子どもの頃からクリエイティブなことが大好きで、時間があれば何かを作ったり、クラフトをしていた。今でも作品を作っているときは、あの頃に戻るような感覚になるの。本格的に制作に向き合い始めたのは2019年。最初はセラピーのようなものだった。日中は幼稚園で働いて、家に帰ってから水彩画を描く日々。その時の気分のまま自由に描く時間が、何よりの楽しみだったわ。
続けていくうちに自分のスタイルが少しずつ見えてきて、友人たちが作品を褒めてくれたり、「買いたい」と言ってくれたことが、ビジネスを始めるきっかけになったの。その後バイロンベイに移り、より制作に集中するように。周囲からも「アートでやっていくべき」と背中を押された。
最初は「本当に売れるの?」という不安もあったけれど、マーケットに出てみたら反応は想像以上! 「自分のアートには価値がある」と実感できたことで、大きな自信とモチベーションにつながったわ。
趣味やセラピーとして始めたものを、好きなことで収入を得る形へ変えていくのは簡単ではなかった。でも続けることで少しずつ形になり、3年ほど経った今では、他の仕事を減らしてほとんどの時間を制作に使えるようになったの。
インスピレーションの源は、やっぱりライフスタイル。海辺で育ち、家族は漁師。幼い頃からビーチや海の中で過ごす時間が当たり前だった。ブラジルではサーフィンもよくしていたし、海や海沿いの暮らし、トロピカルな空気感から多くを受け取っているわ。島を旅するのも大好きで、南国の花やパームツリー、その空気に強く惹かれるの。そうした感覚が自然と作品に表れていると思う。それだけじゃなくて、お店で見かけた服の色合わせや、カフェで出てきた料理の色合いなど、日常のささやかな瞬間からもインスピレーションを受けている。


オーストラリアのマーケット文化が繋ぐ人との出会い
マーケットの魅力は、やっぱり人と直接会えること。その場でリアルな反応を感じられるのが何より大きいわ。ブースに来てくれた人が「これすごくいい、大好き!」と言ってくれる瞬間は、本当に特別で嬉しいもの。そこから自然と会話が生まれて、「どこからインスピレーションを得ているの?」とか質問してくれるのも楽しい。
あと面白いのは、色んなアーティストが訪れてくれること。「自分もやってみたい」と言ってくれて、その後「マーケットに出始めたよ」「あなたに勇気をもらった」と伝えてくれる人もいる。自分の活動が誰かの一歩につながっていると感じられるのは、とても特別なこと。
ただ作品を売る場所ではなく、人とつながり、影響し合うポジティブな空間。それがオーストラリアのマーケット文化の魅力だと思うわ。

海、自然との関係を言葉にするなら?
自然との関係は、とても深くて大切なもの。インスピレーションの源でもあり、心を整えてくれる存在でもある。時間があればビーチへ行ったり、自然の中を歩いたりするのが好き。海に入ると、気持ちがリセットされる感覚があって、癒しという言葉だけでは足りないくらい。落ち込んでいるときも、嬉しいときも、少し泳ぐだけで気分が大きく変わる。海には人を癒す力があると、本気で思っている。
旅先でも気づけば、いつも海のある場所を選んでいる。シュノーケリングができたり、水の中を楽しめる場所。友人には「また海のきれいな場所に行ってるね」と笑われるけれど、それくらい自然に惹かれているということだと思うわ。
去年訪れた日本では、沖縄の石垣島や宮古島がとても印象的だった。宮古島で見た色とりどりのハイビスカスを写真に収め、そのまま作品として描いたの。旅や自然で感じたことが、そのまま表現につながっていくことが多い。
あなたの人生に欠かせない3つのもの
1つ目は、海の近くで暮らすこと。歩いて5分で海に行ける距離が理想。
2つ目は、人とのつながり。家族と離れているからこそ、バイロンで出会った友人たちは家族のような存在。彼らなしの生活は考えられないわ。
3つ目は、穏やかな環境。自然に囲まれ、自分の空間が落ち着いていること。心が安心できる場所で過ごすことが、とても大切。

今後の夢と目標
アートイベントに参加しながら、より多くのクリエイティブな人たちとつながっていきたい。そして写真にも、もっと力を入れていきたいと思ってる。これからの数年は、旅もいっぱいしたいな。今一番行きたい場所はタヒチ。何度か計画しながら実現できていないから、近いうちに必ずいかねくちゃ。
これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
考えすぎないこと、とにかくやってみること。それが一番大事だと思う。頭の中で考えすぎて動けなくなることって多いけれど、実際にやってみると意外とシンプルなことも多い。
うまくいかないことがあっても、「やってみた経験」は必ず残るし、「やらなかった後悔」よりずっといい。そして、愛情や情熱を持って取り組めば、思っている以上にうまくいくことも多いもの。私自身も最初は怖かったけれど、挑戦したからこそ今がある。だからこそ、怖くても一歩踏み出してみること。それが何より大切なことだと思う。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Andresa Pedroso#Ocean People#アンドレサ・ペドロサ#ビーチライフ#連載

サーファーなら一度は夢見るブレイクが、世界各地に点在する。ここスコーピオンベイも、その一つだ。荒野に囲まれたユニークな地形、そして何より、世界有数のロングライドが楽しめる。
僕らがこの場所に着いたとき、シーズン最後であろうスウェルが押し寄せていた。ここは1st Pointと呼ばれる一番手前のブレイクから、海岸線沿いにポイントが連なっている。一番奥まで行けば6thまであるが、主に人気なのは2ndから4thまでの間だ。南からの大きなスウェルが決まると、普段はそれぞれ独立しているスポットが繋がり、夢のようなロングライドが姿を現すという。2ndから3rd手前の崖の上はすべてキャンプ場となっており、波を眺めながらくつろぐことができる、サーファーにとって最高のロケーションだった。

南からのスウェルが半島を巻き込むように入ってくる。条件が揃うと、戻るのに車が必要になるほどロングライドできる
朝、カーテンを開けると、すでにゆっくりと長く割れる波が連なっていた。コーヒーを挽きながら、潮が引くのを待つ。このスウェルのためにキャンプ場には多くの人が来ていたが、皆それぞれのタイミングを待ち、パドルアウトしていく。誰もガツガツすることなく、有名なスポットとはいえ、穏やかな雰囲気が流れていた。
僕らは初日、2nd Pointでサーフィンをした。このブレイクは大きなベイエリアとなっていて、砂混じりのリーフの上で割れるトロめの波。ロングボーダーや初心者、年配のサーファーも楽しめる人気のスポットだ。横一直線にアプローチするスウェルラインにボードを引っ掛け、テイクオフする。だらだらと崩れていく波は、地形によって何度もリフォームを繰り返し、インサイドまで乗っていける。ターンをするわけでもなく、ただ純粋に波に乗ることを楽しむ。気づけば、1分以上乗っていることもあった。
夕方、僕は一人で3rd Pointに入った。波のフェイスは張りを見せ、3〜4ftのファンウェーブ。足元で水面を走るボードには、確かなスピードを感じる。夕日を背に、自由にラインを描いていく。南半球から何千キロも海を越えてやってきた波の、最後の数十秒を共にする。この瞬間のために、僕はカナダから何千キロも旅をしてきた。ただ波に乗りたくて。
ひとつの夢が叶った瞬間だった。
だが意外にも、その時間はあっという間に過去となり、夢は記憶へと姿を変えていった。

ロータイドのときの2nd point。手前にリーフが見えるが、昔はすべて砂浜だったと聞いた

波がいいと自然と駆け足になっていく! 崖からビーチまでのアクセスが急で降りるのが意外大変

ここでもボリュームのあるボードが大活躍だった。厚めに割れる波でもボードが滑り出すのが早い

水温も温かくタッパーがあれば十分。手前のリーフが鋭いのでロータイドのときは注意が必要
満月の夜、同じキャンプ場にいた老夫婦にキャンプファイヤーに誘われた。意外にも、バハを旅している若者はあまり多くない。ほとんど出会うのは、年配の人たちだ。そして彼らには、一つの共通点があった。
「1980年代からバハに通っている」
彼らもまた、若い頃に訪れて以来、この地の虜になっていた。火を囲みながら、昔の話を聞かせてくれた。橙色に照らされた彼らの顔の陰影に、僕は40年後の自分の姿を重ねていた。そして彼らの優しい眼差しもまた、僕らに若かりし日の自分たちを重ねているようだった。
消費社会の中で、日々すり減っていく充足感。そんな世界とは対照的に、バハは昔から変わらず、今もそこに在り続けているのだと思う。
「足るを知る」
電波も何もない場所にあったのは、お金では決して買うことのできない経験だった。一つひとつ経験を重ね、自分の世界を広げていく。世界は広いようで狭く、狭いようで広い。手の届かない場所にあると思いきや、それはすぐそばにあることもある。近くにありながら、それに気づかなければ、触れることすらできない。

サンセットをバックにサーフィン。サーファーはいたが、ポイントが広いため混んでいる印象はなかった

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Profile
Aina Elias アイナ・エリアス
スペイン・カタルーニャ出身のサーファー兼フォトグラファー。現在はスリランカを拠点に、水中撮影や自然光を活かした作品を通して、ブランドやクリエイティブプロジェクトに携わりながら、自分らしい表現を追求している。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちはスペインのカタルーニャ地方、海沿いのコスタ・ブラバというエリア。コンスタントに波がある場所ではないけれど、ここで11歳のときにサーフィンを始めた。子どもの頃からサーフカルチャーやその業界に憧れがあって、旅もよくしていたの。同じ頃に写真も撮り始めて、最初はGoProのようなアクションカメラで、サーフィンに行くときに友達を撮ったりしていた。私の町は緑や崖が多くて自然が豊かだから、どこへ行くにもカメラを持っていって、Instagramに投稿していたわ。そのうち「もっとちゃんとしたカメラで撮りたい」と思うようになって、家にあったカメラを両親から借りたの。そこからは本格的に、自分の好きな世界、旅やサーフィン、海のある暮らしを撮るようになった。サーフィンと写真、ふたつの情熱が自然に重なっていった感覚だわ。
基本は独学で学びつつ、ときどきワークショップなどの小さな講座にも参加していた。高校生のとき、カタルーニャでは卒業のために最終課題プロジェクトを提出する必要があって、時間も労力もかかるから、本当に興味のあるテーマを選ぼうと思って迷わず「水中撮影」を選んだの。
そんなときに南スペインで開催されていた「It’s Only Water」というクリエイティブプロジェクトのワークショップを偶然見つけた。当時は今のように大きな規模ではなく、小さなスタジオで少人数向けに活動していたから、遠くの町から来た私に主催者は驚いていたわ。座学から始まり、そのあと実際に海に入って学んでいく中で、時間も労力も忘れて夢中になっている自分に気づいたの。「これがやりたいことだ!」と心から思えた瞬間だったわ。主催者もその熱意をすごく喜んでくれて、それから連絡を取り続けるようになった。
数年後、「一緒に働かない?」と声をかけてもらって、夏にキャンプやスクールの撮影を手伝うようになった。毎日のように海に入りながら撮影して、ほかにもクリエイティブなプロジェクトに関わって、水中写真家としての基礎や現場での動き方、本当に多くのことを学んだわ。あのワークショップに参加した日が、人生を変えたきっかけだったと思っている。
そうやって少しずつ、自分のキャリアが形になっていったの。今はスリランカを拠点に、クリエイティブなプロジェクトを中心に活動している。ブランドやホテル、レストランと仕事をしているけれど、お金のためというより、本当にやりたいと思えるものだけを選ぶようにしている。写真を大切にしてくれる人たちと一緒に仕事をするのが好きで、海や自然の世界観を持つブランドと関わることが多い。
スリランカでの生活
ここでの生活は本当に心地いいわ。時間の流れがゆっくりで、サーフィンをしたり写真を撮ったりしながら、自分と同じ価値観や目標を持つ人たちとつながる。そのシンプルなことを大切にしたいと思える場所なの。
自然とクリエイティブになれるというか、無理をしなくてもアイデアが湧いてくる感覚があるわ。ローカルの人たちのシンプルな暮らしを見ていると、豊かさって物の多さじゃないんだなって気づかされるの。


サーフィンを始めたきっかけ
サーフィンを始めたのは11歳のとき。ちょうど地元にサーフスクールができたの。父は昔からウォータースポーツに関わっていて、「何か海のスポーツをやらせたい」と思っていたみたい。最初はキッズ向けのパドルサーフレースから始めたけれど、一度サーフィンを体験してからは完全にハマったわ。波はとても小さかったけれど、11歳の私たちにはそれで十分だったの。
これまでたくさん旅をしてきたけれど、一番好きなのはスリランカとスペイン南部。基本的にロングボードに乗っていて、次に行きたい場所はフィリピン。コミュニティの雰囲気やライフスタイルがきっと自分に合う気がしているの。それからメキシコやコスタリカにも行ってみたい。特にラ・サラディータやバハ・カリフォルニア。これから自分の人生がどこに連れていってくれるのか、楽しみだわ。

海、自然との関係
海にいると、すべてから切り離される感覚があるの。自分にだけ集中できる時間というか、音楽も何もない中で散歩しているときのように、自分の思考と向き合える時間。あの瞬間は、他のことは何も関係なくて、ただ「私と海」だけがある感覚だわ。サーフィンをしていると「今日はこれを練習しよう」という目標はあるけれど、同時に「今は私の時間だ」と思えるようになったの。リラックスして、余計なことを考えず、ただ波に乗る。それが最高の時間だわ。
写真、クリエイティビティのインスピレーション
雑誌がすごく好きなの。スペインの家にはここ数年で集めた雑誌のコレクションがあって、よく眺めているわ。本や雑誌を見ながら、ページに印をつけたりメモを書いたりして、そこから新しいアイデアが浮かぶことも多いの。
スリランカでスクーターに乗っているときや歩いているとき、ふと景色を見て「今カメラがあったらいい写真が撮れるのに」と思うことがある。頭の中にその写真のイメージが浮かぶ感じね。あとは、クリエイティブな人との会話からインスピレーションをもらうことも多いわ。
私の写真のスタイルは、できるだけシンプルに、ありのままを映し出すこと。自然光を使うのが好きで、海のキラキラした光や、日の出から3時間くらいのナチュラルな朝の光を大切にしている。自分の好きなものを記録する感覚で撮っているわ。できるだけリアルで、本物らしくありたいの。

今後の夢や目標
これからの数年は、写真のスキルをもっと伸ばしていきたいと思っているわ。たくさんのクリエイティブな人たちとつながって、一緒に何かを生み出していきたいの。旅をしながらブランドの仕事にももっと関わって、キャンペーン撮影やアウトドアスポーツ、サーフィン、旅など、ストーリーのある仕事に携われたら嬉しいわ。
あなたの生活に欠かせない3つのもの
1つ目はカメラ。仕事でもあるけれど、同時に情熱でもあるの。だから仕事をしていても「仕事をしている」という感覚がないことがあるくらい、大切な存在だわ。2つ目は家族と友達。いつも私を支えてくれている、今の私をつくってくれた大切な存在なの。3つ目は………たぶんスペインの食べ物ね 笑。
これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
何が起こるかなんて誰にも分からないから、あまり考えすぎず、とにかくやってみることだと思うわ。他の国に移住したい、新しい趣味を始めたい、どんなことでも変化には大変な時期がある。でもその先には、きっと素晴らしい時間が待っているはずなの。
同じ場所にずっといたら見られない景色や経験が必ずある。そして何より大事なのは続けること。続けていけば、あとになって「あのとき動いてよかった」「続けてよかった」と思える日が必ず来るはずだから。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
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スコーピオンベイへのアプローチには、主に2つのルートがある。サン・イグナシオという町から、ひたすら塩の平原や砂地を抜けていくノースルート。もう一つはハイウェイ1沿いを進み、南からアプローチするルートだ。だが、マップでさらに調べてみると、内海側から一直線に抜ける道も存在した。ガイドブックによれば、どのルートを選んでも未舗装路は避けられない。北は距離が短い代わりにダートが長く、万が一スタックすれば、数日間誰も通らない可能性もあるという。南は安全だが遠回りになる。熟考の末、内海側からのルートが最も合理的に思えた。週末にかけて波が上がる予報だった。そのタイミングに合わせ、僕らはスコーピオンベイへ向かった。
内海は、これまで通ってきたバハとはまた違う表情を見せた。穏やかで、スカイブルーに透き通った海。緑も増え、気温も幾分か高い。人がほとんどいない太平洋側とは違い、町もあり、ところどころ栄えている印象だった。ハイウェイから隠れた誰もいないビーチでキャンプをしたり、少しずつ車を進めていく。予定に縛られていないから、急いで運転する必要もない。きれいな場所があれば寄るし、キャンプしたい場所があればキャンプする。特に何をするわけでもなく、ただその場所にいる。旅がライフスタイルになっている僕らにとって、時間の使い方は無限だった。

太平洋側は乾燥していて砂漠だったが、内海に行くとパームツリーも生えてて、違う国に来たように景色を変えた

内海にある海の目の前のキャンプ場。メキシコ本土との間で湾になっていて穏やかな時間が流れる
翌日、グーグルマップを頼りに太平洋側へと右折する。
「あれ?」
地図上では太い道だった。途中までは舗装路だと思っていたが、実際にはオフロードだった。だが、そこまでの悪路でもなかったので、とりあえずタイヤの空気圧を下げて、ただまっすぐ進んだ。バハの太陽がじりじりと肌を刺す。奥へ進めば進むほど、道は険しくなっていく。妻に車から降りてもらい、足場を確認してもらわなければ通れないような崖際の道を抜ける。ハンドルを握る手は震えていた。こんな道をあと100キロも進まなければならないと考えると気が遠くなる。だが、もしかしたらこの難所を抜ければ平坦な道が続くのではないか。そんな期待を抱きながら進んでいったが、道はさらに悪くなる一方だった。前方から一台のトラックキャンパーがやってくるのが、遠目に確認できた。すれ違えるスペースで停車し、話を聞いた。この先に1メートルを超えるギャップがあり、彼らの四駆の車でも通れないと判断して引き返してきたのだという。到底、僕らのヴァンでは無理だ。僕らも彼らに次いで引き返すことにした。

南に下っていくとだんだんとサボテンが増えていった

ハイウェイの途中にあったサボテンと大きな岩で囲まれるキャンプ場

これぞバハという景色! サンダルで歩き回っていたが、ガラガラヘビやサソリがいるらしい

迷い込んでしまった内海から太平洋へとつながる道。途中でトラブルが無く出てこれて本当に良かった
仮に最後まで進んで通れない場所があったとしたら——。この道に入ってから1時間の地点で引き返せたのは、むしろ幸運だった。だが、僕は焦っていた。翌日がベストコンディションになるとわかっていたからだ。しかし、南からの道は4時間はかかる。メインのハイウェイに戻ってきたときには、すでに16時を回っていた。明るいうちに着けないのはわかっていた。それでも、強行するしか僕の頭にはなかった。
そこからは太陽との競争だった。いかに日が沈む前に距離を稼げるか。夜になり視界が悪くなると、さまざまな危険がある。センターラインをはみ出してくる大型トレーラー。道を渡ろうとする牛。カルテル。警察ですら、人目につかない場所では何をするかわからない。残り150キロのところで陽は完全に沈み、辺りは街灯もなく真っ暗になった。車のヘッドライトだけが視界を照らす。視界が悪いので速度を落として走っていると、道のど真ん中に一頭の牛がいた。こんなのに突っ込んだらひとたまりもない。ゆっくり走っていて本当によかったと、心の底から思った。南からの道も、最後の30キロは未舗装路だとガイドブックには書いてあった。だが、なんとスコーピオンベイの町まで走りやすいように舗装されていて、なんとか20時ごろには到着することができた。
海辺の崖の上にヴァンを停めると、月明かりが海面を静かに照らしていた。時折、セットの波が崖下に押し寄せる。その音は、うねりがすでに入り始めている証だった。とうとうここまで来た。12秒間隔で規則正しく割れる波の音を聞きながら、高鳴る鼓動を静かに落ち着かせ、僕は眠りについた。

とあるシークレットスポット。波は小さかったが形よく割れていて、ロングに最高の波

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海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Liah Herzer リア・ヘルザー
スイス・ジュネーブ出身のサーファー。現在はバイロンベイを拠点に活動している。ロングボーダーとしてコンペティションにも挑戦しながら、マーケティングエージェンシーでクリエイティブマネージャーとして働いている。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちはスイスのジュネーブ。子どもの頃からスノーボード、ウィンドサーフィン、クライミング、ハイキングなど、多くのアウトドアスポーツに親しんできた。本当は幼い頃からサーフィンをしたかったけど、スイスは内陸国で海がない。だから実際に始めたのは、自由に旅行ができるようになった16〜17歳の頃。
ポルトガルのサーフキャンプに夏の間滞在したことがきっかけでサーフィンを始め、そこでオーストラリア人のサーファーたちと出会った。彼らからオーストラリアの波の素晴らしさを聞き、6年前、20歳のときにオーストラリアへ行くことを決めた。
それ以来、サーフィンに情熱を注ぎ、昨年からはコンペティションにも挑戦している。オーストラリアの老舗サーフボードブランド、Keyo Surfboardsにスポンサードしてもらえたことは大きなターニングポイントだった。それをきっかけに試合にも本格的に取り組むようになった。Noosa Festival of Surfingに出場したり、昨年はニュージーランドの大会にも招待され、今年もまた参加する予定。私にとってサーフィンは純粋な楽しさと情熱から続けているもの。Keyoは私のどんなリクエストにも応えてくれて、まさに一本一本がマジックボードだと感じている。
仕事はバイロンベイのマーケティングエージェンシーで、コンテンツマネージャー兼クリエイティブマネージャーとして働いている。水の中とはまた違う形で創造性を発揮できる仕事で、毎日がとても充実しているわ。
オーストラリア、バイロンベイでの生活
バイロンベイに初めて来た6年前、ここはすぐに「自分の居場所」だと感じた。ここで素晴らしいコミュニティに出会い、サーフィンだけでなく、クリエイティブやマーケティングのキャリアにおいても多くのチャンスに恵まれてきた。夢に向かって努力すれば、この場所は本当に多くの機会を与えてくれる、豊かで特別な場所だと思っている。
毎朝起きて海を眺め、日の出を見て、トレーニングに行く。そんな日常を送れることに、日々感謝している。バイロンは小さな町でありながら、カフェやファッションブランド、サーフィン業界、洒落たレストランなど、都市の魅力もすべて揃っている。それでいて、小さな町ならではの温かいエネルギーもある。一年を通して安定した波があることも大きな魅力で、私にとってここは特別な場所。
一日の流れは、まず朝早く起きてトレーニングに行くところから始まる。サーフィンを続けるために体を強くしておきたいし、特に肩をケガしないようにしたいから、朝のうちにトレーニングを済ませておくのが日課になっている。そのあとカフェに行き、だいたい1時か2時くらいまでマーケティングの仕事をしている。基本的にはパソコンでの仕事で、ミーティングに参加したりして頭をフル回転させる時間。2時くらいからサーフィンして、そのあとまた少し仕事をする。夕方に波があれば、もう一度サンセットサーフィン。帰宅したら、月曜日と火曜日はオンラインでマーケティングとビジネスの勉強をしている。夜10時くらいまで授業を受けているわ。勉強も仕事も自分の好きな分野だから、苦にならず続けられている。


お気に入りのサーフスポットと次に行きたい場所
バイロンでお気に入りのサーフスポットは、ワテゴスやパス。ブロークンヘッドやバックビーチのような、もう少し人の少ないサーフスポットも好き。最近はロングボードでビーチブレイクをサーフィンすることもとても楽しんでいる。ポイントブレイクとはまた違って、少しチャレンジングだから上手くなりたいという気持ちが強くなる。
まだ行ったことのない場所も多いけど、特に行ってみたいのはインドネシアのメンタワイ諸島とモルディブ。どちらもロングボーダーにとって理想的なデスティネーション! 実は、友人がメンタワイでロングボードのリトリートを開催していて、コーチの一人として参加するかもしれない。もし実現すれば、最高の経験になるわ。

海、自然との関係
スイスで育ち、幼い頃から多くのアウトドアスポーツに親しんできた私にとって、自然は「遊びに行く場所」であり、日常の雑音から離れて自分を取り戻す場所。自然の中では、本来の自分や純粋な感覚ともう一度つながることができる。
海もまた、私にとって同じような存在。よくある表現かもしれないけれど、海に入ると「今この瞬間」に意識が向く。そしてサーフィンをしていると、波が海を長い距離旅してきたエネルギーの最後のかけらだということを思い出す。そのエネルギーが崩れる直前の瞬間を、私たちはサーフィンという形で共有している。その力を受け取ることで、自分自身も大きなエネルギーをもらう感覚がある。海は私にとって、心身をリセットし、一日の疲れを流し、創造性を表現できる場所でもある。そこでは自然なフローやリズムも感じることができる。だけど、海はいつも優しいだけではない。時には荒れて、私たちに挑戦を与えることもある。だからこそ、とても謙虚な気持ちになる。自分では「今日は完璧にいける」と思っていても、大きなセットを頭からくらうこともある。さまざまな感情を経験できるからこそ、海は間違いなく、私がいちばん幸せを感じる場所。
あなたの生活に欠かせない3つのもの
まず間違いなくサーフィン。サーフィンは日常の一部で、私が幸せでいるために欠かせないも。二つ目はコミュニティ。クリエイティブで志の近い人たちとつながり、お互いに刺激を与え合い、挑戦し合える環境はとても大切。バイロンベイはその点でも特別な場所で、周りには素晴らしいことに挑戦している人が多い。自然と自分も何かを成し遂げたいという気持ちになる。三つ目は太陽。太陽の光は私にとって欠かせないもので、心身をリチャージしてくれる存在。健康の面でもとても重要で、太陽のある環境は私の生活にとって不可欠。

これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
新しいことを始めたり、夢を追いかけてる人に伝えたいのは、「自分の夢を大切にすること」。大きな目標を前にすると、とても遠く感じたり、どうやってそこにたどり着けばいいのか分からなくなることもあると思う。でも目標を達成したときに振り返ってみると、それはただ一歩一歩積み重ねてきた結果だったと気づく。
例えば「1年後の目標」「6ヶ月後の目標」「3ヶ月後の目標」を設定する。そしてまずは、その3ヶ月の目標を到達するために、今何をすればいいのかを考える。そうやって少しずつ進んでいくことで、大きな目標に近づいていく。
そしてもう一つ大切なのは、思い切って行動すること。怖くても、まずはその世界に飛び込んでみる。さらに、自分の夢やビジョンを周りの人に話すこともとても大切だと思う。新しいビジネスやプロジェクトを始めたとき、最初に応援してくれるのは身近な人たちであることが多い。家族や友人はあなたのことを理解しているからこそ応援してくれるし、サポートしたいと思ってくれる。そこから少しずつ輪が広がり、新しいクライアントやチャンス、仕事の機会につながることもある。自分の夢について話していると、思いがけないところで「実はちょうどそういう人を探していた」と言ってもらえることもあるかもしれない。だからこそ、周りの人と自分のビジョンを共有することはとても大切だと思う。
さらに、夢を言葉にすることは、自分の現実を形づくることにもつながると感じている。いわゆる「マニフェステーション(引き寄せ)」の考え方にも近いけど、自分の望む未来を言葉にして表現することで、その現実が少しずつ形になっていくと信じている。結局のところ、夢を実現するために大切なのは「自分のビジョンを語ること」と「行動すること」。この二つが成功につながる大きな鍵だと思う。

photography_HANNAH FILEN THEO CALVET EMMA HARDY
text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram

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