

フリーサーファー笹子夏輝は、現状に何ともいえない焦燥感を覚えていた。どうすれば解消できるのか、何をすれば次のステージに進めるのか、その答えを探しに南カリフォルニアに旅に出た。出会うサーファーたちのスタイルと生き方にヒントを求めて……。
カリフォルニアに来たからには、キャプテンズヘルム トウキョウで働く者として会わなければならない人がいる。言わずと知れた本家キャプテンズヘルムのファウンダー、ミッチ・アブシャーである。実はこれが今回の旅の裏テーマだった。
夏輝にはどうしてもミッチに会って伝えたい想いがあった。
「湘南で生まれ育ちプロサーファーになった僕は、ずっと海にばかりいた。でもヘルムで仕事をするようになってからは東京のストアに通勤し、サーフィン以外の多種多様な趣味の世界にも触れて視野を広げることができた。楽しみの引き出しはたくさん増えたけれど、そこで改めて気づいたのは、やっぱり自分は海が好きでサーファーなんだということ。同時に、いま多角的なテイストで展開しているキャプテンズヘルム トウキョウのなかに、もう一度サーフィンの要素を、ミッチが打ち出したキャプテンズヘルムのコアな部分を呼び戻したい、そんな想いが芽生えてきた」
生意気かもしれないけれど、その偽らざる気持ちをミッチにぶつけたかった。
ミッチといえば、キャプテンズヘルムやキャプテンフィン、ビーチドデイズなど、さまざまなビジネスやブランドを手掛けてきた、南カリフォルニアのサーフシーンの重要人物。ジョエル・チューダー同様に早くからロングボードに乗り始め、10代前半にはドナルド・タカヤマのライダーとショップボーイになり、年配者たちから多くのことを吸収してきた。早くにコンペに見切りをつけた彼は、楽しくなければ意味がないとばかりに、自分の気持ちに正直に生きてきた。陰に日向に後進を育て、道を開く手助けをしてきたモダン・ロングボード・シーンの兄貴分でもある。またダクトテープでは初回からディレクターとして裏方に徹し、若いサーファーたちを鼓舞し続けている。

リスペクトの意思表示として夏輝が着ていったのは、ブライアン・ベントから譲り受けた初期キャプテンフィンのT シャツ

ブリクストンのファウンダーのスタダード兄弟やミッチらが新しく始めたアイウエア・ブランドDECADE

夏輝が心酔して止まない、強烈にSo-Cal 感を漂わせるヘルムの世界観

古着の商品は毎日入れ替わるので、滞在中に何度足を運んだことか
ミッチはいま、仕事のあるカリフォルニアと家族と暮らすテネシーとのデュアルライフを送っている。だからカリフォルニアにいるときは実に忙しい。それでも彼は夏輝のために時間を作り、オーシャンサイドのキャプテンズヘルムのストアで温かく出迎えてくれた。夏輝はキャプテンズヘルムのオリジナルのコンセプトへの敬愛やこれからのビジョンを熱く語った。大事なのは語学力ではなく熱意。その想いはミッチにしっかりと届いていた。これまでも才能とやる気のある若手にチャンスを与えサポートしてきたミッチ。「やりたいようにやってごらん、できることがあれば何でも協力するから」。どうやら夏輝のことを気に入ったよう。ふたりは徐々に打ち解け、最後はヘルムでショッピング。ミッチ自らが夏輝にあうものを選んでくれた。
何かアクションを起こしたい、そう旅の前に語っていた夏輝。「これはそのアクションの最初の一歩。これからが大事。ミッチに認めてもらえるように結果を出していきたい」
この瞬間、夏輝の腹は決まった。

長くS.Coast Hwy 沿いにあるストアはオーシャンサイドを代表する存在だ

店内の一角にはミッチの親友が運営するコーヒーショップが。一息つける場所が、またコミュニティを惹きつける

キャプテンズヘルムでミッチ・アブシャーと会う。それが夏輝にとってどれだけ意味があることか。上手く語れたかどうかはわからないが、これからのプロジェクトの起点になったことは間違いない

Founder of Captain’s Helm
南カリフォルニアのサーフカルチャー、モダン・ロングボード・シーンにおいてもっとも影響力のあるサーファーのひとり。プロデューサーやディレクターとして若い才能にずっと光を当ててきた。さまざまな映像作品から雑誌「Beached Days」まで手がけたメディアも多数。
photography & text _ Takashi Tomita
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #A PILGRIMAGE to CALIFORNIA#MITCH ABSHERE#ミッチ・アブシャー#笹子夏輝

サーフィンは、自然との深い対話を楽しむ文化だ。波の動き、太陽の光、その中で生きるサーファーたち。そこには、瞬間ごとに無限の可能性が広がっている。その可能性を映し出すのが、フィルマーの仕事だ。映像は単なる記録ではなく、彼らの“フィルター”を通して生まれる表現であり、心象風景を形にする、繊細なプロセスでもある。彼らの頭の中には、どんなビジョンが広がっているのか? それぞれの視点を通じて、サーフィンの魅力をどう表現しているのか? 6人のフィルマーの情熱と創造の世界に、少しだけ足を踏み入れてみた。
カウアイ島でのサーフィンと映像制作。そのどちらにも共通するのは、大自然の流れを感じること。水の中で生まれるアイデアを形にし、理想のライフスタイルへと近づいていく。
サーフビデオグラファーの多くは自身もサーファーであるが、出演から編集までこなす者は少ない。クイオ・ヤングは、母がサーフィン業界にいた影響で幼い頃からサーフィンに没頭し、かつてWSL に出場していたほどの腕前を持つ。一方で映像クリエイターとしても活動し、旅をしながら作品を制作。自身が主演することで、彼の映像には独自の個性が生まれる。毎日サーフィンをする中で、誰かが撮った自分の映像を受け取り、それを見ながらアイデアを膨らませていく。「他のサーファーにアイデアを共有して意見を聞くのは気が引けるし(笑)、その時間があるならクリエイションに使いたい」と語るように、自ら撮影・編集し、試行錯誤を重ねるスタイルを確立。挑戦の連続を楽しみながら、作品を生み出している。
サーファーと映像クリエイター、二つの顔を持つクイオをもっともよく映し出した作品が『Bag Poi』だ。Poi(ポイ)は、タロイモの球茎を発酵させて作られるハワイの伝統的な主食。タロイモはハワイの神話や伝説にも深く関わっており、文化の中心的な存在、社会的な絆など、精神性において重要な役割を果たしている。オンラインスクールで農業学を学んでいたとき、クイオは本屋でポイに関する書籍を手に取り、人の人生の変遷と植物の成長の過程に多くの共通点があることに気づいた。その気づきがこの作品の着想となった。タロイモ畑とサーフシーンを交錯させ、アライア、ショートボード、ロングボードなど多彩なライディングを自身で披露しながら、畑仕事のシーンも織り交ぜた。音楽には亡き父の未完成のハワイアンミュージックを採用。「言葉では伝えづらい自分のアイデンティを表現する良い手段になった。自分が何者で、何をして、何を愛しているのか……。その一端を垣間見ることができる」。クイオの多面的な興味、両親から受け継いだもの、個性が表現されている作品を、ぜひ一度視聴してほしい。




初めてカメラを手にしたのは12歳の頃。Minolta X-500のフィルムカメラで、マニュアル撮影を独学で学んだ。カウアイの大自然に囲まれて育った彼が科学的視点から植物に興味を持ち、オンラインスクールで園芸科学を学ぶのは自然な流れだった。その後、サーフィンをしながら農園を経営し、コロナ禍の需要増もあり、ビジネスは成功。並行して趣味だった写真撮影が次第に仕事へと繋がり、サーフィン写真の販売や撮影依頼を受けるようになった。ある時、仲間と話し合い、ショートムービーを制作。地元の映画館で上映イベントを開くと、島内外から予想以上の観客が集まり、大盛況となった。これをきっかけに2019年、『Pulu TV』というメディアプロダクションを仲間と立ち上げる。「Pulu」とはハワイ語で「水をたっぷり含んだ状態」を意味し、何かに深く没頭するクイオの生き方を象徴する言葉だ。また、新芽、成長、豊かな土壌といった意味も含まれており、「Grow what we do(自分たちの活動を育てる)」という理念のもと情熱を注いでいる。
こうして映像制作が本格的な仕事となり、2021年にはフルタイムのキャリアとして確立。農園はビジネスパートナーに売却し、カリフォルニアに移住してSTAB Magazineで映像制作を担当。チャンスにも恵まれ、スキルを磨いていった。しかし2023年、仕事でハワイを訪れた際、「やっぱりここにいたい」と実感。シティライフも悪くなかったが、自分の生まれ育った自然豊かな場所にいるときとは違う。「自然を愛している。地球への感謝が、サーフィンやクリエイションのすべてに現れている」と語る。
クイオの特異な点は、“オタク気質”にあるかも知れない。興味を持ったことは徹底的に学ぶタイプで、「見た目では分からないかもしれないけど、知れば知るほど『こんなオタクは見たことがない』とよく言われる(笑)」と語り、その性格はフィルミングにも活かされている。メディアやビデオ制作などの学校には通っていないし、師匠もいなければ、手ほどきを受けた人もいない。自分の使うツールやカメラに関する本を読み漁り、YouTubeなどで研究を重ねるのが彼のスタイル。情報を整理し、独学で技術を磨く姿勢は学生時代から変わらない。「カメラも映像制作も学びに終わりはない」と、その探究心は尽きることがない。

現在、クイオは新しいフェーズに入り、自身が主演するのではなく、他者のストーリーを描くことにも関心を寄せている。レンズを通してその人の新たな一面を引き出し、彼らのビジョンやアイデアを形にすることに喜びを感じはじめている。
昨年の冬、海外に散らばる『Pulu』のメンバーが集結し、新作の撮影を行った。2025年の夏頃にリリースを予定しており、大規模なイベントも計画中だ。現在、クイオは理想に近い生活を送りながら、毎日サーフィンして、スキルを向上させている。しかし彼の最終目標は、表現活動家としての映像制作とイベント開催を定期的に行ない、それだけで生計を立てること。波乗りとクリエイションだけにフォーカスできる日が訪れることを夢見ている。
「僕にとって一番大切なのは、水の中にいること。理想の波に乗れれば、それだけで幸せ。仕事もサーフィンも成長し続けたい」。

クイオオカラニ・ヤング / Kuio-okalani Young
カリフォルニア生まれ、カウアイ島育ち。母はサーフイベントのプロデューサー、亡き父はミュージシャン。探究心旺盛で、サーフィンスキルも高い。ビデオグラファーとしても多くのクライアントを持つ多才なクリエイター。@kuioyoung
text_Alice Kazama
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #Kuio-okalani Young#Pulu TV#SALT...#04#STORIES behind THE WAVES#サーフフィルム

サーフィンは、自然との深い対話を楽しむ文化だ。波の動き、太陽の光、その中で生きるサーファーたち。そこには、瞬間ごとに無限の可能性が広がっている。その可能性を映し出すのが、フィルマーの仕事だ。映像は単なる記録ではなく、彼らの“フィルター”を通して生まれる表現であり、心象風景を形にする、繊細なプロセスでもある。彼らの頭の中には、どんなビジョンが広がっているのか? それぞれの視点を通じて、サーフィンの魅力をどう表現しているのか? 6人のフィルマーの情熱と創造の世界に、少しだけ足を踏み入れてみた。
2024年に、タバコの吸い殻のゴミからサーフボードを作るドキュメンタリー『The Cigarette Surfboard』を制作した2人。サーフコミュニティを通して海洋保護の問題に正面から立ち向かう。
北カリフォルニアで育ったベンは、8歳のときに古いビデオカメラを見つけたことをきっかけに、映像の世界に魅了される。スケートボードやサーフィンをする友人を撮影し、大学では映画とデジタルメディアを専攻。そんな彼が、サンタクルーズのサーフィンコミュニティを通じてテイラーに出会ったのは2014年。サーフィンへの情熱と環境問題への関心という点で、2人はすぐに意気投合。テイラーが大学のインダストリアルデザインの授業で制作するシーンをベンが撮影し、試験的に短編映像を作るなど、共同作業を始めた。転機が訪れたのは2017年。テイラーがカリフォルニアのビーチで拾ったタバコの吸い殻を使ってサーフボードを制作し、VISSLAとサーフライダーファウンデーションが主催する『Creators& Innovators Upcycle Contest』で優勝。この快挙が2人を新たなのステージへと押し上げた。
「自分たちには次に何ができるのか?」「世界のサーファーたちは海の環境を守るためにどんな活動をしているのか?」そんな疑問を抱いた彼らは、一歩ずつ行動を開始する。まず、シギーボード(タバコの吸い殻で作ったボード)を機能的なものにするため、トラビス・レイノルズやロブ・マチャド、ライアン・ハリス、マーク・アンドリーニなど、カリフォルニアの名だたるシェイパーに協力を依頼した。こうして本格的なシギーボードを完成させると、そのボードを持ってハワイやタヒチ、アイルランドなど世界各地を訪れ、プロサーファーや環境活動家などに実際に乗ってもらいフィルミングを進めた。また、タバコが環境や健康に及ぼす影響について専門家へのインタビューも行い、フィルムに組み込んでいった。やがて2人は、シングルユースフィルターの禁止を求め、行政へ働きかけるまでに至る。
「(フィルターがプラスチックであることから)タバコの吸い殻は、シングルユース文化を象徴している。拾った吸い殻を使ってサーフボードを作り、人々に伝えるうちに、より大きなストーリーを届けるべきだと気づいた」とベンは語る。




世界各地での撮影を終え、編集作業を始めたベンは膨大なフッテージの整理に圧倒されながらも、「3つのパートに分ける」手法を取り入れ、作業負担を大きく軽減させた。
ACT1では、テイラーのストーリーとコンテストでの優勝までの道のり、ACT2では世界を巡り、オーシャンアクティビストたちと出会う旅、そしてACT3ではテイラーがサンタクルーズに戻り、シギーボードを草の根運動の象徴とし、実際に行動するまでの過程を描いた。この構成により、映像は観客にとっても分かりやすいものとなった。
当初は10分程度のショートムービーとして制作する予定だったが、最終的には1時間半の環境ドキュメンタリーに仕上り、完成までに約7年を費やした。2024年の公開以降、彼らはアクティビストとしてシギーボードと共に旅をし、各国の映画祭への参加やサーフィンおよびビーチ関連のイベント出展、教育機関やコミュニティセンターで上映しながら、この活動を伝えようと奮闘している。
「編集をする上で他に大事にしていたことは?」と尋ねると、「きちんと寝ること」とベン。すると横からテイラーが「いや、全然寝てなかっただろ(笑)」とツッコむ場面も。実際、ベンは何年にも及ぶ制作期間中、寝る間を惜しんで作業に没頭していた。「こうした大きなプロジェクトでは、どうしてもプレッシャーを感じてしまう。でも、テイラーが何年もかけて素晴らしいジギーボードを完成させたように、自分もこのフィルムをきちんと編集してまとめる責任があると思った」。睡眠時間は少なかったものの、メンタルヘルスには気を配り、サーフィンしながら自分をリセットする時間を大切にした。

たった2人で始めたプロジェクトであるが、その過程では多くの人が携わっている。スタート当初から応援してくれる仲間や、SNS で発信したミニクリップに感銘を受けた人々が支援の輪を広げ、新たな人を繋げてくれた。各地のコミュニティのパワーも強く、まるで雪だるまのように大きくなっていった。「サーフィンは共通言語であり、世界中の人たちと繋がれるツール。僕たちのシギーボードは、場を和ませる役割も果たしている」とベン。彼らは常にオープンであることも心がけており、新しい人との出会いや会話を大切にしている。実際、2人はとても気さくで話しやすく、そんな人柄がこのプロジェクトの共感を呼び、広がり続けているのだろう。
これまでに多くの試練と挑戦を乗り越え、自問自答を繰り返しながら成長してきた。彼らの努力の結晶は、この1時間半のフィルムの隅々にまで感じられ、観る人の心を動かしている。
「このフィルムが世界中に広がり、永く受け継がれ、何世代にも渡ってインスピレーションを与え続けることができたら、それは本当に素晴らしいこと」とテイラー。「僕たちは、ビジュアル・ストーリーテリングの力が人々を行動へと駆り立てると信じている」とベン。2人は、この映像を観た人々がそれぞれのコミュニティへ持ち帰り、さらに広めて行くことを願っている。小さな一歩が、やがて大きな変化へと繋がると信じて。

Ben Judkins(ベン・ジャドキンス)、 Taylor Lane(テイラー・レーン)
カリフォルニア・サンタクルーズを拠点に活動。UCSB の学生時代に映画とデジタルメディアを学び、フィルマーとして活動するベンと、幼い頃からガレージでものづくりを得意とし、持続可能な制作物に取り組むテイラーのコンビ。
@thecigarettesurfboard
text_Alice Kazama
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #Ben Judkins#SALT...#04#STORIES behind THE WAVES#Taylor Lane#The Cigarette Surfboard#サーフフィルム

ずっと何かに対する不満や焦り、悶々としたものが心のなかに漂っていた。
自分の居場所はここでいいのか、進む方向はこっちであっているのか。そういう意味で、30歳で訪れたカリフォルニアは自分探しの旅でもあった。
キャプテンズヘルム トウキョウで働いて洋服に触れるようになってから、夏輝はそのバックグラウンドにあるストーリーや世界観の価値を知る。それからは自らの装いも変わった。意識やモチベーションが上がると、自ずとやりたいことが見えてきた。それがヘルム本来の世界観をトウキョウで再構築するというもの。しかも本国カリフォルニアと密にコミュニケーションをとりながら。
「日本の売れ筋にあわせるつもりはない。自分が着たいという気持ちを正直にアイテムに落とし込む。カリフォルニア好きなサーファーとして、あくまで雰囲気を大切にしながら」
前回の旅で好きになってから、カリフォルニアをよりいっそう深く知りたくなった。その想いが伝わったのか、今回は誰もが温かく優しく迎えてくれた。同じサーファーとして、同じ世界観を愛するものとして。
「これだけは曲げたくないという芯をみんな持っている。自分の好きなことを嘘なく楽しんでいる人たち。めちゃくちゃ好きなことにとことん熱意と時間を注ぐ。そのなかで新しい発見もあるだろうし、だからこそより良い人生を歩めるんだろうな。だから僕もこれからは、やりたくないことはやらないことにした。好きなことを貫いてライフワークにするために」
心底楽しんでいるなかから生まれるものやブランド。ブライアンやミッチやジェシーからはそれを学んだ。自分もそういうものを生み出したい。
サーフィンでも得るものは大きかった。ミックのようにサーフィンを生業にはしていないものの、仕事とサーフィンの両方にプライドと情熱を持ち続ける姿勢に心を打たれ、そこに目指したい生き方を見た。
「競技のように数字で勝ち負けがつけられないのがスタイル。サーフィンにはアートの要素が多いから、その追求に終わりはない。だから奥深いのかな」
心のなかの霧はすっかり晴れていた。何かを得るために、自分に変化を与えるために、人に会うことが一番の近道だと改めて気づく。「次はうちに泊まれよ」「もうお前はファミリーだ」。また会いに来ようと思える嬉しい言葉をたくさんもらった。たぶんまたすぐに戻ってくる。いま夏輝にとってカリフォルニアは憧れの地から約束の地になった。

1994年神奈川県茅ヶ崎市生まれ、鎌倉市在住。18歳から25歳までのプロ活動を経て、フリーサーファーに転向。現在はキャプテンズヘルムに勤務する傍ら、サーフブランド〈DANBUOY〉をハンドリング。次世代のプロサーファーへ道を示すべ く、日々活動を続けている。
photography & text _ Takashi Tomita
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #A PILGRIMAGE to CALIFORNIA#笹子夏輝

フリーサーファー笹子夏輝は、現状に何ともいえない焦燥感を覚えていた。どうすれば解消できるのか、何をすれば次のステージに進めるのか、その答えを探しに南カリフォルニアに旅に出た。出会うサーファーたちのスタイルと生き方にヒントを求めて……。
謙虚な性格で、けしてサーフシーンのなかで目立つ存在ではないが、そのロングボードでのテクニックは夏輝を魅了し続けている。ミック・ロジャーズ。本業は消防士である。会って一緒にサーフィンしてみて、その人がらも大好きになった。
「チャドにもコーリーにも、次元の違うサーフィンを見せつけられたけど、ミックはさらに異次元だった」
サンディエゴのノースカウンティ。パイプスでのミックとのセッションで、夏輝はシングルフィン・ログのスタイルの奥義のようなものを思い知らされた。日本でもずっとミックのサーフィン映像に見惚れていて、実はもっとも一緒にサーフィンしたかったサーファーだった。ダクトテープ・インヴィテーショナルに縁がなくても、群を抜いて上手いローカルヒーローのようなサーファーはけっこういる。この層の厚さがサーフィンのメッカ、カリフォルニアだ。

ミックのシグネチャーモデル“ コンチネンタル” でセッション。3本とも同じモデルだが、実験のための細工が施されていて微かに異なる

青空のイメージが強いカリフォルニアだが、実はヘイジーな天気の日も多い。ときには海辺では沖の波が見えないほどの濃霧になることも

さまざまな妙技を見せつけてくれたミック。同時に生き方でも夏輝を感化した

日を重ねるごとにノーズライドが上手くなっていった夏輝
以前ビング・サーフボードのファクトリースタッフとして働いていたミックは、数年前に一念発起して夢だった消防士/救急救命士の資格試験を受け、見事に合格。いまは南サンディエゴのナショナルシティにある消防署に勤務している。消防士はアメリカでもっとも尊敬されている職業。まさに市民の味方、ローカルヒーローだ。いまでも彼はビングのライダーで、夏輝との待ち合わせもビングのファクトリーだった。サーフインダストリーが軒を連ね、エンシニータスでもっとも歴史ある“ザ・ヒル”と呼ばれるエリアにファクトリーはある。そこにはヴィンテージのヌイーバ・ノーズライダーなどのミュージアム級のお宝がたくさん。さすがにそれには乗れないので、ミックのシグネチャーモデルを借りることにした。最初はミックとふたりで、翌日はビングのヘッドシェイパーのマット・カルバニも加わり、連日セッションすることができた。ミックとマットはテストと称してパテやワックスでテールを盛ってキックをつけ、微妙な乗り味の違いを探っていた。
「即興でキックをつけたりしてボードデザイン開発のリアルな現場を目の当たりにした。あれがライダーとシェイパーの理想的な姿だと思う」
夏輝自身、恩師ともいえる茅ヶ崎のシェイパー大場衛さんとボード作りに取り組んでいる。ミックとマットがデザインと乗り味を語りあう姿に触発されていた。ミックのサーフィンに刺激されたのか、彼のモデルが乗りやすかったのか、明らかに夏輝は安定したノーズライドを見せるようになり、ログの扱いも様になってきた。ただ夏輝には、テクニックよりもミックの生き方のほうが強く印象に残った。
「あまり多くを語らないけど、ログに対する強い情熱を感じた。消防士としての生業にもプライドを持っている。仕事と家族とサーフィンのバランスが最高にかっこいい。彼と過ごした時間が今回のハイライトだったかもしれない」

ミックとビングのヘッドシェイパーのマットは、ワックスを切ってテールに貼り付け、テールキックを調整していた。こうしてつねに実験が行われている

ファクトリーの2階でミックがラックから出してきたのは、’60年代製のヌイーバ・ノーズライダー。歴史を感じさせる一本だ

以前ミックが働いていたビングのファクトリーを案内してもらう

Firefighter
LA のサウスベイ育ち。’60年代を知る父親からサーフィンの本質を伝授され、シングルフィン・ログでのクラシックなスタイルを確立。素早いフットワークと超絶的なノーズライド・スキルにより、老舗ビングのトップライダーとして長年にわたりモデルの開発にも携わる。
photography & text _ Takashi Tomita
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #A PILGRIMAGE to CALIFORNIA#MICK RODGERS#ミック・ロジャーズ#笹子夏輝

フリーサーファー笹子夏輝は、現状に何ともいえない焦燥感を覚えていた。どうすれば解消できるのか、何をすれば次のステージに進めるのか、その答えを探しに南カリフォルニアに旅に出た。出会うサーファーたちのスタイルと生き方にヒントを求めて……。
従兄弟のグリフィン・コラピントから刺激を受けショートボードの世界へ身を投じるも、競争社会に幻滅しフリーサーファーへ。コーリー・コラピントのキャリアにもまた、共感できるものがある。彼はその先にシェイプの世界があることも教えてくれた。
いまはSNSのダイレクトメールを通して世界中の誰とでも文字どおりダイレクトに繋がれる時代。そして一度も会ったことがなくても友だちになった気になっている。実は夏輝もコーリーとはそんなオンラインのみでの関係だった。それがこの旅でやっとオフライン・ミーティングが叶うことに。彼のサーフィンを生で見て、そのボードを実際に体感してみたい。それができるのが旅の醍醐味である。
マリブ出身の父親とハワイ出身の母親との間にホノルルで生まれたコーリーは、家族全員がサーファーという恵まれた環境で育ち、5歳から父親とタンデムで波の上を滑っていた。その後ショートボードに夢中になりコンペティションにも出始めるが、高校生のころには燃え尽きてしまう。父親は、そんな彼をかつてよくタンデムしていたサンノーに誘い出し、ロングボードでのサーフィンのピュアな楽しさを改めて思い出させてくれた。
「父がなぜ小さい波であんなにもストークしていたのかが、ロングボードに乗るようになってやっとわかった」
彼にはクリエイティブな一面もある。CJネルソン・デザインズのライダーとしてボードのデザイン開発に関わっていたため、ボードを削るようになるのは時間の問題だった。いまは自分でシェイプしたボードで自由なマニューバーを描く。そのサーフィンはいわゆるロギングとは少し違うようだ。

長めのボードは10フィートほどありグライダーやスピードシェイプに近く、ドライブとグライドが気持ちいい

もう一本は8フィート台の長めのミッドレングスで、こちらもスワローテール。ノーズライドも可能で、コーリーは多種多様な技を見せ、ボードのポテンシャルの引き出し方を教えてくれた

海から上がってもまだ波が気になる

ボードとウェットスーツを持ってトレイルを歩いてビーチにアクセス。こういう体験がサーフィンライフを豊かにしてくれる
一緒にサーフィンする約束をし、早朝に待ち合わせた。場所はサンノーのさらに奥のトレイルズ。パーキングは有料でそこからビーチまでトレイルを10分ほど降りていかなければならないが、それだけに海は空いている。なるほど、コーリーのインスタで見る映像はこういうところで撮っていたのか。ふたりはボードとウェットスーツを抱え、周りに人工物がまったくない未舗装のトレイルを降りていく。これもカリフォルニアのサーフィンライフだ。しばらくビーチを歩いてポイントに着くと、ラインナップは無人だった。ふたりはパドルアウトし、ボードと波をシェアしながらリアルなオフ会を楽しんだ。
セッションの後、コーリーはサンクレメンテの住宅地のなかにある、秘密のシェイピングベイに連れていってくれた。それは知人宅のバックヤードの奥に広がる小さなランチ(牧場)に建つ小屋だった。入り口には「チキン・シャック・シェイピングルーム」と書かれている。ニワトリ小屋に併設されているようで、仲間たちと共同で使っているらしい。そこで夏輝は、コーリーの手ほどきで初めてシェイプを体験する。クリエイティブな若いシェイパーが次々に育つカリフォルニアの豊かな土壌が羨ましかった。

コラボ・シェイピングで作ったのもテールの割れたデザインだった。次回、このボードに乗る楽しみができた

「 君もシェイプしてみないか」。急遽コーリーの提案で夏輝もちょっとだけシェイピング。このカジュアルさがいい

シェイピングベイはニワトリ小屋の隣。ここをシェアしてる仲間たちも遊びに来た

Shaper
ショートボードのコンペを辞めログの世界観に目覚めると、ターン、トリム、ノーズライドに磨きをかけ、エレガントなスタイルを身につける。Kookapinto Shape レーベルではシングルフィン・ログとフィッシュの特性を融合したユニークなデザインを生み出している。
photography & text _ Takashi Tomita
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #A PILGRIMAGE to CALIFORNIA#Corey Colapinto#コーリー・コラピント#笹子夏輝

フリーサーファー笹子夏輝は、現状に何ともいえない焦燥感を覚えていた。どうすれば解消できるのか、何をすれば次のステージに進めるのか、その答えを探しに南カリフォルニアに旅に出た。出会うサーファーたちのスタイルと生き方にヒントを求めて……。
長い歴史のなかでボードデザインは進化し、インダストリーは芽生え、カルチャーが醸成されてきた。サーフィンの世界には商業主義やコンペとは異なる、もうひとつの側面がある。豊かなサーフカルチャーとヒストリー。それを夏輝は肌で感じた。
「ロングボードを始めるようになり、ビーチで年長者のサーファーからカルチャーやヒストリー、レジェンドシェイパーの話をよく聞くようになった。でも自分には全然そんな知識がなくて……」
ショートボードと向きあう時間が長かった夏輝にとって、カルチャーやヒストリーは少し遠い話で、レジェンドの名も、聞いたことはあっても何者かまでは詳しく知らない。ただロングボードのバックグラウンドにあるものに徐々に興味が湧いてきたのも事実。旅中は、そんなサーフィンの文化面にごく自然と触れることができた。サーフィンが一世紀以上の歴史を持つカリフォルニアとは、そういう場所なのだ。
サーフミュージアムはもちろん、土地の歴史を扱うミュージアムでもスケートボードやサーフィンを扱うディープなエキシビションが開催され、サーファーのみならず老若男女が観に訪れる。カルチャーとクラフトとアートが薫るサーフショップも見て回った。流行りのボードレーベルは知っていたが、老舗レーベルの歴史に裏打ちされた揺るぎない価値のようなものも感じた。サーフィンの歴史とその内包する文化は奥深い。今後はそうした世界を探訪する旅も楽しみになった。

サーフィンの歴史が学べる「サーフィン・ヘリテージ&カルチャー・センター」。一角にはコンペ史上で価値ある勝者のボードが一堂に介していた

ヴィスラのクリエイターズ&イノヴェーターズのひとりエヴァン・マークスが運営するNPO「エコロジーセンター」。オーガニックな農業とコミュニティを繋ぐ場所で、ランチのピッツァも美味かった

ニューポートビーチの「デイドリーム」。商品セレクトに鋭い審美眼を感じる

ヴェニスの「モラスク」。ここもオルタナティブ・サーフィンの発信源だ

ボードを借りたビング・サーフショップ。とにかくボードのバリエーションが豊富だった

サンタモニカにある「カリフォルニア・ヘリテージ・ミュージアム」ではドッグタウンの回顧展が催されていた。エネルギーに満ちていた’70年代のカリフォルニアにインスパイアされる
photography & text _ Takashi Tomita
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #A PILGRIMAGE to CALIFORNIA#エコロジーセンター#カリフォルニア・ヘリテージ・ミュージアム#サーフィン・ヘリテージ&カルチャー・センター#サーフカルチャー#デイドリーム#ビング・サーフショップ#モラスク#笹子夏輝

© SALT… Magazine All Rights Reserved.
© SALT… Magazine All Rights Reserved.
