

海が似合う“素敵なあの人”が偏愛する、モノやコトを紹介するこの企画。今回は、ライフスタイルブランド『SeaRoomlynn』のデザイナー兼PRを担当するeminaさんに話を伺った。

Profile
emina
ライフスタイルブランド『SeaRoomlynn』のデザイナー兼PR。商品制作をメインに、MDからPRまで幅広い業務を担当。
「洋服は自分自身を表現する方法のひとつ。着てくださる方にもそうであってほしいなと思っています」と話すのは、ライフスタイルブランド『SeaRoomlynn』のデザイナー兼PRを務める、eminaさん。小麦色の肌にカーリーヘア、ナチュラルなメイクにシンプルなアイテムをファッショナブルに着こなすeminaさんのスタイルは、多くの女性から支持されている。


「わたし自身、シンプルな服が一番好きで。“海と都会が好きな女性”っていうコンセプトを叶えるために、自分らしさを洋服作りでも大切にしています。今自分がどんなものを着たいのか、スタッフはどんなスタイルが気分なのか。みんなの声を反映して、自分たちのような女性が本当に着たいと思える、等身大のお洋服を作っています」
コンセプトを体現したような彼女だからこそ、多くの人に支持されるプロダクトを作り上げることができているのだ。

「シンプルだからこそ細部にすごくこだわって作っています。それぞれの商品に対する想いが強くなって、Instagramのキャプションもものすごく長くなっちゃう(笑)。ただ、よくDMなどで聞かれるのですが、着方に正解はないと言うことはお伝えしたいです。ファッションは自分が好きなものを着たいように着て欲しい。周りの目を気にせず、自分を“開放”してみたらもっと自分らしくなれるはず」


そんなeminaさんの定番は、上半身か下半身にボリュームがあるスタイル。「身長が160cmで大きくも小さくもなく、髪の毛にボリュームがあるので、一番バランスがとりやすいこのスタイルが定番です。パーマをかけたカーリーヘアはもはや私のトレードマーク。これに合わせたナチュラルメイクや、そばかすも自分らしさかなって」
リングの跡が残る日焼け肌も、そばかすを見せるナチュラルメイクも、彼女にとっては自分らしさを表現する方法のひとつだ。

eminaさんが海を好きになったのは、物心つく前の幼い頃。「小さい頃から家族で出かけることが多くて、海は身近な存在でした。水に触れている瞬間がとても好きで。サーフィンは長くやっているけれど、万年初心者(笑)。親友に誘われて始めたのがきっかけです。友達の子どもと、私が飼っている犬と、ビーチでチルしたり、海に入ったり。ゆるく楽しむのが心地いいです。忙しくてなかなか時間を作れないけれど、リフレッシュしたいときは海に行きます」


なかなかまとまった休みが取れないeminaさんがしっかりサーフィンできたのは、今年ハワイを訪れたときのこと。
「ワイキキビーチでサーフィンを楽しみました。あんなにパドルをしたのは初めて! 海に入ったのが久しぶりだったので難しかったけど、波待ちをしているだけでも幸せ。ブルーの水面がキラキラ輝き、風が心地よくて、ときたまウミガメが顔を出したりして……。ローカルの人と声を掛け合い、日本とは違った楽しみ方ができました」

「海外へ行くと感じることが多いのですが、周りの目を気にせずに自分の好きなものを着て楽しんでいる人が多い! 自分を表現するためのファッションとして、私たちのブランドを選んでもらえたら。正しさを求めずに、自分が好きなように着てもらえることが一番うれしいですね」
text _ Miri Nobemoto
TAG #emina#SeaRoomlynn#ビーチライフ#素敵なあの人の偏愛事情

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Ella Taylor エラ・テイラー
オーストラリア出身のフォトグラファー、デザイナー、そして『Lacking Representation』創設者。サーフィンとクリエイティブカルチャーを軸に、ローカルコミュニティの物語やクリエイターの声を、紙媒体を通して発信している。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちはオーストラリア、メルボルンから車で約1時間半の場所にあるモーニントン半島。海に囲まれた場所で育ち、幼い頃から海で過ごすことが日常だった。6歳の頃からサーフィンとサーフライフセービングを始め、10代半ばまでは一日の大半をそれに費やしていた。
高校に入る前後、14歳くらいのときに初めてカメラを手にし、写真に夢中になった。もともと海が大好きだったから、サーフィンの写真を撮ったり、ブランドの撮影をしたりすることに強く惹かれ、今振り返ると、その頃がすべての始まりだったように思う。そこから自然とデザインにも興味を持つようになり、写真とデザインはどちらも高校時代に育まれたパッション。当時は「いつかニューヨークの大きなクリエイティブスタジオで働きたい」という夢を持っていて、10代の私にとって、それはとてもワクワクする未来だったわ。
それともうひとつ、子どもの頃から大きな情熱を注いでいたのがスキー。18歳でデザインを学び始めたものの、「少し学校から離れてみたい」と思い、スキーシーズンを過ごすことを決めた。オーストラリアのジンダバインとカナダを行き来しながら、スキーインストラクターとして6シーズン連続で働き、その間もずっと写真を撮り続けていた。少しずつ小さな仕事を受けるようになり、写真の仕事が形になり始めたわ。
2020年、最後のシーズンでアキレス腱を断裂してしまい、それをきっかけにスキーを続けることができなくなった。でも今振り返ると、そのケガは人生の大きな転機だったと思う。リハビリとして再開したのがサーフィンだった。走ることはできなかったから、「それなら海に戻ってパドルしよう」と思ったの。
再び海に入るようになったとき、「なんでここ数年、こんなにサーフィンから離れていたんだろう」と気づいた。大学に通っていた頃は、授業中もずっと波情報やライブカメラをチェックしていて、「あと何分でこの授業から抜け出せるだろう」なんて考えていたくらい。よく「ちょっと用事があるので」と言って授業を早退し、そのまま車を飛ばして海へ向かっていたわ。
ショートボードもロングボードも経験したけれど、今のパートナーに出会ってからは、ロングボード特有の流れるような動きや感覚に惹かれるようになった。ありきたりな表現かもしれないけれど、私にとってロングボードはまるでダンスのようなもの。海の上でただ自分自身と向き合い、その瞬間に身を委ねることができる。日々の暮らしの中で、自分を整え、心を落ち着かせるための、とても神聖な時間だわ。
そんな形でサーフィンとデザインが私の人生の中心になっていった。もともと出版や雑誌の世界が好きだったこともあり、「サーフィン、写真、デザインという自分の好きなものを、どうすればひとつの形にできるだろう」とずっと考えていた。そして大学最後の年だった2023年に、『Lacking Representation』を立ち上げた。
『Lacking Representation』について
『Lacking Representation』を立ち上げたとき、掲載する内容に対して最初から強い意図を持っていた。私は男兄弟が二人いる環境で育ち、子どもの頃はサーフィン仲間も男友達が多かった。数年間スキーに打ち込んだ後、17〜18歳頃に一度海から離れ、22〜23歳で地元のポイントへ戻ってきたんだけど、そこでコミュニティの雰囲気が大きく変わっていることに気づいた。
アキレス腱の大ケガから復帰したばかりの頃、ある男性サーファーがパドルして近づいてきて、「何をしているかわからないなら、ショルダーにいた方がいいよ」と言われた。私は「今リハビリ中で、ここはローカルスポットだから、自分で判断できるわ。ありがとう」と返した。でも海から上がったあと、「今のは何だったんだろう」とずっと考えていた。それまで人生でずっと居心地の良かったホームブレイクで、初めて男女の間にある微妙な緊張感のようなものを感じた瞬間だった。誰かと衝突したかったわけでも、声を荒らげたかったわけでもない。ただ純粋に、何が起きているのかを感じていた。そして、その観察が『Lacking Representation』の出発点になった。
地元には素晴らしい人たちがたくさんいるのに、誰もお互いを称えたり紹介したりしていない。特に私が身を置くクリエイティブコミュニティには、もっと光を当てるべき人たちがたくさんいるのに、それを十分に表現できる場所がない。若い女の子たちがコミュニティに入ってきても、身近にロールモデルが見当たらない。さらに、地元のクリエイターたちを紹介する場もほとんどなかった。
当初は本当にローカルなプロジェクトのつもりだった。まさかオーストラリア各地や海外にまで広がるなんて、思ってもいなかったわ。私が伝えたかったのは、「女性対男性」という単純な対立ではなく、「私たちはみんな同じ海を共有しているのだから、もう少しお互いにリスペクトを持てないだろうか」ということ。それが創刊号の大きなテーマになった。
創刊号では、男性2人と女性3人にインタビューし、全員に同じ質問を投げかけた。それぞれ異なる分野で活動していたから、返ってくる答えもまったく違っていた。完成した誌面を読み返してみると、みんな似たような経験をしているのに、その解釈や感じ方は驚くほど異なっていたわ。特に印象的だったのは男性たちの意見。彼らは決して「女性が邪魔だ」とか「能力が足りない」と言っていたわけではない。ただ、海の中で感じる女性たちの振る舞いや距離感について率直に語っていて、その視点は読者にとってもとても興味深いものだった。そうした対話を通して、『Lacking Representation』は単なる問題提起ではなく、さまざまな立場の声を届けるプラットフォームへと変化していった。
今振り返ると、創刊号には当時の私自身の感情も強く反映されていたわ。怪我からの回復途中だったこともあり、少し苛立ちもあったし、若さゆえのエネルギーもあった。言葉の選び方や表現には、良い意味で生々しさがあり、率直な感情がそのまま表れていたと思う。だからこそ第2号では、「祝福」と「コミュニティ」をテーマにした。誰かを批判するのではなく、人々を称え、つなげるための場をつくりたかった。次号では、オーストラリアのサーフィンシーンを代表するブランド「ATMOSEA」が加わり、プロジェクトは一気に大きく動き始めたわ。

ほとんどのものがデジタルに移行し、出版業界が静かになっていく現代。そんな中で雑誌を作ることに対しての想いは
感じているのは「不安」というより、むしろ「寂しさ」に近い感覚。出版物には、たくさんの愛情や情熱、そして“ゆっくりと向き合う時間”が込められている。それは雑誌を作ることだけではない。スマートフォンのメモやGoogleカレンダーではなく、紙やノートにやるべきことを書き出すことも同じだと思う。私は出版という文化の居場所を守り続けたいし、「私たちはまだここにいる」ということを伝えられる存在でありたい。コーヒーを片手に、5分だけでも座ってページをめくる。スクロールする必要はない。そんな時間の価値を忘れてほしくない。
私自身、仕事では毎日のようにコンピューターに向かっている。デザインの仕事をしているから、ほぼ一日中画面を見ていると言ってもいいくらい。今ではAIがブランドを作り、文章を書き、本まで作る時代になった。でも私は、「それは違う」と感じている。だからこそ、実は今は出版にとって面白い時代でもあると思う。人はいつだって、自分が失いつつあるものを求めるものだから。デジタルが当たり前になった今だからこそ、人々は紙が持つ温度や、手に取るという体験を改めて求めはじめている。本当は、近所の書店や商店に立ち寄って、本や雑誌を一冊手に取り、ただページをめくるだけでもいい。そんなシンプルな喜びを、もう一度思い出してほしいわ。



海、自然との関係を言葉で表すなら?
自然は、いつもさまざまな形で寄り添ってくれる存在。山も海も、私にとってはとても大きな存在で、真っ先に思い浮かぶ言葉は「力強さ」。山へ行くと、まるで大きな何かに抱きしめられているような感覚になる。「おかえり」と迎え入れてもらえるような安心感がある。でも海は少し違う。つらい一週間を過ごした後や、長い一日の終わりに海へ飛び込むと、一瞬ですべてがリセットされるわ。
子どもの頃、私は偏頭痛に悩まされていて、吐き気を抑えるために自分自身へ声をかけながら乗り越えなければならなかった。そんな時、よく「今、自分が本当にリセットされて、心から楽になれる場所はどこだろう」と考えていた。
いつも浮かんでくるのは、海の中へ潜っていく自分の姿だった。水中の静けさに包まれ、頭の中まですっと静まっていくような感覚。ストレスを感じた時も、悲しい時も、私は自然と海へ向かう。もし海や山が近くになければ、雨の中にただ立っているだけでもいい。それくらい自然は、私の暮らしに欠かせない存在だわ。

あなたが夢中になれるもの、心がときめく4つの瞬間
1つ目は、真冬に暖炉の前で過ごす時間。赤ワインを片手にゆっくり夜を過ごしたり、朝ならコーヒーや紅茶を飲みながら、お香を焚いてお気に入りの本や雑誌をめくったりする時間。
2つ目は、空港でこれから飛行機に乗る瞬間。ゲートへ向かうあの高揚感が大好き! これから先の数か月がどうなるのかはまったくわからない。でも、その未知の未来にすごくワクワクしている。旅に出る時って、どんな自分にだってなれる気がするわ。
3つ目は、日の出のサーフィン。少し肌寒く澄んだ朝、海の上で朝日が昇ってくるのを眺めながら波を待っている時間。まだ一日も始まっていないのに、もうこんなにも自分のための時間を過ごせたという満たされた気持ちになれる。
最後はスキー。山の頂上に立ち、一気に滑り降りるあの感覚。ものすごいスピードで風を切りながら滑っていると、頭の中が完全にクリアになる。
これから何か新しいことを始めたい人にアドバイスをするなら?
とにかくやってみること。飛行機に乗って、ずっと行きたかった場所へ行ってみる。アイデアを書き出して行動に移す。とにかく動いてみること。
振り返ってみると、私は20代でたくさんのリスクを取ってきた。18歳で海外へ移住した時も、「じゃあ行ってくるね」くらいの感覚で飛び出して、迷いはなかった。大学の専攻も3〜4回変えた。その時々で本当にやりたいと思うことがあったから、とりあえず行動に移してきたわ。
もちろん、誰もがそういうタイプではないし、そんなふうに簡単にはできないという人にもたくさん会ってきた。それもよく理解できる。でも、自分が何かを信じていて、自分自身を信じているなら、その想いを聞きたい人や見たい人、きっと同じことを考えていたり、それを必要としていたりする人がいる。
そして、人の意見に振り回されすぎないこと。20人に聞いて20通りの意見を集める必要はないわ。信頼できる少数の人たちを大切にしながら、最後は自分自身を信じて前に進む。それが一番大切なことだと思う。
今後の夢と目標
今、一番力を入れているのは、自分のデザインビジネス。最初は、フリーランスとして楽しく仕事ができたらいいな、くらいの気持ちで始めた。どこまで成長するかは流れに任せながら、一方で大きなデザインスタジオで働く機会があれば、それも素敵だなと思っていた。これからはビジネスをさらに成長させ、もっと良いものにしていきたい。いつかスタッフを迎えたり、自分だけのスタジオスペースを持ったりできたらいいなと思っているわ。
そして、もう一つが雑誌。今年、『Lacking Representation』Vol.3をローンチした時、ふと立ち止まって気づいたことがあった。長い間思い描いてきた夢を、今まさに生きている。そんな実感が湧いたの。だから今は、その夢にもっと集中して、さらに育てていきたいという気持ちが強くなった。出版は本当に難しい世界。制作にもお金がかかるし、すべて自費で出版しているから、とても大きなプロジェクトでもある。だからこそ、これから1〜2年の間に何らかの形で発展させていきたい。それがどんな形で実現するのか、自分自身も楽しみにしているわ。

photography_Sara Parker, Abbi Hart
text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Ella Taylor#Lacking Representation#Ocean People#エラ・テイラー#ビーチライフ#連載

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Gabriela Cristina ガブリエラ・クリスティーナ
フロリダ生まれ、ニカラグア在住。ヨガ&スカルプインストラクターとして、「健康とは痩せることではなく、自分の身体を理解すること」をモットーに10年以上指導を続ける。現在はサーフタウンを拠点に、自然とともに生きるライフスタイルを送っている。
あなたのことについて教えて
フロリダ南部で生まれ育ち、現在は夫と保護動物たちとともに、ニカラグア南部のサーフタウンで暮らしている。ジャングルに囲まれた環境で、サーフィンをしたり、文章を書いたり、身体を動かしたり、大切な人たちと時間を過ごしたり。それが今の日常。健康やウェルネスへの情熱は、物心がついた頃からずっとある。
ニカラグアへの移住は、自分たちで選んだというより、この場所に呼ばれたような感覚だった。最初のきっかけは、友人が開催していたヨガリトリート。そこで施設のオーナーと知り合い、「雨季の間、試しに無料で住んでみたら?」と声をかけてもらったの。実際に滞在してみると、波は素晴らしかった。でも周囲にはほとんど何もなく、レストランもなければスーパーまでも1時間。まるで僻地のような場所だった。
その後、ニカラグアのさまざまな場所に滞在しながら友人たちと過ごしていたある日、売りに出ている土地の話になった。値段と場所を聞いた瞬間、「私、この土地を買うわ!」と言って、そのまま購入したの(笑)。もともとは、4か月だけのお試し移住のつもりだった。でも土地を買ったことで戻ってくる理由ができ、今年ついにフロリダの家を手放し、完全移住を決めたの。すべてが自然な流れで動き出し、気づけば人生そのものがニカラグアへ向かっていた。
キャリアのきっかけ
健康やウェルネスへの興味は、ずっと昔からあった。企業向けヨガを中心に週25クラスを担当しながら、サーフ&ヨガリトリートの開催、スタジオの立ち上げ、ティーチャートレーニングなど、形を変えながらキャリアを積み重ねてきた。それでもどこかで、「これが本当にやりたい形ではない」と感じていた。
転機になったのは、昨年メンタワイで経験した突然の病気だった。A型肝炎と診断され、4か月間ほぼ寝たきりの状態が続いた。でも、その時間があったからこそ、自分の中にあった想いがより明確になった。
「どうせベッドから動けないなら、アプリを作ろう」そう思い立ち、長年かけて作り上げてきた独自の“スカルプ”メソッド(筋力トレーニング)をオンラインで世界に届ける準備を始めたの。少しずつ回復しながらクラスの撮影を進め、それが現在のビジネスにつながっている。1年前の自分に「今こうなっているよ」と伝えても、きっと信じなかったと思うわ。
私が今、とくに大切にしているのは、女性の身体に合った健康との向き合い方。単に体重を落としたり痩せたりすることではなく、自分自身の身体やホルモン、筋肉について理解した上で健康と向き合ってほしい。今まで当たり前だと思ってきた知識を一度手放し、一から学び直すことが本当に大切だと思うの。

サーフィンとの出合い
サーフィンを始めたのは約12年前。フロリダ育ちだけれど、フロリダの波は不安定で、サーフカルチャーも独特だった。波を求めるには何時間もクルマを走らせなければならず、良いコンディションを逃せば次のチャンスがいつ来るかも分からない。19歳の頃、カリフォルニアに滞在していた時に友人に連れられて海へ行き、本格的にサーフィンにのめり込んだ。そこからは“サーフィンをするための旅”が始まった。フィジー、ハワイ、バリ、プエルトリコ。波を求めて世界中を巡った。最初はロングボードから始め、5年前にショートボードへ本格的に転向。この5年間は、本当に人生をショートボードに捧げてきたような感覚だわ。それでもサーフィンに終わりはないし、上達するためには、調子が悪い時も含めて、とにかく続けることが大切だと思っている。巻かれて、ボコボコにされて、それでもまた海へ向かう。するとある日、突然すべてが“カチッ”とはまる瞬間が訪れる。その瞬間があるからこそ、また次の波を追い続けたくなるの。
お気に入りの場所は間違いなくインドネシアのメンタワイ。毎年訪れることが何より楽しみになっている。美しい波、美しい自然、そして人生そのものを整えてくれるような時間がそこにはある。
次に行きたい場所はタヒチ。波だけでなく、景色も自然も文化も、そのすべてが美しいから。



自然との関係を言葉で表すなら?
まず思い浮かぶのは、「癒し」「自分を見つめ直す時間」、そして「リセットされる感覚」。自然は、私にたくさんのインスピレーションを与えてくれる存在でもある。海は、その日の自分の状態を映し出してくれるものだと思う。
「今日はすごく調子がいい」と思って海に入っても、実はそうではなかったことに気づかされることがある。まるで海が、自分の本当の状態を見せてくれるような感覚。同時に、海や自然は私にとって最も癒される場所であり、最もクリエイティブなエネルギーをもらえる場所でもある。自然の中にいる時、そして海に入っている時こそ、自分らしくいられる瞬間。

あなたの人生に欠かせない3つのもの
自由、健康、そしてサーフィン。
これから数年の夢や目標は
今やっていることを、そのまま続けていくこと。今の私は、とても良い流れの中にいる感覚がある。健康でいられて、夢の家を建てていて、大好きなニカラグアで暮らしながら、大切な人と旅を続けている。それだけで十分幸せ。
これから何か新しいことを始めたい人にアドバイスをするなら?
少しタブーかもしれないけれど、「誰にも話さないこと」だと思う。新しい夢やアイデアを持った時、それを人に話せば話すほど、相手の価値観や不安、偏見までもが入り込んできてしまうことがある。
本来、夢は誰かに理解される必要なんてないと思うの。だからこそ、まずは静かに始めてみること。周囲に説明しすぎず、自分の感覚を信じて動いてみる。そして形になってから、「実はこれをやっていたんだ」と伝えればいい。周りを気にせず、自分だけの“魔法みたいな感覚”の中に入り込むこと。クリエイティブな高揚感や、自分の中にある熱量を大切にして。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Gabriela Cristina#Ocean People#ガブリエラ・クリスティーナ#ニカラグア#ビーチライフ#連載

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Bella O'Dowd ベラ・オダウド
オーストラリア・ビクトリア州出身。沖縄・座間見の海や自然、人との繋がりからインスピレーションを受け、アートブランド「Zamimi」を設立。波や貝殻、太陽などをモチーフにした水彩アートを通して、色や優しさ、感情を届ける作品を制作している。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちは、オーストラリア・ビクトリア州南西部の小さな街。グレートオーシャンロードから車で45〜50分ほどの場所で、有名なベルズビーチも近く、自然豊かで本当に美しいところ。実家は小さなファームで、子どもの頃はずっと外で遊んでいて、ヤギやアヒル、羊など、たくさんの動物たちに囲まれて育った。小さい頃から動物や自然が大好きで、とてもクリエイティブな子どもだったと思う。今もその場所で暮らしていて、両親と姉のRubyと一緒に暮らしている。
アートは小さい頃から生活の一部だった。昔のアルバムを見返すと、家族でフォークフェスティバルや音楽イベントに行った時に、顔にフェイスペイントをしていたり、家の壁に絵を描いていたりする写真がたくさんあって、昔からずっとアートが大好きだった。
自身のブランド「Zamimi」を始めたきっかけ
2025年の夏に、姉と日本へ旅行したことがきっかけで始めた。以前にも日本へ来たことがあって、その時から日本の美しさや人の優しさに惹かれていた。今回は沖縄や離島の座間味島に長く滞在して、毎日シュノーケリングをしながら海亀と泳いだり、美しい珊瑚や海の色を見たり、本当に特別な時間を過ごした。座間見の海の色は、今まで見たことがないくらい綺麗で、すごく興奮したし、感動したのを今でも鮮明に覚えている。ちょうど22歳の誕生日も座間味で迎えて、最高の旅になった。
旅行から帰ってきたあとも、日本で感じた空気感や人との繋がり、海や自然の美しさがずっと心に残っていて、その感覚を形にしたいと思ったのが“Zamimi”の始まり。波や貝殻、太陽などをモチーフにデザインを描き始めて、少しずつブランドとして形になっていった。Tシャツの背中には “Energy is contagious(エネルギーは伝染する)” という言葉を添えている。たとえスーパーで並んでいる時でも、誰かがその言葉や色を見て、少しでも気持ちが明るくなったり、何かを感じてもらえたら嬉しいなって思って。
今は世界中いろいろな場所へZamimiのTシャツを届けることができて、色や優しさ、繋がりを通して人と繋がれることに、すごく感謝している。

アートが形になるまで
アートのプロセスは、まずスケッチブックにアイデアを書き出すところから始まる。日本で見た景色や、波、貝殻、太陽、星、宇宙のようなものからインスピレーションを受けていて、そういったモチーフをよく使っている。
まず水彩紙に手描きで絵を描き、水彩で色をのせたあと、Photoshopに取り込んで色味や配置を調整していく。姉もクリエイティブな仕事をしているので、お互いにアイデアを出し合ったり、相談しながら進めている。
最後にTシャツへ落とし込んで、サンプルが届く瞬間がすごく楽しい。思っていた色と違うこともあるけれど、それもまた面白い。時間を忘れるくらい没頭できるアート制作は、一番のお気に入りの時間。
座った瞬間にどんどんアイデアが浮かんできて、自然とフロー状態に入れる日もあれば、逆に“作りたい”と思っていても何も出てこない日もある。でも、そういう時は無理に作ろうとはしないで、「今日はそういう日なんだな」って受け入れて、また準備ができた時に自然とアイデアが戻ってくるのを待つようにしている。
写真でも文章でも、アートでも、クリエイティブな仕事をしている人なら共感できると思うけど、何かを無理に作ろうとすると、結局いいものはできない。自分が一番楽しいことをしていて、そこから生まれるアイデアに寄り添っていけば、必ず何かいいものが生まれると思っている。
実際、描いたあとに「なんか違ったな」って思うデザインもたくさんある。今まで何百個も描いてきたけれど、実際に使っているのは8〜10個くらいかもしれない。でも、昔描いたものをあとから見返して、「今なら使えるかも」ってなることもあって、時間が経ってから作品として生きることもある。それが、クリエイティブな仕事をしていて一番好きなことかもしれない。


次に行きたい場所
数えきれないほどあるけれど、一番惹かれているのはコスタリカ。写真で見る海や熱帯の自然が本当に綺麗で、“Zamimi”っぽい空気感を感じる。
日本にもまた行けたらいいなって思っている。まだまだ巡りたい離島がたくさんリストにあるし、人も優しくて、食べ物も最高で、本当に大好きな場所。

海、自然との関係を言葉に表すなら?
自然って、本当に尽きないインスピレーションの源だと思う。同じ花や太陽でも描き方は無限にあるし、海の色や花の色も、見る人によって異なるもの。たまに思うんだけど、自然が作り出す模様、例えば貝殻一つひとつの模様だったり、波が砂浜で割れる時のパターンだったり、自然こそが一番のアーティストだと私は思う。
アートのインスピレーションを受けるのも、行き詰まった時にまず戻る場所も、いつも自然が豊かな場所。多くのことがスクリーンの中で完結する時代だけれど、私は常に自然に返って、子どものような遊び心を忘れずにいたいと思う。
あなたの人生に欠かせない3つのもの
Loco Loveっていうバイロンベイ発祥のチョコレート。毎週買っていて、家にないとたぶんすごく困る(笑)。あとは、アーモンドミルクのカプチーノと、家族、それから2匹のゴールデンレトリーバー。
これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
とにかくやってみること。自分が心から好きなことをやれているなら、それが一番大事だと思う。自分と似た価値観を持った素敵な人たちに囲まれることも、すごく大切。まずは挑戦してみること。自分の好きなことを通して、どんな人と出会えるのか、どんな繋がりが生まれるのか、本当にわからないから。だからこそ面白いし、楽しい。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Bella O'Dowd#Ocean People#ビーチライフ#ベラ・オダウド#連載

夢中になっていた時間は、気がつくと一瞬で過ぎていた。だが振り返れば、その濃密な時間には、確かに何かが刻まれている。すべてがどこから始まったのかは、もうわからない。ただ、ひとつ確かに言えるのは、僕らがその場所に立っていた、ということだ。バハ・カリフォルニア半島の最南端、ロス・カボス。ここが、僕らの折り返し地点となった。温暖な気候、クリスタルクリアの海、整えられたインフラ。常に人のいない荒野を旅してきた僕らにとって、その人の多さに圧倒されながらも、生活の利便性は無意識に求めていたものだった。
常に動き続けてきた僕らは、この場所にしばらく滞在することに決め、旅の疲れを癒した。波があれば海に入り、日が昇れば起き、日が沈めば眠る。1ヶ月を過ごしたプラヤ・パルミージャ。日々を重ねるうちに、顔なじみも増えていった。お寿司を振る舞ったり、ビーチでメキシコのビールカクテル、ミチェラーダを作ってもらったり。静かに満たされる毎日だった。

リゾートに囲まれるザ・ロックというポイント。11月から1月にかけてが穴場で、人は少なく波はそこそこある

プラヤ・パルミージャ。トイレ、シャワー、出入り口に監視カメラもあって僕らのリゾート地となった

キャンプをしていたビーチで知り合った人たちに寿司を握った

12月でもトランクスでサーフィンできる最高の環境があった
良い波に巡り合う瞬間と同じように、すべての出来事は、偶然ではない。うねり、風、潮、地形、時間。そのすべてが重なったときにだけ現れる一瞬。
人との出会いも、きっと同じだ。
僕らもそれぞれ、自分の軌道を持って動いている。交わること自体が、すでに奇跡だ。その“一瞬”の連続の中で、これだけの人に出会い、波に乗り、「自分」という人格を形づくる一部となっていく。空白だった自分の地図に、色が塗られていった旅。だが、その色さえも、常に移ろい続けるものだ。
ロス・カボスを後にし、イーストケープへ。サーフィン中にクジラの親子に出合い、山の谷間に潜む温泉を堪能し、あらためてバハの自然の雄大さに心を打たれた。12月とは思えない暖かさの中で過ごしていた身体は、北へ進むにつれ、確実に季節の変化を感じていく。南下したときには波がなかった場所に波が立ち、波が割れていた場所はフラットになる。乾燥し、枯草に覆われていた景色も、冬の雨によって緑を取り戻し、鮮やかさを増していた。ついこの間、同じ場所を通ったはずなのに、景色は違う。季節が変わっただけではない。僕たち自身も、変わったのだ。

ナインパームスでサーフィン中、遭遇したクジラの親子。パドルですぐ近くまで接近できた

イーストケープにはそこら中に野生のロバがいる。人間は食べ物をくれると思い近寄ってくる

南に下るときはフラットだったところが、北うねりが反応してロングライドが楽しめた

山奥にあるキャンプ場。沢では泳ぐこともできて神秘的な光景だった

1980年代、有名なレジェンドサーファーたちが開拓したと言われているエリア

美味しい食は人を繋げる。年末に楽しい寿司の会を開き、素晴らしい出会いがあった

南バハで見つけた秘境的温泉。温度も40度くらいでちょうどよく、満点の星空の下で疲れを癒した

とあるポイントで数日間サーフィン三昧の時間を過ごした。何もいらない。ただそこには最高の仲間と波があった
一度経験したものは、元には戻らない。それは特別な旅に限った話ではない。僕らは皆、戻ることのできない時間の中を進んでいる。この世に生を受け、最初の光を見たあの瞬間から。目の前で移ろう世界を経験しながら、移ろう自分自身を感じ続けている。一瞬一瞬が、かけがえのない一生に一度の体験。後戻りのできない、一方通行の旅の途中にいる。山もあれば、谷もある。だが、それを越えた自分は、もう以前とは違う。同じ場所に立っても、見える景色は変わる。戻ることはない。だからこそ、前に進むしかない。
本当に、多くの人に支えられてきた。なにより、隣で支え合ってきた妻のあゆみ。人は一人では生きていけない。幼いころ、母によく言われた言葉だ。皆の助けがなければ、この旅をここまで続けることはできなかった。そして同時に、自分もまた、誰かに影響を与えている。互いに共鳴し合うことで、つながっていく縁。限られた人生の中で、同じ時間を共有してくれたことに、ただ、感謝したい。
「Ride of a Lifetime」
すでにあなたは、その波に乗っている。移ろいゆく波のラインをどう描く?

TAG #Ride of a Lifetime#ヴァンライフ#サーフトリップ#古川良太#連載

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Sirigurudev Khalsa シリグルデヴ・カルサ
ロサンゼルス出身の水中フォトグラファー。WSLやプロサーファーの撮影を経て、現在は日本を拠点に、世界各地で培った感性と経験をもとに、水中から波とサーファーの一瞬を捉えている。
あなたのことについて教えて
ロサンゼルスで生まれて11歳まで過ごし、その後はインドの全寮制学校で6年間、17歳頃まで過ごした。アメリカに戻ってからはロサンゼルスのサンタモニカカレッジに通いながら、写真やアートを学んだ。
アメリカに戻ったタイミングでサーフィンを始めて、すっかりとりこに。生活のすべてを持っていかれるような感覚で、完全にのめり込んでいたと思う。その頃からカリフォルニア・トーランスのサーフボード工場で見習いとして働き始めて、サーフボード製造の技術や3Dデザインを身につけた。
本格的にサーフフォトグラフィに取り組み始めたのは22歳の頃からで、マリブで継続的に撮影を始めてから、1ヶ月ほどでプロサーファーから仕事をもらえるようになった。
2021年の10月には、チャレンジャーシリーズの大会を追いかけてポルトガルとフランスへ。ロサンゼルスでプロサーファーを2人しか知らなかったところから、気づけばチャンピオンシップツアーやチャレンジャーシリーズに出ているほとんどの選手と知り合いになっていた。そこから一気に軌道に乗った感覚がある。それからは毎年バリにも通っていて、4年間ほどは毎年3〜4ヶ月、インドネシアで過ごしていた。
日本に移住したきっかけ
自分でもかなり予想外の流れで、これまでの人生の中でも大きな決断だった。もともと日本にはずっと興味があって、5歳の頃から家族ぐるみで仲のいい友達に「日本においでよ」と誘われていた。ただ、その人と一緒に来る機会はなかった。
その後、その友達が日本に戻ることになって、「東京は本当に楽しいから絶対来たほうがいい」と半年ほど誘われ続けていた。ちょうどその頃、バリへの渡航を何度も計画していたけど、撮影のタイミングと重なって毎回直前でキャンセルになり、フライトも4回すべて取り直すことになった。さすがに「今年はバリに行くべきじゃないのかもしれない」と感じて、正直かなり落ち込んだ。ただ、時間ができたこともあって、今まで行ったことのない場所に行こうと思い、軽い気持ちで日本への旅行を計画した。
2024年9月に来日して、本来は2週間の予定だったが、気づけば東京に2ヶ月滞在。その後一度離れたものの、12月末に再び戻り、そのまま日本で年越しを迎えた。そして2025年2月に今の妻と出会い、「もうここを離れることはない」と自然に思えた。それ以来、日本での生活が続いている。
バリへの旅が何度もキャンセルになったことも含めて、すべてが自然と日本へ導かれていたように感じている。自分の計画とは違う形だったけど、結果的にはこれ以上ない形で収まった。今振り返るとそんな風に思える。
日本でも水中撮影は続けていて、千葉や湘南、伊豆など、さまざまな場所を回りながら撮影している。日本はスウェルがそこまで安定しているわけではないので、「ここが良くなったらあっちへ」というように、自分の中でいくつも候補地を持って、波の状況を見ながら動いている。本当にいい波が撮れるタイミングを待ち続けている感覚。
海、自然との関係を言葉で表すなら?
海との関係はとても深くて、世界全体が静かになるような感覚がある。何かに悩んでいたり、考えないといけないことがあるときは、自然と海に入りたくなるし、その状態に身を置くのが好き。
サーフィンをしているときは完全に一点に集中していて、「今サーフィンしている自分」だけになる。特にサイズのある波のときはなおさらで、例えばウルワツのような場所でサイズがあると、本当に危険な場面もある。しっかり集中していないと、「あと1秒遅かったら10フィートのセットにやられていた」ということもある。だからこそ、やっていることに意識が完全に向いて、他のことは一切考えられなくなる。むしろ、考える余裕がなくなる状態になる。それが自分にとっては心地いい。


これまで撮影してきた中で一番好きな場所と、次に行きたい場所
お気に入りのスポットは間違いなくタヒチ。水の透明度、完璧な波、海の中の雰囲気、そのすべてが揃っている場所は他にないと思う。これまで一緒に撮影してきたサーファーたちも、プロもローカルも含めて本当にスピリットが素晴らしく、優しい人ばかり。その人柄がビッグウェーブに挑むサーフィンにも表れている。いつも滞在させてもらっている家族がいて、何度も通ううちに、今では“3つ目の家”のような場所になった。またすぐに行きたくなる場所だ。
それから食べ物も外せない。タヒチの食事が大好きで、フランス領ということもあってフレンチ、特にシーフードが素晴らしい。すべて含めて100点満点で、自分にとっては世界で一番好きな場所。
次に行ってみたい場所はいくつかあって、具体的に計画しているのは新島と小笠原。小笠原は東京から真南の位置にあって、船で丸一日かかると聞いている。行くなら最低1週間は滞在する必要があり、写真や動画で見る限り水も透き通っていて、波もかなり良さそう。沖縄と同じくらいの緯度なので、冬でも水温は17〜18度、場合によっては20度近くあるかもしれない。ローカルの人たちがサーフスポットをとても大切にしているので、外に情報があまり出ていない可能性がある。カメラを持って行っても「ここは撮影しないで」と言われるかもしれないが、それでも行ってみたい場所だ。

今後の目標
少なくとも日常会話ができるくらいには、日本語を話せるようになりたいと思っている。今も勉強しているが、とっても難しい(笑)。毎日使って、英語が通じない環境に身を置くことで、少しずつ身についてきている感覚がある。この調子で続けていきたいと思う。
あなたの人生に欠かせない3つのもの
1つ目は間違いなく海。サーフボードがなくても生きてはいけると思うけど、かなり落ち込むと思う。でも海に入れるなら、ボディサーフィンでも十分だ。2つ目はカメラとノート。瞬間を記録することもそうだけど、絵を描いたり、落書きをしたり、文章を書くことが好きなのでノートは欠かせない。3つ目は、最近ハマっているギターかな。

東京での展示会
4月29日から6月14日まで、東京・三軒茶屋の「Space Orbit」で、展示会を行う予定。メインとなる写真を10点展示する予定で、今はそのためのフレームを自分で制作しているところ。この6年間で撮影してきた海やサーフィンの写真の中から、ベストを集めた内容になっている。
これまで15カ国ほどで撮影してきて何万枚という写真があるが、なかなか展示することができなかった。そんな中、妻が背中を押してくれて「いい会場を知っているから、オーナーに話してみたら」と紹介してくれた。実際に話してみるとタイミングもよく、スムーズに決まった。オーナーはサーファーですぐに意気投合! 最初に会場を見に行ったとき、入口に大きなロングボードが置いてあって、「これは絶対うまくいく」と感じたのを覚えている。
これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
好奇心を持ってたくさん質問すること、そして謙虚でいることが大事だと思う。どんな会話も笑顔で始めれば、大抵のことは教えてもらえる。これまでいくつかの国に住んできて、世界中で素晴らしい人たちに出会ってきたが、ほとんどの人は優しくて親切だ。
「どんな人でも必ず何か面白いことを持っているし、誰もが自分の知らないことを知っている」という意識で接すると、新しい出会いやコネクションにつながる。だからこそ、相手に興味を持って向き合うことが大切だと思う。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Ocean People#Sirigurudev Khalsa#シリグルデヴ・カルサ#ビーチライフ#連載

南バハにも、北からのスウェルを拾うポイントがある。
トドスサントス——空港のあるラパス、南端のサンホセ・デル・カボといった町が点在し、この一帯に入った瞬間、人の密度が一気に上がった。パームツリー、白砂の浜辺、コバルトブルーの海。それまで人のいない砂漠を抜けてきた僕たちにとっては、大きな変化だった。人が増えれば、窃盗などのリスクも高まる。そう警戒はしていた。
シーズン一発目の北スウェルが届いていた。セリトスというビーチをチェックすると、セットで頭半ほどの波が割れている。ボトムはサンドで、アウトからはクローズ気味の波も入り、久々にビーチブレイク特有のスリリングな感覚を味わった。
町の人の多さに圧倒され、僕らは静かなビーチを求めた。アプリで見つけた無料のキャンプスポットへ向かう。到着すると、大きなショアブレイクの向こうに沈む夕日が、波をエメラルドグリーンに染めていた。釣りをする人や、ほかのキャンパーもいて、ゆったりとした時間が流れている。その夜、僕らは安心して眠りについた。

バハ半島の南端の町、カボ・サンルーカス。カナダやアメリカから冬の寒さをしのぐためにここに集まる

セリトスビーチ。WQSなども行われる観光客にも人気の場所だが、まだ道は舗装されていない

バハに点在するシークレットの一つ。真西に面していて北も南もうねりを拾うが、滞在した4日間一度もサーフィンをすることはできなかった

海へ抜けるためにプライベートエリアを通過することもある。通っていいのかわからないが、前に進むしかない
午前2時頃、ヴァンをノックする音で目が覚めた。この時間に声をかけてくるのは、たいてい警察だ。そう思い緊張が走ったが、外に立っていたのは普通の一般人に見えた。
「六角レンチを貸してほしい」
拙いスペイン語では完全には聞き取れなかったが、何かに困っていることは伝わってきた。奇妙な時間ではあったが、この旅で僕らも多くの人に助けられてきた。今度は自分の番だと思い、持っているレンチを取り出した。そのまま持ち去られるのも嫌だったので、彼と一緒に車まで歩くことにした。出身地はどこか——そんな他愛のない会話をしていると、200メートルほど先に一台の車が止まっており、ほかに3人の男が待っていた。
「どうしたんだろう?」そう思った瞬間だった。
「SHUT UP!!!」
こめかみに冷たいものが押し当てられる。
ピストルだった。
一瞬で状況を理解した。両腕を二人の男に押さえられ、車の中に押し込まれる。
誘拐——その言葉が頭をよぎった。
自分のことより、先に妻の顔が浮かんだ。もしここで消えたら、彼女は一人になる。自分一人なら、いざとなれば逃げることもできるかもしれない。だが、妻を一人にするわけにはいかない。幸いにも、彼らが要求してきたのは金だけだった。
夜中の2時、寝ているところを突然起こされ、「六角レンチを貸してほしい」と言ってきた相手に、まとまった現金を持っているはずがない。そう伝えると、「くそっ!」と、想定外だったかのような反応を見せた。その瞬間、彼らが素人である可能性が頭をよぎった。だが、油断はできない。仮に持っているピストルが本物であれば——抵抗は禁物。この掟は絶対だった。
僕らは、このような事態に備えていた。パスポートやクレジットカードは分散して隠してある。被害は最小限に抑えられるはずだった。
車に乗せられたまま、僕のヴァンのもとへ戻る。ヴァンの中には、手の届く場所にカメラやパソコンがあった。だが彼らは、早く立ち去りたいという焦りからか、車内を細かく調べようとはしなかった。
いつも持ち歩いているポーチを差し出す。中には現金1万5千円ほどとクレジットカード、そして寿司屋で働いていた頃にお客さんからもらったカードケース。そしてスマートフォン。すべてを奪うと、赤いテールランプは闇の中へ消えていった。
まず、妻に危害が及ばなかったことに、心から安堵した。強盗の話は以前から耳にしていたが、まさか自分たちが経験するとは思っていなかった。まだ起きていた近くのキャンパーに事情を説明し、彼らの隣に車を移して夜明けまで過ごしたが、ほとんど眠ることはできなかった。
翌朝、カボ・サン・ルーカスの交番で被害届を出した。形式的な対応はしてくれたが、実際に捜査が進むことはないだろう。お金を積まない限りは。
その後しばらくは、出会う人すべてを疑ってしまった。だが、それも時間とともに薄れていく。
今回の出来事は、不運だった。ただ、それだけではない。正規のキャンプ場を選んでいれば、防げた可能性は高い。僕らにも落ち度はあった。
それでも——バハという場所を、嫌いになることはなかった。

メキシコ本土に渡ろうか決め悩んでいたところ強盗に遭い、その先は諦めた。代わりにこのバハ半島の南端で1か月過ごした

大好きなプラヤ・パルミージャ。リゾートホテルの中にあるパブリックビーチで監視カメラもある

カボ・サンルーカスから少し東に行くとサンホゼというエリアがある。リゾート地になっていて海がとてもきれい


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