Profile
坂口 憲二- Kenji Sakaguchi -
1975年、東京都生まれ。1999年のデビュー以来、俳優として活躍。2018年、難病の治療のため芸能活動を休止。ポートランドの旅をきっかけに焙煎士としての道を歩む。2019年春に〈ライジングサンコーヒー〉の東京店、2021年はじめに横浜・鶴見店をオープン。
難病の治療に専念するために、芸能活動を休止していた坂口憲二さんが昨年、ドラマ『教場』に出演し話題を呼んだ。現在はセカンドキャリアであるコーヒーの焙煎士を続けながら、東京・千葉・神奈川にコーヒーショップを展開する経営者だ。コーヒーに、サーフィンに、人生に。坂口さんが今の生活に思うこととはーー。
週の半分を千葉の焙煎所で過ごしながら、経営する〈ライジングサンコーヒー〉のブランドプロモーションに携わる坂口さん。東京、千葉に続き、昨年はじめにオープンした横浜・鶴見店の業績も順風満帆のようで……。
「でも、僕が決めているのは経営方針や商品開発とか、大枠だけ。現場を仕切るのは若い子たちです。お店のことは彼らに一任。鶴見店も、30代の店長にデザインから任せました。その代わり『自分たちの店だっていう自負を持てよ』と話しています」
愛用するドイツ・プロバット社製の焙煎機。「焙煎士のやりがいは、失敗も成功もローストすればそのままコーヒーの風味として出てくるところ。でも、コーヒーって淹れてしまえば色はほとんど一緒ですよね。途中の工程を手抜きしても、パッと見て素人にはわからない。だからこそウソをついたらダメ」
一方で坂口さんは、看板メニューである「アフターサーフ」や「ワイプアウト」に次ぐブレンドを開発するべく、よりよい豆の組み合わせや焙煎方法を模索中。それにしてもサーファーのコーヒーショップとはいえ、飲み物に「転倒」とはユニークだ。
「アフターサーフ」は、読んで字のごとく、“海上がりの舌”を想定してつくられた。メインはナチュラルプロセスの「ブラジル/シティ・ダ・トーレ」。そこに、香り豊かな「ケニア/ングルエリ」をアクセントで加えた。口当たりよく、ボディ感のあるテイストは、毎日飲んでいても飽きがこない
「波の上で転んだときのガツン! という衝撃を、飲みごたえのあるブレンドで表現したかったんです。スマトラ島北部のアチェ地区とリントン地区からとれたマンデリンを、生豆の状態で1:1でプレミックスして焙煎。そうすることで、より複雑な味わいに仕上がりました」
そうして生まれた「ワイプアウト」は、千葉・大網店のみならず、サーファー人口の少ない鶴見店でも一躍人気に。補足するように、坂口さんはあるエピソードを披露してくれた。
「お店を開いたばかりの頃、地元の人は恐る恐る様子を見にくるといった感じでした。でも、何人かがリピーターになったのを機に評価してくれたみたいで。今では商店街のおばちゃんが『ワイプアウトある?』って買いにきてくれます。“海から縁遠いところで、サーファー用語が飛び交う”という光景が、見ていて面白いです」
それもこれも、坂口さんの愛のある焙煎が、お客さんの心をつかんだからに他ならない。興味深い話だが、そもそも〈ライジングサンコーヒー〉のきっかけは、活動休止中、坂口さんがアメリカ・オレゴン州ポートランドを旅したこと。
「初めて訪れたときにカフェ巡りをしてみたんです。すると気づいたのは、その規模の大きさ。『これ本当にコーヒー屋なの?』という外観の、倉庫みたいなショップがあって。そこでボサボサのヒゲを生やしたおじさんや、がっつりタトゥの入ったパンクなお姉さんが、すごく丁寧にコーヒーを淹れていたんです。コーヒーが人々の生活に強く結びついている様子に強く惹かれました。と同時にその光景が、昔、サーフトリップで訪れたカリフォルニアの風景と重なったんです。『こんな感じでサーフィン前後に立ち寄れる、渋くて洒落た場所があればいいな』と」。
>>インタビューの続きは本誌でご覧ください。
愛車は“HONDA XL230”。バイクに乗っているときも、サーフィンをしているときもいつも自然体。「『やっていて心地がいいかどうか』をライフスタイルの基準にして以来、自分らしくいられている気がする」と語る
「SALT…Magazine #01」 ¥3,300
本誌では坂口憲二さんのインタビューを全文公開。アメリカから帰国してコーヒーの勉強を始め、バリスタ・ロースターの元で修行を重ね、〈ライジングサンコーヒー〉をオープン。セカンドホームでもある、千葉・九十九里での生活などを語ってくれています。
photography _ Yasuma Miura text_Ryoma Sato
TAG #SALT…#01#ビーチライフ#ライジングサンコーヒー#坂口憲二
海が似合う“素敵なあの人”が偏愛する、モノやコトを紹介するこの企画。今回は様々な場所で暮らした経験を持つモデル・インスタグラマーのAmiさんが、最終的に移住したハワイでの暮らしをご紹介。
Profile
Ami Angel
千葉県出身、現在はハワイ・オアフ島在住。日本とペルーにルーツを持ち、モデルやインフルエンサーとして活躍中。また自身のファッションブランド『Sunkissed Sunflower』も手がける。
「行ったことがない場所に行くとすごくワクワクして、胸が躍るんです。ひとりで色々な場所を訪れましたが、いちばん居心地が良かったのがハワイでした」と話すのは、昨年ハワイ移住を叶えたAmi Angelさん。
23歳のときにロサンゼルスで1年半を過ごしたあと、サンディエゴ、ニューヨークと移り住み、ハワイ・オアフ島に辿り着いた。
「小さい頃から海に連れて行ってもらっていたせいか、海が大好きで。旅先もあたたかい場所を選びがちです(笑)。ハワイは旅行で何度も来ていたけれど本当に大好きで、住みたいなって思って移住を決めました。
特にサンセットの色が毎日違うのが大好き。ここ、違うプラネット? って思うくらいきれい。お気に入りは、以前ステイしていたことがある、カイムキの坂の上から眺めるサンセット。空全体がピンクとパープルのグラデーションに染まった中に、少しだけ灯りがついたワイキキの街並みが見渡せて。奥にはダイヤモンドヘッドとブルーの海が見えるの! もう、とろけちゃいそうな美しさです」
「ずっと海まで歩いて行ける距離に住むのが夢だったので、今はとっても幸せ。サーフィンはワイキキで、ロングボードでマイペースに楽しむのが好き。ちなみに最近ワイキキの端に穴場のビーチを見つけたので、そこでただ横になったり、シュノーケルをしたり、友達とお話をしたりするのがお気に入り。ビーチで編みものをするのもハマっているんです」
海が好きだからこそ、やはり環境のことも気になるAmiさん。彼女自身海に入るときは環境に負担がかからないよう、日焼け止めは塗らないのだとか。
「ケミカルな日焼け止めを塗って海に入る観光客の方が多いのですが、それがサンゴへ悪影響を与え、海の色まで変わってきているんです。私は自分の周りから変えられたらと思い、オーガニックな製品を使ったり、なければ塗らずに入ることもあります」
ビーチで過ごすだけでなく、ハイクへ行く機会も多いという。
「年末に友人と岩山に登ったんですが、頂上で友達がファイアーパフォーマンスをしてくれて。すごくクールで、幻想的でした。その日がちょうど満月の日だったので、2024年に嫌だったことや手放したいことをみんなで紙に書いて燃やしたんです。
そのあとは2025年にやりたいことをジャーナリングしたり、メディテーションをしたんですが、なんだか感極まって泣いてしまって……。そういうイベントごとをハイクや自然の中でできるのも、ハワイに住んでいる醍醐味だなって感じます」
「今年の目標は、『心のままに』。自分の気持ちに従って行動することが大事だなって思うから。行きたい場所に行って、会いたい人に会って、やりたいことを実行する。移住って、不安や心配なことも多いです。でも絶対になんとかなるって、自分を信じること。もしやりたいことで迷っている人がいたら、そう言葉をかけてあげたいです」。
text _ Miri Nobemoto
TAG #Ami Angel#ハワイ移住#ビーチライフ#素敵なあの人の偏愛事情
海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。
Profile
Tavo Tenorio タボ・テノリオ
コスタリカの北西部サンタテレサ出身のサーファー、サーフコーチ。得意のロングボードでクロスステップやスタイリッシュなライディングを魅せる。
あなたのことについて教えて
生まれも育ちもコスタリカのサンタテレサ。ここでビギナーの方にサーフレッスンを行ったり、ロングボーダーにはクロスステップやハングファイブを教えたりしている。サーフィンを始めたのは12歳のときだから、今から20年ほど前。学校帰りや休日はいつもビーチに行き、釣りをしたり、ボディボードをしたり、とにかく海にいることが生活の中心だった。ある日ショートボードに乗ったサーファーを見かけて、母親に「あんな風にサーフィンがしたい!」と言ったのを覚えている。コスタリカでの生活はまさに“Pura Vida”という言葉がピッタリ。よく会話に出てくる言葉なんだけど「人生を純粋に楽しむ!」という意味。街中ですれ違う人はみんな笑顔で、リラックスした雰囲気。そして自然が近くにあるから、都会と自然が調和した暮らしをおくっている。
お気に入りのサーフスポットと次に行きたい場所は?
Pavones/パボネス(コスタリカ)というスポット。コンディションが良ければ1km近くロングライドができるレフトの波。それとバリ・ウルワツのスウェルが入った日。ワールドクラスの波にたった10人ほどのサーファーしかいなくて興奮する。あとはホームのサンタテレサのビーチブレイク。次に行きたい場所はタヒチとフィジー。
海、自然との関係を言葉で表すなら?
海にいるときは、人生と繋がっている感じがする。海はすべてを教えてくれるし、海が近くにない生活は考えられない。サーフィンはもちろんのこと、ダイビングや釣りなど海でできることは無限大。毎日のこの生活に感謝しているよ。
今後の夢や目標は?
今後の数年は世界中のサーフスポットへ行き、大きな波、質の良い波でサーフィンしたい。昨年インドネシアで数ヶ月過ごしたんだけど、良い刺激になった。多くのサーファーと繋がることができ、もっと世界で見なきゃいけない場所があることを知った。もう一つは健康で強い身体を作ること。サーフィンをしながら旅するのはエネルギーを使うし、年齢が上がるに連れて健康でいることが一番大切だと気づいた。
あなたの生活に欠かせない3つのものは?
サーフボード、家族・友達と過ごす時間、自然の中で過ごす時間。
サーフィンを上達したい人にアドバイスを
すでにサーフィンをしていてもっと上達したいなら、良いコーチを見つけること。サーフィンを始めたときのワクワク感や向上心は忘れず、ワイプアウトも楽しむこと。波に乗ることは自分のリフレクションだと思っている。ポジティブなエネルギーで海に入れば良い波は必ずやってくる。もしその日のセッションに満足行かなくても自分に厳しく当たらず、次のセッションを楽しめばいい。
text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Ocean People#コスタリカ#タボ・テノリオ#ビーチライフ#連載
海と対峙するとき、音楽は円滑油のような効果を発揮する。サーフィンと音楽が絡み合い起こる化学反応。多くの先人たちの言葉を交え時空に綴れ織りを描くとき、サーファーとダンスの関係が見えてくる。
'80年代以前のサーフィン映画は、音楽使用に関して自由だった。著作権も関係なく、多くの監督たちは自分好みの楽曲を言わば勝手に使っていた。'80年代に入ると「サーフィン映画だけが特例なのはおかしい」と著作権協会が目を光らせるようになり、楽曲使用料が徴収されるようになる。'70年代はジミ・ヘンドリックス、クリーム、サンタナとやりたい放題だったが、'80年を境に一変した。1976年ホール&マッコイ作の『チュブラー・スウェウルズ』に使用されている楽曲は、100万枚セールスを記録するバンドのオンパレードだったが、'81年の『ストームライダース』ではオープニングのドアーズ「ライダーズ・オン・ザ・スートーム」を除き全曲が自国オーストラリアのバンドで構成されている。理由はプロモーション契約を結び、楽曲を無料で提供してもらえたから。音楽使用に関する著作権は劇場公開、テレビ、ビデオなど使用用途で金額が異なっていた。テイラー・スティールの『モーメンタム』はビデオオンリーのため金額が低く、グリーン・デイ、オフスプリング、ペニー・ワイズ、バッド・レリジョン、スプラング・モンキーなど当時の人気バンドを使用できた。つまり劇場公開しない限り安価に使用できたわけだ。
サーフムービーは、波とサーファー、映画そのもののコンセプトが最も重要だが、同時に映像と音楽のマッチングの高さも完成度に比例する。シドニー・ニューポートビーチの鬼才アンドリュー・キッドマン(現在はバイロン在住)は、おそらく誰よりも音楽にこだわりをもつアーティストであろう。1997年にリリースされた『リトマス』は、ショートボード一辺倒のサーフシーンに終止符を打った。スキップ・フライのフィッシュでジェフリーズベイのハイラインを走るデレク・ハインド、シングルフィン・ノーリーシュでフリーサーフィンを享受するトム・カレン、チューリップテールでリトルアバロンのチューブをメイクするガス・ディケンソン。当時は映像が粗く、ドラッグシーンなど問題が多すぎるとサーフショップでの販売すら拒否されたが、数年後に世界で最も影響を与えたサーフムービーとなる。
SALT...(以下、S)_ サーフィンと音楽の関係とは?
Andrew Kidman(以下、A)_ どちらも自然に発生する創造物で、音の波長と海の波長に対する反応だと思う。音に乗るのも波に乗るのも同じ喜びだ。どちらも正しく調律されるように、常日頃から訓練を積むべきだと思う。それが創造力の源だ。
S _ フィルム用に曲を作ることは?
A _ 現実には今まではなかった。シンプルに作詞作曲する喜びから曲作りをしていた。映像をイメージしながらしたことはない。でもそれは面白いアイデアだと思うし、近い将来実践してみたい。
S _ 質問は重なりますが、撮影の前か後に音楽をイメージすることは?
A _ 確かにどちらのケースもある。ときに予測していないことが起きることもある。作詞作曲をして、それに合うフィルムを撮影することもある。逆のケースもあり、撮影したフッテージを映画の一部に使用するために音楽をレコーディングすることもある。自分の中でこれといった決め事はしていない。
S _ なぜ音楽にこだわり続けるのか? アンドリュー以外、自ら作詞作曲し、歌い、演奏するフィルムメーカを知らない。
A _ うーん、私にとって音楽がすべてで、追及してもキリがないほど繊細かつ無限だ。その効果は果てしないと思う。映像を観る人たちは音楽によって印象が変わってくる。私は視覚的要素と聴覚的要素を結合することに、ずっとこだわり続けている。
S _ あなた以外のフィルムメーカーは、既存の音楽を使用するのが常です。DVDが普及する前に『リトマス』はビデオテープとCDのセットで販売されていました。ビデオだけ欲しい、CDだけが欲しいという人もいたと思うが。
A _ 映像を強く印象づけるために音楽は重要だし、音楽を聴いて映像を思い起こすことも大切だ。だからセットで販売した。私は自分の音楽を聴いてもらいたいし、場合によってはすでにある音楽を使用することもある。理由はそれ以上の作品を創り出せないからだ。映像とこれ以上のシンクロはないという曲がある。例えば『グラスラブ』のオープニング、キャット・パワーの歌は完璧だ。無垢で魔法のような詩、この作品がなければフィルムは成功しなかった。運命の出合いと言える。
S _ 映画『ホットバタード・ソウル』のサウンドトラックを担当されていますが、演奏はすべてインプロビゼーション(即効演奏)だったそうだが?
A _ その通り、大きなスクリーンに映し出された映像を観ながら、すべてその場で創り出された。もちろんある程度のリハーサルはした。リーダーはティム・ゲイズ、彼は『モーニング・オブ・ジ・アース』をはじめ『エボリューション』や『シー・オブ・ジョイ』など数多くのサーフムービーの音楽を担当するするマスターだ。彼はミュージシャン全員に言葉では言い表せない精神的影響を与えた。全員が全員の音を聴きながらグルーブしあった。私は普段座りながらリズムギターを刻むが、マスターの演奏に合わせ、次にどう弾くのか予想しながらテンポや強弱を付けた。まるでサーフィンするかのように演奏した。
S _ ところで『リトマス』のデレク・ハインドのシーンで使用されているバンド、ギャラクシー500、それに『グラスラブ』のキャット・パワーを選んだ理由は?
A _ ギャラクシー500はデレクが教えてくれた。それまでは知らなかったが、凄いバンドだ。まるで現代のヴェルヴェット・アンダーグラウンドだ。キャットは何度も何度もライブを観ていた、大好きな女性シンガーだ。私にとってサーフミュージックは、カントリーミュージックのようなものだ。たくさんのバリエーションがある。中には身の毛のよだつようなものもある。ジョージ・グリーノーの『クリスタル・ボヤージャ』で使用されているピンク・フロイドの「エコーズ」の1曲のみで全22分のパートは、完璧だ。全く真逆だけれどウィーリー・ネルソンの「レッド・ヘデッド・ストレンジャー」は私にとってサーフカントリミュージックの原点だ。音楽とサーフィンは、どちらも波、その波長にチューンすることが大切さ。
【Profile】
アンドリュー・キッドマン
若くして豪サーフィンライフ誌の編集長になるが、コンペシーンに嫌気がさして辞職。その後オルタナティブボードにスポットを当てた映画『リトマス』を発表。写真家、版画家、シンガーソングライター、シェイパーとして才能を発揮している。
【SURF MUSIC makes us "SALTY"バックナンバー】
#01 -潮騒香る音楽に身を委ね踊るとき-
#02 -ショートボード革命とサイケデリックサウンドの相関図-
#03 -世界中で無限の変貌を遂げ始めたフラワーチルドレンの種-
#04 -制限なき選択ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド-
#05 -サーファーだけが知るアンダーグラウンドという美学-
#06 -コラム:DICK DALE/ヘビー“ウェット”ギターサウンズ-
#07 -コラム:KALAPANA/アイランド“クール”ブリージング-
#08 -コラム:CALIFORNIA BLUE/西海岸からの潮風-
#09 -コラム:REBEL MUSIC/反骨心の魂を追う、サーフミュージックの側面-
#10 -コラム:SURFER' S DISCO & AOR/サーファーズ・ディスコとAOR-
#11 -コラム:ON THE RADIO/そこでしか聴けない音楽が、サーファーを魅了する-
>>特集の続きは本誌でご覧ください。
「SALT…Magazine #01」 ¥3,300
本誌では24ページにわたってSURF MUSICを特集。“サーフィンと音楽”の蜜月関係から、アンドリュー・キッドマンのインタビュー、抱井保徳さんのコラムなど掲載。潮の香りをまとったソルティな音楽は、サーフィンライフを豊かにしてくれる。
photography _ Andrew Kidman
TAG #Andrew Kidman#SALT#01#SURF MUSIC#SURF MUSIC makes us "SALTY"#サーフミュージック
海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。
Profile
Mollie Caughey-Wade モリー・コウイー・ワデ
西オーストラリア出身。ヨガ、サーフィンをしながらオーストラリア国内や海外を旅し、自然と調和したライフスタイルを送っている。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちは西オーストラリアのパース。20歳の頃から旅に出始めて、パースからクイーンズランド州のヌーサ(距離にして約5.000km、オーストラリア半周)を4WDで周ったり、バリやスリランカに長期滞在しながらオンラインで仕事をしている。気分が赴くままに、行きたいところへ行く自由な生活を楽しんでる。5年前からマーガレットリバーに家を借りて、今はここが拠点。この辺りは小さなサーフタウンで、旅先から帰ってくるといつもグラウンディングされる。
オーストラリアを半周したことは、今までの人生の中でやってよかったことのNo.1。当時付き合っていた彼との別れもあって、自分と向き合う時間を作れたり、慣れ親しんだ環境から抜け出して新しいことに挑戦することができた。初めての4WDだったからもちろん不安はあったけれど、海岸線を運転しながら壮大な景色を眺め、波がよければ何日間かそこにステイしてサーフィンするなど、流れに身を任せてやりたいことができた。また、行く先々で新たな出会いや友達を作れたことは一生の思い出。
サーフィンを始めたきっかけとお気に入りのスポットは?
サーフィンを始めたのは5年前、マーガレットリバーに引っ越してから。波やその日のコンディションに合わせて、ロング / ショートを使い分けるのが好き。
お気に入りのスポットはメンタワイ、ヌーサ、それと最近行ったスリランカ。スリランカはメローな波が多くて人が少なく、リーフで怪我をする心配もなくて最高の時間だった。今年はヨーロッパに行く計画も立てていて、ポルトガルとスペインでサーフィンしたいと思ってる。
海、自然との関係を言葉で表すなら?
サーフィンしているとき、波を待っているとき、静かな海に浮かんでいるときは言葉にならないほどの安心感、平和を感じる。“Only surfers know that feeling” サーファーにしか分からない感情ってよく言われるけど、まさにそれがピッタリ。
あなたの生活に欠かせない3つのものは?
ヨガマット、ジャーナル、もう1つはすごくランダムだけどグアシャ(刮痧)。顔をマッサージするのに最高で、毎日のセルフケアに欠かせなくなったわ。
今後の夢や目標は?
やりたいことが出来る今のライフスタイルを継続しながら、もっと旅に出ることかな。最近ヨガを教えることにも興味がでてきて、コミュティを作ったり、何かビジネスに繋げられたらいいなと思っている。
何か新しいことを始めたい人へのアドバイスを
まずは自分の好きなこと、やりたいことを明確にすること。外からのプレッシャーに負けないほど100%注ぎ込める情熱があれば、必ず何か得ることが出来ると思う。
text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Ocean People#ビーチライフ#モリー・コウイー・ワデ#連載
海が似合う“素敵なあの人”が偏愛する、モノやコトを紹介するこの企画。今回はバリと日本を行き来する生活を送る、Hitomi Roseさんに話を伺った。
Profile
Hitomi Rose
湘南生まれ、湘南育ち。ヨルダンと日本の両親を持つ。モデル業のほか自身でもマーケティング会社を営み、バリと日本を行き来する生活を送っている。
「小さい頃から本当に自然が大好きで。仕事でバリに行くことが多いのですが、バリを訪れるたびに実感させられます」
3年前に設立した会社でマーケティング関係の仕事に従事するHitomiさん。その関係で頻繁に行き来をするバリには、深い愛着があるよう。
「仲の良い友人家族がサーファーだったので、海への愛を感じながら育ちました。バリは本当に自然が豊かなのが魅力で、北から南まで探索しています。
滞在中のヴィラからはウルワツが近いのですが、ここは有名なサーフスポットなので、たまにボードを借りて友人とサーフィンをします。もう少しローカルなビーチで1日中貝殻を拾ったり、魚を見て泳いだり、本を読みながらゴロゴロしたりも……。
あとは北の方に行くと、山と森がすごくって。自然が本当に雄大なんです。そういう場所にバイクで行ってトレッキングをしたり、静かな場所で自然の音を聞きながらメディテーションもしています。
東京ってどこへ行っても人だらけですよね。バリの都心部も同じで、誰の目も届かないところに行き心を落ち着ける時間がすごく重要。私の生活に自然は本当に欠かせない存在です」
ペスカタリアンのHitomiさんにとって、お肉を使わない食事の豊かさや、その美味しさにもトリコなのだとか。
「インドネシア料理は日本人の口に合っているのか、ずっと食べていても飽きないんです。ローカルの野菜とバリのスパイスなどを使った料理は、満足度が高くって。味にも自然を感じられるものが好きみたいです(笑)。 そういった自然の恵みに感謝をするという意味があるのか、バリには自然に敬意を払った独自の宗教というか、お祈りの文化があるのも素敵だなって思います」
一方で、Hitomiさんが日々胸を痛めているのがゴミの問題だ。
「バリは観光大国でありながらゴミを処理する設備が不十分なので、海に浮遊するゴミの量も膨大。時間があるときはビーチクリーンもしているのですが、毎回大きい袋がパンパンになります……。
取引をする企業は環境に配慮しているところだったり、ポリシーを持ってお仕事をしています。でもやっぱりバリのブランドとお仕事をさせてもらっている以上、もっと力になりたいと思っています。それがこれからのミッションのひとつです。まずはもっと発信をして知ってもらいたいな、と思っています」と、将来の展望についても語ってくれた。
text _ Miri Nobemoto
TAG #Hitomi Rose#バリサーフィン#ビーチライフ#素敵なあの人の偏愛事情
鎌倉の落ち着いた裏路地にひっそりと佇む古民家。ここは元芸者置屋をリノベーションした、美・食・心を整えるための、OSAJIが提案する複合型店舗「enso(エンソウ)」。体験できるのは、“食”と“ 香り”を通じて心と体のバランスを整える大切さ。
調香体験では、30種類以上の精油から直感的に気に入った香りを選び、オリジナルのエッセンシャルオイルやルームフレグランスを作ることができる。
香りは名称を伏せて選ぶことで、先入観にとらわれず、香りの輪郭や深みをじっくり感じることができる。選んだ香りは、あとで答え合わせ。
じつは好きだと思っていた香りを選んでいなかったり、あまり気に留めたことがなかった香りを気に入っていたり、当たらな巡り合いを感じる。
香りだけに向き合うからこそ、自分の内側に潜む心地よさや、落ち着く香りに巡り合うことができるのかもしれない。
レストランでは地元・鎌倉の食材を活かした発酵料理が、感覚を開き、体と心を満たす。和とモダンフレンチが融合した一皿は、馴染み深い食材を新たなマリアージュで楽しませてくれる。
ここで改めて気づかされるのは、“食”本来のあり方。「体にいいから食べる」のではなく、「まずは味わいも、香りも美味しくいただくことが、結果として体にいい」ということ。
旬を大切にした食の滋養は、日常でも見直したい心がけ。心と体を整えるヒントが散りばめられたenso 。内側のバランスに不和を感じたら、ここで調律したい。
Shop info
enso
ADDRESS _ 神奈川県鎌倉市小町2-8-29
TEL _ 0467-39-6141
OPEN _ 10:30~18:00(平日)、10:30~19:00(土祝)、8:30~19:00(日)
CLOSED _ 火・水曜
レストランは平日のランチタイム、土日祝のみ要予約
調香体験は平日、土日祝ともに終日要予約
PRICE _ レストラン カフェタイム¥990~、調香体験 ¥8.800~
「SALT…Magazine #03(タブロイド版)」¥550
古都・鎌倉。相模湾に面した海岸線は美しい弧を描き、日本屈指のクラシカルポイントとしてサーファーにも永年愛されている。今特集では、編集部が鎌倉を巡り、感性に触れた人やスポットを紹介します。
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