

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Margarita Salyak イネス・マリア・カラチェド
ロシア出身の水中フォトグラファー/アーティスト。インドネシアを拠点に、メンタワイやハワイで世界中のサーファーをカメラに収める。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちはロシアのモスクワ。幼い頃からアートに興味があって、大学でもアートを専攻していた。在学中のプロジェクトがひと段落した頃、6ヶ月の休暇を使って初めてバリを訪れたのが19歳のとき。サーフィンやライフスタイルなどその全てが私の理想で、ここに長く滞在したいと思った。そのために仕事を探していたとき、メンタワイでサーフィンフォトグラファーとして働く機会をもらった。今までイベントやファッションの撮影経験はあったけど水中カメラは触ったことがなく、それに当時(10年前)のインドネシアは今では想像できないほど手付かずの状態で、メンタワイを知っている人も少なかった。
ただただ海・サーフィンが好きで、どうにかしてインドネシアに滞在したくて、“Yes”と答えて片道切符でメンタワイへ向かった。水中撮影ができるハウジングなどのカメラギアも揃え、一日のほとんどの時間を海の中で過ごした。当時20歳だったけど不安はあまりなくて、最高の波がある場所で思う存分学び、今後に生かせるよう経験を積むことが純粋に嬉しかった。
撮影中に怖い経験もたくさんした。ハワイのパイプラインで撮影していた時、いきなり天気が嵐のように変わり、強いカレントのせいでビーチに戻ることが出来なかった。波もかなり大きかったから、とても怖かったのを覚えてる。

サーフィンを始めたきっかけとお気に入りのスポットは?
インドネシアにはもう10年以上住んでいるけど、サーフィンを本格的に始めたのは4年くらい前。パンデミックで観光客がいなくなった海に毎日入り、そのお陰でだいぶ自信がついた。それまではメンタワイとハワイを行き来しながら生活していて、どちらも初心者には難しい波だった。だから撮影に専念して、キャリアを築いていた。
お気に入りのサーフスポットはやっぱりメンタワイ。最高の波で地球の楽園のような場所。次に行きたい場所はタヒチと日本!


海、自然との関係を言葉で表すなら?
私のライフスタイルと自然は密接に繋がっている。仕事も私生活も海があるからこそ成り立っていて、考え事や不安なことがある時は、いつも海へ戻るようにしている。サーフィンでもビーチを散歩するだけでも、自然の中にいることが私を謙虚にさせてくれる。




あなたの生活に欠かせない3つのものは?
海(サーフィン)、友達と家族、あとは大好きなチョコレートかな。
何か新しいことを始めたい人へのアドバイスを
やると決めたら、その直感を信じてとにかく行動すること! 不安や迷い、失敗したら……と考えることもあるかもしれないけど、やってみないと分からないこともたくさんあるから。その過程で出会う人々や、新たなコネクションもきっとあるはず。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Ocean People#サーフィンフォトグラファー#ビーチライフ#マルガリータ・サルヤック#メンタワイ#連載

夢中になっていた時間は、気がつくと一瞬で過ぎていた。だが振り返れば、その濃密な時間には、確かに何かが刻まれている。すべてがどこから始まったのかは、もうわからない。ただ、ひとつ確かに言えるのは、僕らがその場所に立っていた、ということだ。バハ・カリフォルニア半島の最南端、ロス・カボス。ここが、僕らの折り返し地点となった。温暖な気候、クリスタルクリアの海、整えられたインフラ。常に人のいない荒野を旅してきた僕らにとって、その人の多さに圧倒されながらも、生活の利便性は無意識に求めていたものだった。
常に動き続けてきた僕らは、この場所にしばらく滞在することに決め、旅の疲れを癒した。波があれば海に入り、日が昇れば起き、日が沈めば眠る。1ヶ月を過ごしたプラヤ・パルミージャ。日々を重ねるうちに、顔なじみも増えていった。お寿司を振る舞ったり、ビーチでメキシコのビールカクテル、ミチェラーダを作ってもらったり。静かに満たされる毎日だった。

リゾートに囲まれるザ・ロックというポイント。11月から1月にかけてが穴場で、人は少なく波はそこそこある

プラヤ・パルミージャ。トイレ、シャワー、出入り口に監視カメラもあって僕らのリゾート地となった

キャンプをしていたビーチで知り合った人たちに寿司を握った

12月でもトランクスでサーフィンできる最高の環境があった
良い波に巡り合う瞬間と同じように、すべての出来事は、偶然ではない。うねり、風、潮、地形、時間。そのすべてが重なったときにだけ現れる一瞬。
人との出会いも、きっと同じだ。
僕らもそれぞれ、自分の軌道を持って動いている。交わること自体が、すでに奇跡だ。その“一瞬”の連続の中で、これだけの人に出会い、波に乗り、「自分」という人格を形づくる一部となっていく。空白だった自分の地図に、色が塗られていった旅。だが、その色さえも、常に移ろい続けるものだ。
ロス・カボスを後にし、イーストケープへ。サーフィン中にクジラの親子に出合い、山の谷間に潜む温泉を堪能し、あらためてバハの自然の雄大さに心を打たれた。12月とは思えない暖かさの中で過ごしていた身体は、北へ進むにつれ、確実に季節の変化を感じていく。南下したときには波がなかった場所に波が立ち、波が割れていた場所はフラットになる。乾燥し、枯草に覆われていた景色も、冬の雨によって緑を取り戻し、鮮やかさを増していた。ついこの間、同じ場所を通ったはずなのに、景色は違う。季節が変わっただけではない。僕たち自身も、変わったのだ。

ナインパームスでサーフィン中、遭遇したクジラの親子。パドルですぐ近くまで接近できた

イーストケープにはそこら中に野生のロバがいる。人間は食べ物をくれると思い近寄ってくる

南に下るときはフラットだったところが、北うねりが反応してロングライドが楽しめた

山奥にあるキャンプ場。沢では泳ぐこともできて神秘的な光景だった

1980年代、有名なレジェンドサーファーたちが開拓したと言われているエリア

美味しい食は人を繋げる。年末に楽しい寿司の会を開き、素晴らしい出会いがあった

南バハで見つけた秘境的温泉。温度も40度くらいでちょうどよく、満点の星空の下で疲れを癒した

とあるポイントで数日間サーフィン三昧の時間を過ごした。何もいらない。ただそこには最高の仲間と波があった
一度経験したものは、元には戻らない。それは特別な旅に限った話ではない。僕らは皆、戻ることのできない時間の中を進んでいる。この世に生を受け、最初の光を見たあの瞬間から。目の前で移ろう世界を経験しながら、移ろう自分自身を感じ続けている。一瞬一瞬が、かけがえのない一生に一度の体験。後戻りのできない、一方通行の旅の途中にいる。山もあれば、谷もある。だが、それを越えた自分は、もう以前とは違う。同じ場所に立っても、見える景色は変わる。戻ることはない。だからこそ、前に進むしかない。
本当に、多くの人に支えられてきた。なにより、隣で支え合ってきた妻のあゆみ。人は一人では生きていけない。幼いころ、母によく言われた言葉だ。皆の助けがなければ、この旅をここまで続けることはできなかった。そして同時に、自分もまた、誰かに影響を与えている。互いに共鳴し合うことで、つながっていく縁。限られた人生の中で、同じ時間を共有してくれたことに、ただ、感謝したい。
「Ride of a Lifetime」
すでにあなたは、その波に乗っている。移ろいゆく波のラインをどう描く?

TAG #Ride of a Lifetime#ヴァンライフ#サーフトリップ#古川良太#連載

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Sirigurudev Khalsa シリグルデヴ・カルサ
ロサンゼルス出身の水中フォトグラファー。WSLやプロサーファーの撮影を経て、現在は日本を拠点に、世界各地で培った感性と経験をもとに、水中から波とサーファーの一瞬を捉えている。
あなたのことについて教えて
ロサンゼルスで生まれて11歳まで過ごし、その後はインドの全寮制学校で6年間、17歳頃まで過ごした。アメリカに戻ってからはロサンゼルスのサンタモニカカレッジに通いながら、写真やアートを学んだ。
アメリカに戻ったタイミングでサーフィンを始めて、すっかりとりこに。生活のすべてを持っていかれるような感覚で、完全にのめり込んでいたと思う。その頃からカリフォルニア・トーランスのサーフボード工場で見習いとして働き始めて、サーフボード製造の技術や3Dデザインを身につけた。
本格的にサーフフォトグラフィに取り組み始めたのは22歳の頃からで、マリブで継続的に撮影を始めてから、1ヶ月ほどでプロサーファーから仕事をもらえるようになった。
2021年の10月には、チャレンジャーシリーズの大会を追いかけてポルトガルとフランスへ。ロサンゼルスでプロサーファーを2人しか知らなかったところから、気づけばチャンピオンシップツアーやチャレンジャーシリーズに出ているほとんどの選手と知り合いになっていた。そこから一気に軌道に乗った感覚がある。それからは毎年バリにも通っていて、4年間ほどは毎年3〜4ヶ月、インドネシアで過ごしていた。
日本に移住したきっかけ
自分でもかなり予想外の流れで、これまでの人生の中でも大きな決断だった。もともと日本にはずっと興味があって、5歳の頃から家族ぐるみで仲のいい友達に「日本においでよ」と誘われていた。ただ、その人と一緒に来る機会はなかった。
その後、その友達が日本に戻ることになって、「東京は本当に楽しいから絶対来たほうがいい」と半年ほど誘われ続けていた。ちょうどその頃、バリへの渡航を何度も計画していたけど、撮影のタイミングと重なって毎回直前でキャンセルになり、フライトも4回すべて取り直すことになった。さすがに「今年はバリに行くべきじゃないのかもしれない」と感じて、正直かなり落ち込んだ。ただ、時間ができたこともあって、今まで行ったことのない場所に行こうと思い、軽い気持ちで日本への旅行を計画した。
2024年9月に来日して、本来は2週間の予定だったが、気づけば東京に2ヶ月滞在。その後一度離れたものの、12月末に再び戻り、そのまま日本で年越しを迎えた。そして2025年2月に今の妻と出会い、「もうここを離れることはない」と自然に思えた。それ以来、日本での生活が続いている。
バリへの旅が何度もキャンセルになったことも含めて、すべてが自然と日本へ導かれていたように感じている。自分の計画とは違う形だったけど、結果的にはこれ以上ない形で収まった。今振り返るとそんな風に思える。
日本でも水中撮影は続けていて、千葉や湘南、伊豆など、さまざまな場所を回りながら撮影している。日本はスウェルがそこまで安定しているわけではないので、「ここが良くなったらあっちへ」というように、自分の中でいくつも候補地を持って、波の状況を見ながら動いている。本当にいい波が撮れるタイミングを待ち続けている感覚。
海、自然との関係を言葉で表すなら?
海との関係はとても深くて、世界全体が静かになるような感覚がある。何かに悩んでいたり、考えないといけないことがあるときは、自然と海に入りたくなるし、その状態に身を置くのが好き。
サーフィンをしているときは完全に一点に集中していて、「今サーフィンしている自分」だけになる。特にサイズのある波のときはなおさらで、例えばウルワツのような場所でサイズがあると、本当に危険な場面もある。しっかり集中していないと、「あと1秒遅かったら10フィートのセットにやられていた」ということもある。だからこそ、やっていることに意識が完全に向いて、他のことは一切考えられなくなる。むしろ、考える余裕がなくなる状態になる。それが自分にとっては心地いい。


これまで撮影してきた中で一番好きな場所と、次に行きたい場所
お気に入りのスポットは間違いなくタヒチ。水の透明度、完璧な波、海の中の雰囲気、そのすべてが揃っている場所は他にないと思う。これまで一緒に撮影してきたサーファーたちも、プロもローカルも含めて本当にスピリットが素晴らしく、優しい人ばかり。その人柄がビッグウェーブに挑むサーフィンにも表れている。いつも滞在させてもらっている家族がいて、何度も通ううちに、今では“3つ目の家”のような場所になった。またすぐに行きたくなる場所だ。
それから食べ物も外せない。タヒチの食事が大好きで、フランス領ということもあってフレンチ、特にシーフードが素晴らしい。すべて含めて100点満点で、自分にとっては世界で一番好きな場所。
次に行ってみたい場所はいくつかあって、具体的に計画しているのは新島と小笠原。小笠原は東京から真南の位置にあって、船で丸一日かかると聞いている。行くなら最低1週間は滞在する必要があり、写真や動画で見る限り水も透き通っていて、波もかなり良さそう。沖縄と同じくらいの緯度なので、冬でも水温は17〜18度、場合によっては20度近くあるかもしれない。ローカルの人たちがサーフスポットをとても大切にしているので、外に情報があまり出ていない可能性がある。カメラを持って行っても「ここは撮影しないで」と言われるかもしれないが、それでも行ってみたい場所だ。

今後の目標
少なくとも日常会話ができるくらいには、日本語を話せるようになりたいと思っている。今も勉強しているが、とっても難しい(笑)。毎日使って、英語が通じない環境に身を置くことで、少しずつ身についてきている感覚がある。この調子で続けていきたいと思う。
あなたの人生に欠かせない3つのもの
1つ目は間違いなく海。サーフボードがなくても生きてはいけると思うけど、かなり落ち込むと思う。でも海に入れるなら、ボディサーフィンでも十分だ。2つ目はカメラとノート。瞬間を記録することもそうだけど、絵を描いたり、落書きをしたり、文章を書くことが好きなのでノートは欠かせない。3つ目は、最近ハマっているギターかな。

東京での展示会
4月29日から6月14日まで、東京・三軒茶屋の「Space Orbit」で、展示会を行う予定。メインとなる写真を10点展示する予定で、今はそのためのフレームを自分で制作しているところ。この6年間で撮影してきた海やサーフィンの写真の中から、ベストを集めた内容になっている。
これまで15カ国ほどで撮影してきて何万枚という写真があるが、なかなか展示することができなかった。そんな中、妻が背中を押してくれて「いい会場を知っているから、オーナーに話してみたら」と紹介してくれた。実際に話してみるとタイミングもよく、スムーズに決まった。オーナーはサーファーですぐに意気投合! 最初に会場を見に行ったとき、入口に大きなロングボードが置いてあって、「これは絶対うまくいく」と感じたのを覚えている。
これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
好奇心を持ってたくさん質問すること、そして謙虚でいることが大事だと思う。どんな会話も笑顔で始めれば、大抵のことは教えてもらえる。これまでいくつかの国に住んできて、世界中で素晴らしい人たちに出会ってきたが、ほとんどの人は優しくて親切だ。
「どんな人でも必ず何か面白いことを持っているし、誰もが自分の知らないことを知っている」という意識で接すると、新しい出会いやコネクションにつながる。だからこそ、相手に興味を持って向き合うことが大切だと思う。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Ocean People#Sirigurudev Khalsa#シリグルデヴ・カルサ#ビーチライフ#連載

南バハにも、北からのスウェルを拾うポイントがある。
トドスサントス——空港のあるラパス、南端のサンホセ・デル・カボといった町が点在し、この一帯に入った瞬間、人の密度が一気に上がった。パームツリー、白砂の浜辺、コバルトブルーの海。それまで人のいない砂漠を抜けてきた僕たちにとっては、大きな変化だった。人が増えれば、窃盗などのリスクも高まる。そう警戒はしていた。
シーズン一発目の北スウェルが届いていた。セリトスというビーチをチェックすると、セットで頭半ほどの波が割れている。ボトムはサンドで、アウトからはクローズ気味の波も入り、久々にビーチブレイク特有のスリリングな感覚を味わった。
町の人の多さに圧倒され、僕らは静かなビーチを求めた。アプリで見つけた無料のキャンプスポットへ向かう。到着すると、大きなショアブレイクの向こうに沈む夕日が、波をエメラルドグリーンに染めていた。釣りをする人や、ほかのキャンパーもいて、ゆったりとした時間が流れている。その夜、僕らは安心して眠りについた。

バハ半島の南端の町、カボ・サンルーカス。カナダやアメリカから冬の寒さをしのぐためにここに集まる

セリトスビーチ。WQSなども行われる観光客にも人気の場所だが、まだ道は舗装されていない

バハに点在するシークレットの一つ。真西に面していて北も南もうねりを拾うが、滞在した4日間一度もサーフィンをすることはできなかった

海へ抜けるためにプライベートエリアを通過することもある。通っていいのかわからないが、前に進むしかない
午前2時頃、ヴァンをノックする音で目が覚めた。この時間に声をかけてくるのは、たいてい警察だ。そう思い緊張が走ったが、外に立っていたのは普通の一般人に見えた。
「六角レンチを貸してほしい」
拙いスペイン語では完全には聞き取れなかったが、何かに困っていることは伝わってきた。奇妙な時間ではあったが、この旅で僕らも多くの人に助けられてきた。今度は自分の番だと思い、持っているレンチを取り出した。そのまま持ち去られるのも嫌だったので、彼と一緒に車まで歩くことにした。出身地はどこか——そんな他愛のない会話をしていると、200メートルほど先に一台の車が止まっており、ほかに3人の男が待っていた。
「どうしたんだろう?」そう思った瞬間だった。
「SHUT UP!!!」
こめかみに冷たいものが押し当てられる。
ピストルだった。
一瞬で状況を理解した。両腕を二人の男に押さえられ、車の中に押し込まれる。
誘拐——その言葉が頭をよぎった。
自分のことより、先に妻の顔が浮かんだ。もしここで消えたら、彼女は一人になる。自分一人なら、いざとなれば逃げることもできるかもしれない。だが、妻を一人にするわけにはいかない。幸いにも、彼らが要求してきたのは金だけだった。
夜中の2時、寝ているところを突然起こされ、「六角レンチを貸してほしい」と言ってきた相手に、まとまった現金を持っているはずがない。そう伝えると、「くそっ!」と、想定外だったかのような反応を見せた。その瞬間、彼らが素人である可能性が頭をよぎった。だが、油断はできない。仮に持っているピストルが本物であれば——抵抗は禁物。この掟は絶対だった。
僕らは、このような事態に備えていた。パスポートやクレジットカードは分散して隠してある。被害は最小限に抑えられるはずだった。
車に乗せられたまま、僕のヴァンのもとへ戻る。ヴァンの中には、手の届く場所にカメラやパソコンがあった。だが彼らは、早く立ち去りたいという焦りからか、車内を細かく調べようとはしなかった。
いつも持ち歩いているポーチを差し出す。中には現金1万5千円ほどとクレジットカード、そして寿司屋で働いていた頃にお客さんからもらったカードケース。そしてスマートフォン。すべてを奪うと、赤いテールランプは闇の中へ消えていった。
まず、妻に危害が及ばなかったことに、心から安堵した。強盗の話は以前から耳にしていたが、まさか自分たちが経験するとは思っていなかった。まだ起きていた近くのキャンパーに事情を説明し、彼らの隣に車を移して夜明けまで過ごしたが、ほとんど眠ることはできなかった。
翌朝、カボ・サン・ルーカスの交番で被害届を出した。形式的な対応はしてくれたが、実際に捜査が進むことはないだろう。お金を積まない限りは。
その後しばらくは、出会う人すべてを疑ってしまった。だが、それも時間とともに薄れていく。
今回の出来事は、不運だった。ただ、それだけではない。正規のキャンプ場を選んでいれば、防げた可能性は高い。僕らにも落ち度はあった。
それでも——バハという場所を、嫌いになることはなかった。

メキシコ本土に渡ろうか決め悩んでいたところ強盗に遭い、その先は諦めた。代わりにこのバハ半島の南端で1か月過ごした

大好きなプラヤ・パルミージャ。リゾートホテルの中にあるパブリックビーチで監視カメラもある

カボ・サンルーカスから少し東に行くとサンホゼというエリアがある。リゾート地になっていて海がとてもきれい

TAG #Ride of a Lifetime#ヴァンライフ#サーフトリップ#古川良太#連載

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Andresa Pedroso アンドレサ・ペドロサ
ブラジル南部出身。現在はバイロンベイを拠点に活動するアーティスト兼フォトグラファー。海と自然に囲まれたライフスタイルからインスピレーションを受け、旅や日常の美しい瞬間を作品へと落とし込んでいる。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちはブラジル南部のガロパバ。2016年にオーストラリアへ渡り、ここ5年はバイロンベイで暮らしている。現在はアーティスト、フォトグラファーとして活動しながら、子どもと関わる仕事もしている。
多くの人がそうであるように、私も「いろいろな場所を見てみたい」という気持ちが強くて、19歳のときに兄がいたオーストラリアへ遊びに行ったのがきっかけ。その旅を経て一度はブラジルに戻ったけれど、「やっぱりオーストラリアに住みたい」と思い、約1年かけてお金を貯めて移住したの。
ライフスタイルはもちろん、アジアや太平洋の島々など、ブラジルからは遠かった場所に気軽にアクセスできるのも大きな魅力。移住までの道のりは決して簡単ではなかったけれど、「ここを自分のホームにしたい」という想いがずっとあったから、どんな困難も乗り越えられたわ。
アートを始めたきっかけとインスピレーション
子どもの頃からクリエイティブなことが大好きで、時間があれば何かを作ったり、クラフトをしていた。今でも作品を作っているときは、あの頃に戻るような感覚になるの。本格的に制作に向き合い始めたのは2019年。最初はセラピーのようなものだった。日中は幼稚園で働いて、家に帰ってから水彩画を描く日々。その時の気分のまま自由に描く時間が、何よりの楽しみだったわ。
続けていくうちに自分のスタイルが少しずつ見えてきて、友人たちが作品を褒めてくれたり、「買いたい」と言ってくれたことが、ビジネスを始めるきっかけになったの。その後バイロンベイに移り、より制作に集中するように。周囲からも「アートでやっていくべき」と背中を押された。
最初は「本当に売れるの?」という不安もあったけれど、マーケットに出てみたら反応は想像以上! 「自分のアートには価値がある」と実感できたことで、大きな自信とモチベーションにつながったわ。
趣味やセラピーとして始めたものを、好きなことで収入を得る形へ変えていくのは簡単ではなかった。でも続けることで少しずつ形になり、3年ほど経った今では、他の仕事を減らしてほとんどの時間を制作に使えるようになったの。
インスピレーションの源は、やっぱりライフスタイル。海辺で育ち、家族は漁師。幼い頃からビーチや海の中で過ごす時間が当たり前だった。ブラジルではサーフィンもよくしていたし、海や海沿いの暮らし、トロピカルな空気感から多くを受け取っているわ。島を旅するのも大好きで、南国の花やパームツリー、その空気に強く惹かれるの。そうした感覚が自然と作品に表れていると思う。それだけじゃなくて、お店で見かけた服の色合わせや、カフェで出てきた料理の色合いなど、日常のささやかな瞬間からもインスピレーションを受けている。


オーストラリアのマーケット文化が繋ぐ人との出会い
マーケットの魅力は、やっぱり人と直接会えること。その場でリアルな反応を感じられるのが何より大きいわ。ブースに来てくれた人が「これすごくいい、大好き!」と言ってくれる瞬間は、本当に特別で嬉しいもの。そこから自然と会話が生まれて、「どこからインスピレーションを得ているの?」とか質問してくれるのも楽しい。
あと面白いのは、色んなアーティストが訪れてくれること。「自分もやってみたい」と言ってくれて、その後「マーケットに出始めたよ」「あなたに勇気をもらった」と伝えてくれる人もいる。自分の活動が誰かの一歩につながっていると感じられるのは、とても特別なこと。
ただ作品を売る場所ではなく、人とつながり、影響し合うポジティブな空間。それがオーストラリアのマーケット文化の魅力だと思うわ。

海、自然との関係を言葉にするなら?
自然との関係は、とても深くて大切なもの。インスピレーションの源でもあり、心を整えてくれる存在でもある。時間があればビーチへ行ったり、自然の中を歩いたりするのが好き。海に入ると、気持ちがリセットされる感覚があって、癒しという言葉だけでは足りないくらい。落ち込んでいるときも、嬉しいときも、少し泳ぐだけで気分が大きく変わる。海には人を癒す力があると、本気で思っている。
旅先でも気づけば、いつも海のある場所を選んでいる。シュノーケリングができたり、水の中を楽しめる場所。友人には「また海のきれいな場所に行ってるね」と笑われるけれど、それくらい自然に惹かれているということだと思うわ。
去年訪れた日本では、沖縄の石垣島や宮古島がとても印象的だった。宮古島で見た色とりどりのハイビスカスを写真に収め、そのまま作品として描いたの。旅や自然で感じたことが、そのまま表現につながっていくことが多い。
あなたの人生に欠かせない3つのもの
1つ目は、海の近くで暮らすこと。歩いて5分で海に行ける距離が理想。
2つ目は、人とのつながり。家族と離れているからこそ、バイロンで出会った友人たちは家族のような存在。彼らなしの生活は考えられないわ。
3つ目は、穏やかな環境。自然に囲まれ、自分の空間が落ち着いていること。心が安心できる場所で過ごすことが、とても大切。

今後の夢と目標
アートイベントに参加しながら、より多くのクリエイティブな人たちとつながっていきたい。そして写真にも、もっと力を入れていきたいと思ってる。これからの数年は、旅もいっぱいしたいな。今一番行きたい場所はタヒチ。何度か計画しながら実現できていないから、近いうちに必ずいかねくちゃ。
これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
考えすぎないこと、とにかくやってみること。それが一番大事だと思う。頭の中で考えすぎて動けなくなることって多いけれど、実際にやってみると意外とシンプルなことも多い。
うまくいかないことがあっても、「やってみた経験」は必ず残るし、「やらなかった後悔」よりずっといい。そして、愛情や情熱を持って取り組めば、思っている以上にうまくいくことも多いもの。私自身も最初は怖かったけれど、挑戦したからこそ今がある。だからこそ、怖くても一歩踏み出してみること。それが何より大切なことだと思う。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Andresa Pedroso#Ocean People#アンドレサ・ペドロサ#ビーチライフ#連載

サーファーなら一度は夢見るブレイクが、世界各地に点在する。ここスコーピオンベイも、その一つだ。荒野に囲まれたユニークな地形、そして何より、世界有数のロングライドが楽しめる。
僕らがこの場所に着いたとき、シーズン最後であろうスウェルが押し寄せていた。ここは1st Pointと呼ばれる一番手前のブレイクから、海岸線沿いにポイントが連なっている。一番奥まで行けば6thまであるが、主に人気なのは2ndから4thまでの間だ。南からの大きなスウェルが決まると、普段はそれぞれ独立しているスポットが繋がり、夢のようなロングライドが姿を現すという。2ndから3rd手前の崖の上はすべてキャンプ場となっており、波を眺めながらくつろぐことができる、サーファーにとって最高のロケーションだった。

南からのスウェルが半島を巻き込むように入ってくる。条件が揃うと、戻るのに車が必要になるほどロングライドできる
朝、カーテンを開けると、すでにゆっくりと長く割れる波が連なっていた。コーヒーを挽きながら、潮が引くのを待つ。このスウェルのためにキャンプ場には多くの人が来ていたが、皆それぞれのタイミングを待ち、パドルアウトしていく。誰もガツガツすることなく、有名なスポットとはいえ、穏やかな雰囲気が流れていた。
僕らは初日、2nd Pointでサーフィンをした。このブレイクは大きなベイエリアとなっていて、砂混じりのリーフの上で割れるトロめの波。ロングボーダーや初心者、年配のサーファーも楽しめる人気のスポットだ。横一直線にアプローチするスウェルラインにボードを引っ掛け、テイクオフする。だらだらと崩れていく波は、地形によって何度もリフォームを繰り返し、インサイドまで乗っていける。ターンをするわけでもなく、ただ純粋に波に乗ることを楽しむ。気づけば、1分以上乗っていることもあった。
夕方、僕は一人で3rd Pointに入った。波のフェイスは張りを見せ、3〜4ftのファンウェーブ。足元で水面を走るボードには、確かなスピードを感じる。夕日を背に、自由にラインを描いていく。南半球から何千キロも海を越えてやってきた波の、最後の数十秒を共にする。この瞬間のために、僕はカナダから何千キロも旅をしてきた。ただ波に乗りたくて。
ひとつの夢が叶った瞬間だった。
だが意外にも、その時間はあっという間に過去となり、夢は記憶へと姿を変えていった。

ロータイドのときの2nd point。手前にリーフが見えるが、昔はすべて砂浜だったと聞いた

波がいいと自然と駆け足になっていく! 崖からビーチまでのアクセスが急で降りるのが意外大変

ここでもボリュームのあるボードが大活躍だった。厚めに割れる波でもボードが滑り出すのが早い

水温も温かくタッパーがあれば十分。手前のリーフが鋭いのでロータイドのときは注意が必要
満月の夜、同じキャンプ場にいた老夫婦にキャンプファイヤーに誘われた。意外にも、バハを旅している若者はあまり多くない。ほとんど出会うのは、年配の人たちだ。そして彼らには、一つの共通点があった。
「1980年代からバハに通っている」
彼らもまた、若い頃に訪れて以来、この地の虜になっていた。火を囲みながら、昔の話を聞かせてくれた。橙色に照らされた彼らの顔の陰影に、僕は40年後の自分の姿を重ねていた。そして彼らの優しい眼差しもまた、僕らに若かりし日の自分たちを重ねているようだった。
消費社会の中で、日々すり減っていく充足感。そんな世界とは対照的に、バハは昔から変わらず、今もそこに在り続けているのだと思う。
「足るを知る」
電波も何もない場所にあったのは、お金では決して買うことのできない経験だった。一つひとつ経験を重ね、自分の世界を広げていく。世界は広いようで狭く、狭いようで広い。手の届かない場所にあると思いきや、それはすぐそばにあることもある。近くにありながら、それに気づかなければ、触れることすらできない。

サンセットをバックにサーフィン。サーファーはいたが、ポイントが広いため混んでいる印象はなかった

TAG #Ride of a Lifetime#ヴァンライフ#サーフトリップ#古川良太#連載

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Aina Elias アイナ・エリアス
スペイン・カタルーニャ出身のサーファー兼フォトグラファー。現在はスリランカを拠点に、水中撮影や自然光を活かした作品を通して、ブランドやクリエイティブプロジェクトに携わりながら、自分らしい表現を追求している。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちはスペインのカタルーニャ地方、海沿いのコスタ・ブラバというエリア。コンスタントに波がある場所ではないけれど、ここで11歳のときにサーフィンを始めた。子どもの頃からサーフカルチャーやその業界に憧れがあって、旅もよくしていたの。同じ頃に写真も撮り始めて、最初はGoProのようなアクションカメラで、サーフィンに行くときに友達を撮ったりしていた。私の町は緑や崖が多くて自然が豊かだから、どこへ行くにもカメラを持っていって、Instagramに投稿していたわ。そのうち「もっとちゃんとしたカメラで撮りたい」と思うようになって、家にあったカメラを両親から借りたの。そこからは本格的に、自分の好きな世界、旅やサーフィン、海のある暮らしを撮るようになった。サーフィンと写真、ふたつの情熱が自然に重なっていった感覚だわ。
基本は独学で学びつつ、ときどきワークショップなどの小さな講座にも参加していた。高校生のとき、カタルーニャでは卒業のために最終課題プロジェクトを提出する必要があって、時間も労力もかかるから、本当に興味のあるテーマを選ぼうと思って迷わず「水中撮影」を選んだの。
そんなときに南スペインで開催されていた「It’s Only Water」というクリエイティブプロジェクトのワークショップを偶然見つけた。当時は今のように大きな規模ではなく、小さなスタジオで少人数向けに活動していたから、遠くの町から来た私に主催者は驚いていたわ。座学から始まり、そのあと実際に海に入って学んでいく中で、時間も労力も忘れて夢中になっている自分に気づいたの。「これがやりたいことだ!」と心から思えた瞬間だったわ。主催者もその熱意をすごく喜んでくれて、それから連絡を取り続けるようになった。
数年後、「一緒に働かない?」と声をかけてもらって、夏にキャンプやスクールの撮影を手伝うようになった。毎日のように海に入りながら撮影して、ほかにもクリエイティブなプロジェクトに関わって、水中写真家としての基礎や現場での動き方、本当に多くのことを学んだわ。あのワークショップに参加した日が、人生を変えたきっかけだったと思っている。
そうやって少しずつ、自分のキャリアが形になっていったの。今はスリランカを拠点に、クリエイティブなプロジェクトを中心に活動している。ブランドやホテル、レストランと仕事をしているけれど、お金のためというより、本当にやりたいと思えるものだけを選ぶようにしている。写真を大切にしてくれる人たちと一緒に仕事をするのが好きで、海や自然の世界観を持つブランドと関わることが多い。
スリランカでの生活
ここでの生活は本当に心地いいわ。時間の流れがゆっくりで、サーフィンをしたり写真を撮ったりしながら、自分と同じ価値観や目標を持つ人たちとつながる。そのシンプルなことを大切にしたいと思える場所なの。
自然とクリエイティブになれるというか、無理をしなくてもアイデアが湧いてくる感覚があるわ。ローカルの人たちのシンプルな暮らしを見ていると、豊かさって物の多さじゃないんだなって気づかされるの。


サーフィンを始めたきっかけ
サーフィンを始めたのは11歳のとき。ちょうど地元にサーフスクールができたの。父は昔からウォータースポーツに関わっていて、「何か海のスポーツをやらせたい」と思っていたみたい。最初はキッズ向けのパドルサーフレースから始めたけれど、一度サーフィンを体験してからは完全にハマったわ。波はとても小さかったけれど、11歳の私たちにはそれで十分だったの。
これまでたくさん旅をしてきたけれど、一番好きなのはスリランカとスペイン南部。基本的にロングボードに乗っていて、次に行きたい場所はフィリピン。コミュニティの雰囲気やライフスタイルがきっと自分に合う気がしているの。それからメキシコやコスタリカにも行ってみたい。特にラ・サラディータやバハ・カリフォルニア。これから自分の人生がどこに連れていってくれるのか、楽しみだわ。

海、自然との関係
海にいると、すべてから切り離される感覚があるの。自分にだけ集中できる時間というか、音楽も何もない中で散歩しているときのように、自分の思考と向き合える時間。あの瞬間は、他のことは何も関係なくて、ただ「私と海」だけがある感覚だわ。サーフィンをしていると「今日はこれを練習しよう」という目標はあるけれど、同時に「今は私の時間だ」と思えるようになったの。リラックスして、余計なことを考えず、ただ波に乗る。それが最高の時間だわ。
写真、クリエイティビティのインスピレーション
雑誌がすごく好きなの。スペインの家にはここ数年で集めた雑誌のコレクションがあって、よく眺めているわ。本や雑誌を見ながら、ページに印をつけたりメモを書いたりして、そこから新しいアイデアが浮かぶことも多いの。
スリランカでスクーターに乗っているときや歩いているとき、ふと景色を見て「今カメラがあったらいい写真が撮れるのに」と思うことがある。頭の中にその写真のイメージが浮かぶ感じね。あとは、クリエイティブな人との会話からインスピレーションをもらうことも多いわ。
私の写真のスタイルは、できるだけシンプルに、ありのままを映し出すこと。自然光を使うのが好きで、海のキラキラした光や、日の出から3時間くらいのナチュラルな朝の光を大切にしている。自分の好きなものを記録する感覚で撮っているわ。できるだけリアルで、本物らしくありたいの。

今後の夢や目標
これからの数年は、写真のスキルをもっと伸ばしていきたいと思っているわ。たくさんのクリエイティブな人たちとつながって、一緒に何かを生み出していきたいの。旅をしながらブランドの仕事にももっと関わって、キャンペーン撮影やアウトドアスポーツ、サーフィン、旅など、ストーリーのある仕事に携われたら嬉しいわ。
あなたの生活に欠かせない3つのもの
1つ目はカメラ。仕事でもあるけれど、同時に情熱でもあるの。だから仕事をしていても「仕事をしている」という感覚がないことがあるくらい、大切な存在だわ。2つ目は家族と友達。いつも私を支えてくれている、今の私をつくってくれた大切な存在なの。3つ目は………たぶんスペインの食べ物ね 笑。
これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
何が起こるかなんて誰にも分からないから、あまり考えすぎず、とにかくやってみることだと思うわ。他の国に移住したい、新しい趣味を始めたい、どんなことでも変化には大変な時期がある。でもその先には、きっと素晴らしい時間が待っているはずなの。
同じ場所にずっといたら見られない景色や経験が必ずある。そして何より大事なのは続けること。続けていけば、あとになって「あのとき動いてよかった」「続けてよかった」と思える日が必ず来るはずだから。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram

© SALT… Magazine All Rights Reserved.
© SALT… Magazine All Rights Reserved.
