• 【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 4/柳緑花紅
  • 2025.10.15

自然の多様性と、ありのままに生きる

生い茂る森が海岸線で突如途切れ、断崖となって海とぶつかる。波と風に削られて残った硬い岩は「シースタック」と呼ばれ、洞窟の天井が崩れ落ちてすり鉢状になった地形は「悪魔の盃」と呼ばれる。もとは陸続きだった海岸線が、何万年もの時をかけて彫刻のような姿へと変わった。それがオレゴンの海岸だ。正直、ここに来る前の予備情報は「美しいコーストライン」だけ。サーフィンに関する情報は皆無で、ただ“ドライブが気持ちよさそう”という軽い動機だった。

オレゴンの海岸線をドライブしていると、時折出合う無人ブレイク。人影のない海は少し心細いけれど、サメへの恐怖を抑えてボードを準備した

カナダより南にあるのだから、気候も海水も暖かくなるだろう——そう思っていた。しかし、現実はまるで逆。冷たいカリフォルニア海流の影響で、夏でも沿岸は驚くほど涼しい。内陸との寒暖差で朝は霧が立ちこめ、水は茶色く濁り、手足が痺れるほど冷たい。サーファーの姿も少なく、どこか孤独な海だった。それもそのはず。オレゴンのサーフシーズンはカナダ同様、冬。北からのうねりが炸裂し、15〜20フィートの波が現れる。そんな冷たく過酷な環境に挑むハードコアサーファーたちの季節だ。一方、夏はほとんど波が立たず、初心者が多くなるという。

有名なキャノンビーチ。海にそびえる一枚岩「ヘイスタックロック」は高さ72メートル。多くの海鳥が棲むこの景観は、まさに大自然のモニュメント

ミアーズ岬から望む風景は、オレゴンを象徴する海岸線そのもの。運が良ければ、クジラやアシカなど多くの海洋生物を観測できる

最初にたどり着いたのは、玉石の岬に沿ってレフトの波が割れるシーサイドというポイント。ローカルにとってはあまりコンディションが良くないのか、僕が入ったときは他に一人だけだった。それでもサイズは腹くらいあり、うまく乗れれば3〜4発は当てられる。日本なら激混みになりそうな波を、ほぼ貸し切りで楽しむことができた。ただ、知らないポイントで人が少ないと、波待ちの時間がやけに長く感じる。濁った水と魚の匂いに、頭の中ではついサメを想像してしまう。実際、ここオレゴンはホホジロザメの生息地なのだ。
日が沈むまで海にいたが周りには誰もいなくなり、最後は潔く上がった。冷たい海を考慮してか、無料の公共シャワーが温水なのはありがたかった。後で知ったが、冬のうねりが完璧に決まると、ここは北米屈指のチューブが巻くらしい。ただし、ローカルがかなりキツく、知り合いがいないと入るのは難しいという。

シーサイドポイント。こんな良い波が割れているのに、ほとんど誰もいないのが不思議。玉石の上を進むパドルアウトも、戻る時もひと苦労

オレゴンでは、人との出会いもあった。
78歳で保護犬とヴァンライフを送るナンシー。サーフィンやハイキングが趣味なわけではなく、行くあてもなく気の向くままに車を走らせ、生活をしている。こんなにもパワフルに生きる78歳がいるだろうか。彼女はいつかこの生活をしてみたかったらしいが、そのチャンスは突然やってきたという。知り合いの車を安く手に入れることができ、まずはお試しで半年間のヴァン生活を始めてみた。そして、一応残しておいた家に戻った時には、もう決心がついていた。持っている家具の中から、バンに積めるものだけを選び、家も家具もすべて手放して旅に出たのだ。孫までいるおばあちゃんが、なんて型破りで自由なんだろう。
「私の余生はもうそんなに長くないけど、死ぬまでこの生活を続けたい」
その言葉には、“何かを始めるのに遅すぎることはない”、“迷っている時間があるなら、やれるうちにやったほうがいい”——そんなメッセージが込められているようだった。

「パスタを作りすぎたから食べない?」そう声をかけてくれたヴァンライフの先輩。旅の知恵をたくさん教えてくれた、アメリカの“お母さん”のような存在

南米を共に旅した旧友との再会もあった。彼ともまた、人生哲学について深く語り合った。人生のゴール。自分のやりたいことと仕事のバランス。一社会人としてキャリアを積む将来像と、若い頃のように旅をし、自由に暮らしたいという欲。どこまで追いかければ満足するのか——。そんな答えがあるようで、今の僕らにはまだ分からない問いを、7年越しに語り合った。分かったのは、結局「今を精一杯生きるしかない」ということ。ビーチで焚き火を囲み、ビールを片手に眺めたサンセットを記憶に刻みながら、「また再会した時に続きを話そう」と約束した。

夏でも比較的コンスタントに波のあるアゲートビーチ。右手の崖が北風を遮り、いつもクリーンなフェイスを保っている。気づけば1週間滞在していたお気に入りの場所


古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
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