• 【特集】SURF MUSIC makes us "SALTY" #03 -世界中で無限の変貌を遂げ始めたフラワーチルドレンの種-
  • 2024.10.04

海と対峙するとき、音楽は円滑油のような効果を発揮する。サーフィンと音楽が絡み合い起こる化学反応。多くの先人たちの言葉を交え時空に綴れ織りを描くとき、サーファーとダンスの関係が見えてくる。


 '70年代に入るとその勢いは更に加速する。サーファーは心の平和と精神的反抗を表現する音楽を好んで聴き、サーフムービーでは著作権など関係なしにロックが使用された。ジミ・ヘンドリックス、サンタナ、スティーヴ・ミラー・バンド、フリートウッド・マック、ウイッシュボーン・アッシュ、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズなど、数百万枚を売るアーティストの楽曲を自由に使えた時代である。サーフィン映画が上映される会場は常に満員で、さながらロックコンサートのように盛り上がった。ハワイのビッグウェーブや未知なるモーリシャスやインドネシアの波は、サーファーの視線を釘付けにした。

さらに原点回顧主義、オリジナル音源で映画を完成させるという至難の技を成し遂げたのがオーストラリアの『モーニング・オブ・ジ・アース』だ。自国の無名なバンドとシンガーソングライターの楽曲はライディング映像と完全にシンクロし、歌詞が映像のすべてを語った。全編通じてナレーションは一切なしという奇抜なアイデアこそ、オーストラリアがサーフィン大国アメリカ西海岸に対抗する姿勢だった。ベトナム戦争への徴兵命令が下されるオーストラリアでは、本国アメリカ以上に反戦意識が高く、『モーニング・オブ・ジ・アース』のサウンドトラックは全豪1位にランクアップした。1972年のことである。サーファーとフラワーチルドレンと称されたヒッピーカルチャーが交差した歴史的瞬間である。

 ベトナム戦争が終焉を迎えた1975年、コマーシャリズムがソウルサーフィンにメジャー参入を試み、その翌年プロサーフィンが設立。満を期すかのように、ビル・デラニー監督の『フリーライド』が劇場公開された。オープニングの超スローモーションのチューブシーンは、オフザウォールを突っ走るショーン・トムソン。サウンドと映像が見事に重なり、すべてのサーファーが魅了された。この映画の主人公は南アフリカのショーン・トムソン、オーストラリアの破天荒なウェイン・ラビット・バーソロミュー、ツインフィンで4年連続世界一に輝いたマーク・リチャーズで、時代のヒーローとして崇められた。この流れに大胆不敵な下剋上を仕掛けたのがニュースクール世代である。ロングヘアとサイケデリック的エアブラシ、ヒッピー文化が混在するライフスタイルを否定するかの如く、サウンドはアグレッシブなパンクやグランジ、キース・へリング風ストリートアートに移行する。その代表選手はケリー・スレーター、ロブ・マチャド、シェーン・ドリアンなど、スラッシャージェネレーションである。

サーファーの描くライン、ライフスタイルの変化は音楽にも反映された。'80年代中頃にはサーフィンと同じくくりでスケートボード、スノーボードにもサーフブランドが参入。その始まりはテイラー・スティールの『モーメンタム』シリーズで、与えた影響力は計り知れない。パンク、メロコア、グランジの激しいリズムに同化した映像編集は、ミュージックビデオのように受け入れられ、サブライムやジゲンズは伝説として語り継がれている。サーフィン映画がフィルムからビデオ化されると、巨匠ジャック・マッコイはオーストラリア先住民族のバンド、ヨスー・インディを起用してマイナーなバンドを一気にメジャーに押し上げた。

>>特集の続きは本誌でご覧ください。

「SALT…Magazine #01」 ¥3,300

本誌では24ページにわたってSURF MUSICを特集。“サーフィンと音楽”の蜜月関係から、アンドリュー・キッドマンのインタビュー、抱井保徳さんのコラムなど掲載。潮の香りをまとったソルティな音楽は、サーフィンライフを豊かにしてくれる。


photography_Mitsuyuki Shibata text_Tadashi Yaguchi

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