

見えない部分にこそ、想いが溢れる。大橋海人さんがこだわる“日本製”には、作り手の哲学と誇りが詰まっている。手に取るたびに伝わる、その確かな温度。

日本から世界へ。海の向こうの波と文化に触れながら、サーファーとして、そしてクリエイターとして歩んできた、大橋海人さん。彼が大切にしている価値観のひとつに「日本製」がある。それは単なる品質への信頼ではなく、そこに宿る“人の想い”や“哲学”への敬意に根ざしている。
「日本製のものって、見た目の美しさだけじゃなくて“中身”がちゃんとしてるんですよ。使ってみるとわかるんです。細かいところまで考えられていて、使う人のことを想像して作られているからこその、美しさがある」
大橋さんはこれまで、世界中の海を旅し、さまざまなプロダクトに触れてきた。ウェットスーツひとつとっても、日本製と海外製では明確な違いがあるという。素材が同じでも、仕上げの精度や細部の美しさに差が出るのだ。
「たとえば縫製のラインや接着剤の塗り方。日本製は本当にキレイで、ラインも真っ直ぐ。一方海外製は、ボンドがはみ出ていたり、仕上げが雑だったりすることもある。見ただけで、丁寧に作られているかどうかがわかるんです」
現在、大橋さんは自身のブランド『Lordish Behavior(ローディッシュビヘイビア)』のディレクターとして、国内でつくられたアイテムを世界に発信している。“日本から世界へ”をテーマに、ものづくりへのこだわりと自分たちらしさを大切にしている。実際に完成した製品は、海外の仲間たちにも届けられ、「日本製は本当にクオリティが高い」と高評価を得ている。
「よくあるものを真似するんじゃなくて、自分たちならではの視点を形にしたい。たとえばボードケースでも、ファスナーの動かしやすさやグリップの形状といった細かい部分にこだわっています。そういうディテールにこそ、ブランドの個性が出ると思うんです」
そして、その“ちょっとした違い”を形にできるのが、日本の職人の力だ。
「細かい要望にも応えてくれて、それを高い精度で実現してくれる。しかも“それ、面白い”って前向きに受け止めてくれるんです。日本のものづくりには、柔軟さと挑戦心が感じられます」
彼が大切にしているのは、“流行っているから”、“安いから”ではなく、“ちゃんといいもの”を選ぶこと。長く愛されるもの、使い手の暮らしに寄り添うものはなにかを見極める。そうしたプロダクトをつくるために、手間も時間も惜しむことはない。
「丁寧につくられたものって、ずっと使いたくなるし、大事にしたくなる。思い出や気持ちとして残っていく。そういうのが、ものづくりの価値なんじゃないかなと思うんです」
目に見えない魂が宿ったプロダクト。職人の手から生まれたその一つひとつが、大橋さんの活動を支えている。
「日本製を選ぶのは、品質や技術の問題だけじゃない。その背景にある“人間らしさ”に惹かれているし、自分もその一部になれている気がするんです」
海で培ってきた感性と、日々の暮らしの中で積み重ねてきた実感。そのすべてが、彼のプロダクトに息づいていた。

毎日のケアだからこそ、本当に信じられるものを。そんな発想から生まれた歯ブラシは、日本初のホワイトニングサロンと共に、歯と歯ぐきの健康を考えて開発。小さなヘッドと持ちやすいストレートハンドル、そして歯周ポケットにまで届く極細毛が、やさしく確実に汚れをオフ。毎食後のベーシックケアに、家族みんなが安心して使える一本。だれかを想う気持ちが、毎日の習慣をやさしく変えてくれる。メイド オブ オーガニクス×ティースアート デイリー歯ブラシ ¥495
澄みきった潤いは、沖縄・久米島の海洋深層水から。ミネラル豊富なその水に、国産のシークワーサーや椿、茶など、サスティナブルな植物オイルを重ね合わせて。日本の技が引き出した、水とオイルの絶妙なバランス。素材本来の力を損なわないよう、すべてを手作業で丁寧に仕立てたスキンケア。繊細なミストがふわりと肌を包む“化粧水”、なめらかに浸透する“ 美容オイル”が、内側からうるおいを届けてくれる。ミキシング オイル 30ml ¥4.840、03_ミキシング ローション 100ml ¥3.960
植物の根、葉、茎、実。そのすべてをまるごと使った“全草エキス”。オーガニックコスメとして、自然の力を余すことなく肌へ届けたいという発想から、このクレンジングオイルは生まれた。対馬で農薬不使用で育ったオタネニンジンをはじめ、国産の植物を自社農園で丁寧に育て、低温真空抽出法で栄養を壊さずエキス化。肌をつっぱらせず、メイクオフのたびにしっとりとうるおいを与えてくれる。洗うという行為が、肌を満たすケアになる。クレンジングオイル 120ml ¥4.180
海洋深層水と植物の恵みだけで肌を満たす2層式のオイルインローション。佐賀県産のホーリーバジルや、奈良県産の大和茶の成分をたっぷり含んだ植物オイルが、肌をしっとり、やわらかく整える。お風呂上がりにこの一本で、毎日のスキンケアをより自由に、心地よくしてくれる。シトラスとフランキンセンス、ヒバが織りなす爽やかで奥深い香りに包まれて、肌と心がふわっとほどける感覚に。ヴァーナライザーボディオイルインローション 120ml ¥2.970 / クレヨンハウス
福岡県久留米市の職人がスリランカ産のセサミを昔ながらの石臼を用いて、15℃前後の低温でゆっくりと搾り出したオイル。その希少な一番搾りの植物の生命力、国産の酒粕など自然の恵みを贅沢に使い、釜炊き製法でじっくりと作られた洗顔料。きめ細やかな濃密泡が肌をやさしく包み、必要なうるおいはそのままに、すっきりと洗い上げる。心までほぐれるようなグリーンティの香りに包まれ、洗うたびに素肌が深呼吸するような、やさしいスキンケアを。生せっけん 100ml ¥3.400

肌が敏感な日にも、自然と戯れたい。揺らぎ肌へも穏やかに寄り添う日焼け止めがこちら。紫外線から守りながらも、肌に直接触れないよう酸化チタンをコーティングし、負担を軽減したシンプルな処方。石けんで落とせる心地よさも、毎日のケアをやさしく整えてくれるはず。健やかな肌と暮らしを思い描き、必要なときにそっと差し伸べられる、小さな想いやりのような存在。日常に欲しいやさしさがここにはある。センシティブ スキン UVプロテクト ローション SPF 28 PA+++ 40ml ¥2.750
日本の美しさは、日々の所作や小さな習慣に宿るもの。そんな哲学から生まれたバームは、乾燥や肌荒れをやさしく和らげ、季節の変化にゆらぐ肌を静かに整えてくれる。ツヤを与えるヴィーガン処方は、敏感な肌にもやさしくなじみ、ふわりと香るラベンダーが、不安な心まで包み込む。肌を守り、潤いを届けながら、丁寧に生きるということを思い出させてくれる一品。ひと塗りの時間が、慌ただしい毎日に“静止のひととき”をもたらす。リトルワンダーリップ&スキンバーム 8g ¥3.080
ヘアスタイリストで毛髪診断士のshucoさんがプロの目線でこだわり抜いたヘアバーム。浮き毛やアホ毛も自然にまとまり、固めずやわらかに仕上げる。オーガニックのツバキ油やオリーブ油が髪にうるおいとツヤを与え、スタイリングとケアを同時に叶える処方。肌に触れても心地よいやさしさで、顔まわりはもちろん、リップやネイルケアにも使えるマルチユース。日々の小さな“整う”が、心をそっとゆるめてくれる。ヘアバーム ナチュラル 15g ¥2.970 / コスメキッチン
アルコールを使わず、水と植物性オイルをブレンドした処方は、軽やかでみずみずしく、それでいて奥行きのある香りを叶えてくれる。長野県のワイナリーで育てられたシャルドネの果実から抽出したエキスや、オーガニックハーブが、心と肌をやさしく整えてくれる。「トワイライト ガーデン」は、レモンの透明感から始まり、ジャスミン、チューベローズ、そして深いウッディへ。日常に静かな余韻を添える。ザ フレグランス トワイライト ガーデン 50ml¥3.300 / コスメキッチン
森の中で深呼吸するような、やさしい時間を眉にも。天然由来成分83%のアイブロウマスカラは、眉毛に自然な立体感とツヤを与えながら、アイブライトやカレンデュラなど森が育んだ植物エキスで、同時にケアも叶える。グロッシーなフレッシュグリーンは、ソフトな印象をつくり、男性のひげにも使えるユニセックスな処方。動物実験を行わず、すべての成分もヴィーガン対応。自然を尊びながら、美しく整える。そのやさしさが、眉から始まる。アイブロウフィクサー 雫 5g ¥2.750

時代に流されない“本物”とは何か。職人とともに丁寧に向き合いながら生まれる一枚の服には、素材、縫製、デザインすべてにおいて確かな技術と想いが宿る。オーガニックコットンを使用したバスクシャツは、三子糸で織られた吊り編みの天竺素材。洗うほど目が詰まり、よれにくく、着るたびにフォルムの美しさが際立つ。仕立ては山形の大石メリヤス。服というプロダクトを超え、作り手・売り手・着る人すべてをつなぐ、新しい“共同体”のかたち。バスクシャツ ¥28.600 / ロンハーマン
【Profile】
大橋 海人
1992年、神奈川県生まれ。17歳でJPSAデビューを果たし、2015年にWSLジャパンのリージョナルチャンピオンになる。現在はフリーサーファーとして国内外で活躍し、サーフシーンに新たなムーブメントを生み出している。
大橋 イザ
1993年、群馬県生まれ。モデルとして活動後、2021年にプロサーファーの大橋海人さんと結婚。得意の料理は海人さんもご満悦の腕前。サーフィンの撮影を手伝うこともたまにあるそう。
photography _ MACHIO hair&make up _ TAKESHI special thanks _ THE VIEW KAMAKURA
【バックナンバー】
01_飾らずにいられる、ふたりのあり方
02_その波は、未来につながっている
>>特集の続きは誌面でご覧ください。

「SALT…Magazine #04」 ¥3300
サーフィン、暮らし、生き方、そして思考をより本質的なものへと回帰。シンプルで持続可能な在り方を追求することこそが、真の豊かさにつながる。
<Contents>
⚪︎Burleigh Single Fin Festival
⚪︎未知なる領域へ̶̶ サーフィンの新境地
⚪︎シングルフィンを愛する10人のインタビュー
⚪︎STILL AND TRUE
⚪︎笹子夏輝 ~カリフォルニア・スタイル巡礼の旅
⚪︎サーフィンによるマインドセットのススメ
⚪︎Stories Behind the Waves
⚪︎今を生きるサーファーたちのダイアログ
⚪︎世界の果て、南ポルトガル・サグレス
⚪︎Column _ Miyu Fukada
オンラインストアにて発売中!
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サンオーからさらに南へクルマを走らせ、オーシャンサイドの町に差しかかった頃には、僕たちの目的地であるサンディエゴが、すでに目と鼻の先にあることに気づいた。というのも、このあたりから南の地域一帯は、大きなくくりで「サンディエゴ」と認識されていることが多い。意識的に「着いた」と思う前に、僕たちはすでに目的地へと足を踏み入れていたのだ。
オーシャンサイドからサンディエゴの街まで続くコーストラインには、サーフスポットが途切れることなく連なっている。ビーチブレイクからリーフブレイクまで実にバリエーション豊かで、温暖な気候と安定した波質が揃う。そこには、僕が理想としてきた世界が、確かに広がっていた。その中でも、スワミズは特にお気に入りのスポットだった。

州立公園Cardiff by the sea
エンシニータスに位置し、海へと落ちる崖に設えられた145段の階段を下りると、右手にそのポイントが現れる。リーフの上でブレイクする波は、冬の大きなうねりでこそ真価を発揮すると言われているが、夏の穏やかなうねりの中でも、ほぼ毎日のようにサーフィンを楽しむことができた。基本的にはライトのポイントブレイクだが、うねりの角度やピークの位置次第ではレフトにも走ることができる。ピークからはトロく割れ、とてもフレンドリーな波だ。駐車場が小さいことに加え、隣に州立公園のサーフスポットがあるため、人が一箇所に密集しにくい。ここでも僕たちは早朝から海に入り、サーフィンをし、合間にパソコンを開いて仕事をする。そんな一日を、のんびりと過ごすのが日課になっていた。

カリフォルニアの中でも特にお気に入りだったスワミズ。全米で一番土地が高いのは住みやすい気候にあるのだろう

駐車場ではチルなバイブスが流れていて、音楽セッションが始まることや、コーヒーを売っていることもある

カリフォルニアですっかりロングボードにハマってしまった
夜はハイウェイ沿いのレストエリアや、線路脇で夜間駐車禁止のサインがない場所に駐車し、寝泊まりしていた。バンライフがひとつのカルチャーとして根付いているカリフォルニアだが、市や郡によっては、夜間の車中泊を禁止している場所も少なくない。そうした事情を深く気に留めていなかった僕たちは、夜中、眠っているところを町の保安官に起こされることもあった。
「ここでは寝泊まりできないから、別の場所へ行ってくれ」そう言われ、すぐに移動しようとしたのだが、カナダのナンバープレートに気づいた彼と話が弾み、昔、日本で交換留学をしていたことを話してくれた。幸いにも「今日だけはここで寝ていい」と、最終的には見逃してくれた。バンライフが文化として根付くカリフォルニアには、ある程度の理解があるのだと感じた出来事だった。
既存の価値観が中心にある社会への反抗として生まれたスタイルこそ、カウンターカルチャーの起源だ。だが、その言葉は後付けに過ぎない。本質は反抗そのものではなく、多様性にある。主流に流されず、自分なりの生き方を表現すること。その結果として生まれたものが、ムーブメントになったに過ぎない。

オーシャンサイドから下の海は水温が下がる。日が落ちると真夏でもかなり寒い

カールズバッドエリア。どこも開発されていてとても過ごしやすいエリアだ

ブラックスビーチ。ボードを抱えて崖を上り下りするのは一苦労だが、幸運にも崖の下までクルマで降りられるパスを借りれた
振り返れば、毎日はとても濃く、充実していた。それでも体感としては、本当にあっという間だった。サンディエゴに到着したはずなのに、僕も妻も、どこか不完全燃焼のような感覚を抱えたまま、約3週間、オーシャンサイドからミッションビーチの間を行き来していた。ゴールに着いたはずなのに、道半ばのような気分だったのも無理はない。僕たちはまだ、カリフォルニアコーストの半分までしか来ていなかったのだから。僕たちが旅してきたこの土地には、1800年代前半、メキシコ領だった頃の呼び名がある。アルタ・カリフォルニア。「アルタ」とはスペイン語で「上の」という意味だ。対になる「下」がなければ、「上」と呼ばれる理由はない。僕たちは国境を越え、バハ(下の)・カリフォルニアへ向かうことを決めた。

TAG #Ride of a Lifetime#ヴァンライフ#サーフトリップ#古川良太#連載

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Naomi Folta ナオミ・フォルタ
アメリカ東海岸出身。沖縄とボストンにルーツを持ち、サーフィンとスケートを軸に世界を旅する、「GRLSWIRL」のライダー兼クリエイター。多文化環境で育った経験を強みに、海とコミュニティを通じて女性が自分らしく挑戦できるスペースを広げる活動を続けている。
あなたのことについて教えて
アメリカ東海岸・北バージニア州の出身で、母は沖縄、父はボストン出身。小さい頃から沖縄空手をはじめて、チアリーディングや体操、陸上など、両親が勧めてくれたスポーツをとにかくいろいろ経験してきた。毎年夏になると沖縄に行って、母が通っていた地元の小学校・中学校・高校に1ヶ月ほど通いながら、父の空手道場のコミュニティの中で過ごしていた。いつも沖縄の文化がすぐそばにあって、すごくアクティブな環境で育ったと思う。
スケートボードとサーフィンを始めたのは20代に入ってから。大学では機械工学を専攻して、卒業後は1年間エンジニアとして働いていた。でも、「やっぱりスケートもサーフィンも、好きなときにできる生活がしたい!」と思うようになって、仕事を変えた。それが、私の人生を大きく変えるきっかけになった。
今はGRLSWIRLという女性だけのスケートチームのライダー(8〜9人いるメンバーのうちのひとり)として活動しながら、グラフィックデザイナー、イラストレーター、モデル、そしてSNS関連のフリーランスも手掛けている。子どもの頃からいろいろなことに挑戦してきたから、複数のことを同時にやるのはわりと慣れている。
サーフィンを始めたきっかけ
一人旅やバックパッキングが大好きで、大学卒業後に東南アジアを約1年かけて旅した。旅の途中でフィリピンに辿り着いて、サーフィンもダイビングもハイキングもできるし、何をしようか考えていたとき、ホステルで出会った人に「これからサーフタウンに行くけど、一緒に行かない?」って声をかけてもらった。そして向かったのが、サンフアン・ラウニオン(San Juan La Union)。そこで初めてサーフレッスンを受けて、多くの人がそうなるように、あっという間にハマってしまった。「ちゃんと乗れるようになるまで、この町を離れない」って決めて、気づいたら2ヶ月くらい滞在していた。そこが、私が本当にサーフィンを覚えた場所。
今はロングもショートもどちらも好きで、憧れのサーファーは、ジョージー・プレンダーガスト。滞在していたサーフタウンには女性ロングボーダーがすごく多くて、彼女たちの華麗でスタイリッシュなライディングを見るたびに、もっと上手くなって「クロスステップして、ノーズまで行きたい」って思うようになった。
お気に入りのスポットは、太平洋側のメキシコ。よく行くエリアで、大好きな波がたくさんある。次に行きたい場所は、フィリピンのシャルガオとモロッコ。


日本とアメリカの両方で育った経験、それが今の自分にどんな影響を与えている
沖縄は西洋文化の影響も強く受けていて、そこが少し特別な感じ。一番違いを感じたのは“責任感”の部分だった。日本の学校では、自分たちで教室を掃除したり、給食を取りに行って配膳したり、「自分たちでやる」ことが当たり前。それがすごく新鮮だった。アメリカの学校では、そういう経験がなかったから。
アメリカの学校は、また違う意味で自由というか……。女の子でもサッカーをしたり、大きな声で笑ったり、ちょっとアグレッシブでも全然OK。でも日本の学校に行ったとき、男の子たちとサッカーをしたくても、一緒にやりたい女の子が全然いなくて、「え? みんなどこ?」って思ったのを覚えている(笑)。そういう文化や空気感の違いを見るのが、すごく面白かった。
沖縄では、“アメリカの私”と“日本の文化を大切にする私”を、自然と使い分けていた。当時はまだSNSが普及していなかった2000年代で、私や兄、他のハーフの友達は、周りの子たちから「誰?」「何してるの?」「アメリカってどんな感じ?」と、すごく興味を持たれる存在だった。
そうした経験から、自然と適応力が身についたと思う。どんな場所でも自分を調整して馴染めるし、文化や背景の違う人の気持ちも理解できるようになった。毎年同じ友達に会っていても、学校に通うのは1ヶ月だけだから、いつも“新しい転校生”みたいな感覚。それが、人の気持ちに寄り添う力や共感力につながったと思う。責任感も強くなったし、自分でいろいろできるようになったことで自信もついた。その感覚は旅をするときにもすごく役立っていて、どこに行っても自分で立て直せるし、環境にもすぐ順応できる。女性としても、「女の子だって、自分の世界を広げていい」「挑戦していい」という感覚が、自然と身についた気がする。
GRLSWIRLでの活動
GRLSWIRLのチームライダーとして声をかけてもらったのは、2年近く前。カリフォルニアに引っ越したのが2022年8月で、そのときは仕事もなくて、手元のお金も1,000ドルくらい。叔父さんの家にお世話になっていた。それでも、「サーフィンとスケートを思いきりやって、たくさんの女性たちとスポーツを楽しむ生活がしたい」という気持ちが強かった。GRLSWIRLの本拠地がヴェニスだと知ったとき、「これだ」って思った。初めて参加したスケートのミートアップは、本当に魔法みたいな時間だった。50人以上のガールズたちが集まって、ヴェニスのスケートパークから桟橋まで、みんなでスケートしていく。その光景は、まさに思い描いていたカリフォルニアのシーンだった。周りは素敵な女性ばかりで、スケートして、サンセットを見て、笑って。ただ一緒に滑っているだけなのに、心の底から満たされる時間だった。その瞬間から、「この感覚をずっと感じていたい」「この人たちと一緒にいたい」と思って、すべてのイベントに参加して、ボランティアも続けた。そうして活動しているうちに、いつも積極的に参加してスケートしている姿を見てくれていたメンバーから、チームに入らないかと声をかけてもらったの。今はチームの一員として、同じような境遇のガールズたちを支えながら、コミュニティを広げている。


海、自然との関係を言葉で表すなら?
子どもの頃から沖縄でたくさんの時間を過ごしてきたから、海は私にとってすごく身近で、安心できる場所。家族や友達がいつも海に連れて行ってくれて、シュノーケリングをしたり、ボートに乗ったり、泳いだりしていた。だから自然とのつながりは、ずっと強く感じている。自然は、自分に戻れる場所であり、好奇心を思い出させてくれる場所。海にいると「帰ってきた」っていう安心感があって、サーフィンをしているときは、力強さとしなやかさ、その両方を自分の中に感じられる。
これからの目標
ロサンゼルスのNPO「Los Courage Camps」でボランティアとして活動し、さまざまなバックグラウンドを持つ子どもたちに、無料でサーフィンレッスンをしている。サーフィンって、実はハードルの高いスポーツ。サーフボードやウェットスーツが必要だったり、海に行くにはクルマが必要だったり、LAだと駐車場代もかかったりして、それだけで大きな負担になる。私たちは、そうしたハードルをすべて取り払って、ボードもウェットもレッスンもすべて無料で提供している。人生で初めて海に入る子や、その年に初めて海を見る子もいる。私の夢は、サーフィンを通して、彼らが一緒にサーフトリップに行ける友達に出会ったり、何でもシェアできるサーフコミュニティを見つけてくれること。
もうひとつの大きな夢は、沖縄でローンチしたGRLSWIRLをサポートすること。立ち上がったばかりだけど、その広がりを手伝いながら、レベルや見た目に関係なく、誰でもスケートを楽しめるコミュニティを育てていきたい。


あなたの生活に欠かせない3つのもの
コラージュジャーナル、サーフボードとスケートボード、それからピクルス。
これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
大切なのは、「こうなってほしい」という期待を手放すこと。新しいことを学ぶときや、新しい場所に行くとき、何かを始めるときは、その結果よりもプロセスにちゃんと向き合って、今この瞬間を感じることが大切だと思う。期待で自分を縛ってしまうと、その時点で可能性は狭まってしまう。だからこそ、目の前で起きるいろいろな経験をそのまま受け止めて、プロセスを楽しむこと。それが一番大事だと思っている。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #GRLSWIRL#Naomi Folta#Ocean People#ナオミ・フォルタ#ビーチライフ#連載

ロサンゼルス空港から南にクルマを走らせること約1時間。南北に5キロにも満たない間に、サーファーにとって夢のようなコーストラインが広がっている。そこが、サンクレメンテだ。
トラッセルズという名前は、WSLの大会やサーフメディアを通して幾度となく目にしてきた。サーファーであれば、一度は耳にしたことがあるだろう。だが、それぞれのポイントがどこに位置し、どんな個性を持っているのか。そこに足を運び、肌で感じるまでは、僕はほとんど理解できていなかった。
北はコットンズから、南はサンオノフレまで。短い海岸線の中に、世界中のショートボーダーが憧れるハイパフォーマンスウェーブのローワートラッセルズ、初級者から中級者まで楽しめるミドルズやチャーチ、そして南端にはマリブと並んでロガーの聖地と称されるサンオーが連なっている。ショートボードで育った僕にとって、サンオーの存在は、正直なところアメリカに来るまで知らなかった。しかし、周囲のサーファーから繰り返し勧められるうちに、その期待はすこしずつ膨らんでいった。

波が良ければ、わずか10秒足らずでパドルアウトできるロケーションが魅力
州立公園として管理されているサンオーは、カリフォルニア州内の州立公園の中でも屈指の来場者数を誇る。週末ともなれば、開園1時間前に到着しても、すでにゲート前には長い列ができている。それもそのはず、サンオーの魅力はサーフィンだけに留まらないからだ。ポイントの目の前に駐車できる敷地内には、サーファーが求めるすべてのものが揃っている。良質な波、パームツリーが点在する独特の景観、バレーボールコートやピクニックテーブル。シャワーも景観を損なわぬよう笹で囲われ、どこか素朴な風情がある。バンライフを送る僕らにとって、ここはまさに理想郷だった。サンオーでは、海に入る時間だけでなく、その後に過ごす時間までもが、サーフィンの一部なのだ。

人気の縦列駐車エリア。朝イチでこの場所を確保するのが早起きのモチベーションとなっていた

州立公園はトータル10日以上使用するのであれば年間パスを購入するのがオススメ

笹で囲われたシャワー。景観を保つと共に周りからの視線を遮る。ボードラックも設備されているサーファーフレンドリーな公園

西海岸といえばサンセット! 乾いた空気の中、毎日のように太陽が水平線へと沈んでいく
サンオーはマリブと同様、1950年代から地元サーファーに愛されてきた場所だ。ただし、決定的に異なるのはその空気感である。シェアライドの精神が今も自然に息づき、ラインナップには穏やかな時間が流れている。メインのピークは大きく3つに分かれているが、横に広がるスポット全体は、沖からインサイドまで波の割れるフィールドが非常に広い。それぞれが自分の居場所を見つけ、思い思いのペースで波に乗っていく。メローにブレイクし、インサイドまで乗り継げる波は、まさにロングボーダーの楽園だった。
数日間、朝から晩までサンオーで波に乗ったある日、僕らはローワートラッセルズまで歩いてみることにした。プロの映像では、電動バイクで向かったり、線路を渡って歩いていくシーンが印象に残っている。世界中から、パーフェクトな波を求めてトッププロが集まる場所。Aフレームで左右どちらにも行けるものの、ピークは基本的にひとつ。その中で波を掴むのは、至難の業だろうと覚悟していた。
「少しおこぼれをもらえれば、それで十分」そう思ってパドルアウトしたが、結果はいい意味で裏切られた。皆がセットのベストウェーブを狙う一方で、サイズのない波や形の整わない波には、ほとんど目が向けられない。そのおかげで、わずか20分ほどの短いセッションにもかかわらず、驚くほど多くの波に乗ることができた。この日は風向きこそ良くなかったが、それでも波の形は申し分ない。トップからボトムまで規則正しくブレイクする波を前に、ローワーがなぜこれほどまでにサーファーを惹きつけるのか、その理由がすぐに腑に落ちた。

ローワートラッセルズへ向かうにはこの線路を渡る。米軍の管理下におかれていたため建造物が少なくアクセスが大変

仕事するもよし、ぼーっとするもよし、昼寝するもよし。ポイントの目の前で生活する日々は夢のようだった
サンオーのメローで穏やかな時間と、ローワーに漂う張り詰めた緊張感。わずか数キロの海岸線の中に、これほど対照的な世界が共存している場所が、果たして他にあるだろうか。映像や地図だけでは決して伝わらない、この海岸線の本当の価値。それは、パドルアウトし、肌で感じて初めて理解できるものだった。

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サーファーなら誰もが知っている最低限のルールといえば、前乗りだろう。タブーとされているその行為すら、ここマリブではスタイルの一部のように錯覚してしまい、自分自身を疑った。基本的には、ここでもほかの人の波を邪魔しないのがルールだし、誰もが前乗りし合う無法地帯というわけではない。秩序は、確かに保たれている。だが、それにしても前乗りの数が圧倒的に多かった。しかしそれは、マリブの波の性質や、そこに集まる人の多さゆえの、一種の戦略なのではないかとも思えてくる。

ビーチから見るとサーファーがただ横に広がってるように見えるが、実はピークに向かって列をなしている

サイズが一定以上になると、ファーストピークから手前のピアまでキレイにブレイクする
海岸線は弧を描き、南西に向いている。歴史的にも有名なFirst Pointをはじめ、Second、Thirdと呼ばれる連続するポイントは、リーフや砂の形状が波を右へと導くため、ライト方向オンリー。ロングボード向きの、ゆったりとしたブレイクが長く続く。
ピークから静かに波が立ち上がると、リーフに沿って「崩れる」というよりも、「剥がれ落ちる」という表現がふさわしいほど、リップが美しくブレイクしていく。そんなライト方向のポイントブレイクにもかかわらず、ロサンゼルスの都市部から近いこともあり、集まるサーファーは数知れない。ピークには、ノーリーシュでスタイリッシュにノーズを決めるベテランサーファーがいる一方、手前には初心者サーファーもいる。混雑のピーク時にはカオスになるが、それでもマリブの波にこだわり、足繁く通うサーファーが後を絶たない。そんなポイントで波に乗るには、それなりの戦略が必要だ。

朝はまだ人が少ないからオススメだが、太陽が昇り周囲が明るくなるとすでに50人以上のサーファーがいた

ハイウェイ沿いに路駐してクルマから眺めるお気に入りの景色

週末になるとサーファーに限らす人が集まり、ビーチが賑わう
このポイントを俯瞰的に観察していると、それぞれの波への向き合い方が見えてくる。ピークでセットの波を狙う人もいれば、小さくても本数を乗れる手前で待つ人もいる。早朝、まだ日が昇る前の真っ暗な中でパドルアウトする人もいれば、日が沈んだ後、桟橋の灯りを頼りにサーフィンをする人もいた。それぞれが、いかに多くの波に乗れるかを考え抜いた末のスタイルなのだろう。
その中に、前乗りをスタイルとして見出してしまうことには驚かされた。後ろから乗ってきているのを目視しながら、それでもテイクオフする。これまで自分が信じてきたサーフィンの常識は覆され、この現実を飲み込むには時間がかかった。飲み込むくらいなら、いっそここでのサーフィンをやめたいと思うほど、心を乱された。それでも、自分が意図的に前乗りをするのは、やはり違う。僕はマリブの洗礼を受けたのだ。

この壁の前のサーフボードはマリブのアイコニックフォトだ
それでも、ここには人を引きつける魅力がある。マリブの波は、語りかけてくる。「焦るな」ここでは、時間が伸びる。一歩足を前に出すと、世界がゆっくりと動き出す。ボードは、線路の上を走る列車のように、迷いなく進んでいく。呼吸とともに波とシンクロし、一種のトランス状態に入った僕は、ただその瞬間を楽しんでいた。気がつくと、桟橋の横まで乗ってきていた。マリブの海で何度も考えさせられたのは、正解がひとつではないという事実だった。ルール、マナー、スタイル。そのどれもが間違いではなく、この場所の密度と歴史の中で、形を変えながら共存している。受け入れ難さと、美しさが同時に存在する海。その矛盾を否定せず、波に身を委ねたとき、ようやくこの場所の輪郭が見えた気がした。長く伸びるライトのフェイスを静かに滑りながら、雑念はいつの間にか後ろへと流れていく。残ったのは、ただ「今、ここにいる」という感覚だけだった。
マリブは教えてくれた。スタイルとは主張ではなく、積み重ねられた選択の結果なのだと。夕暮れ時、薄ピンク色に染まる空を見上げながら、その答えがゆっくりと腑に落ちていった。

ビーチでゆっくり過ごしながら、波が良くなったらさくっと入れる環境が魅力

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海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Emma Danzo エマ・ダンゾ
アメリカ出身、現在はバイロンベイを拠点に様々なブランドのマーケティングを行うクリエイティブディレクター。海と旅から得たインスピレーションを軸に、ストーリーのあるビジュアルとブランド体験を創出している。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちは、ニューヨークからクルマで45分ほどのニュージャージーにある小さな街。父がイタリア出身だったこともあり、幼い頃から家族みんなで料理をしたり、家族同士のつながりを大切にする環境で育った。旅行にもよく出かけ、毎年少なくとも一度はイタリアに帰って家族に会い、ヨーロッパ各地も旅していた。アメリカに住みながらも、アメリカとイタリア、両方の文化の中で育ってきたように感じている。
18歳のときにカリフォルニアへ移り、サンタバーバラの大学でコミュニケーションを専攻した。在学中にパンデミックが起こり、友人がサーフィンをしていたこともあって私もサーフィンを始めた。それが人生を大きく変えるきっかけになったの。
大学で学んでいたマーケティングと、夢中になっていたサーフィンを結びつけたいと思うようになり、サーフィン業界でキャリアを築きたいと感じ始めた。パンデミックを通して働き方が大きく変わり、オンラインで働くことや、ブランドがSNSを通じて人々とつながる時代に移行していくのを肌で感じていたわ。
私はデザインも写真も文章を書くことも好きだったから、SNSはそれらをすべて結びつけられる理想的な場所だった。最初はサンタバーバラにあるサステイナブルな日焼け止めブランドでフリーランスとして働き始め、その会社を通じて多くのパートナーシップやつながりが生まれ、ブランドを大きく成長させることができた。次第に、同じような仕事を依頼したいというブランドが私のもとに来るようになり、気づけば小さなサステイナブル系サーフブランドや非営利団体を中心に、自分の専門領域のポジションが自然とできあがっていたの。特に営業や宣伝をしなくても仕事が途切れず、ビジネスが自然と形になっていき、そのおかげでフルタイムで旅をしながら働く生活が実現した。
大学卒業後、家にあったものをすべて手放し、バリ行きの飛行機に乗って数ヶ月過ごした。その後オーストラリアに移住し、気づけばもう2年。バイロンベイを拠点に、バリに戻ったり、アメリカに帰ったり、ヨーロッパへ行ったり、世界中のサーフスポットをめぐりながら、仕事でつながったブランドの人たちに実際に会い、思い描いていた日々を過ごしている。
オーストラリアへの移住
幸運なことに約半年前、世界的に有名なシェフから声をかけてもらったの。ミシュランの星を持つシェフで、彼が自分の会社2社のSNSとマーケティングマネージャーとして私を雇ってくれた。その縁でビザのスポンサーにもなってくれ、この半年は私にとって大きな転機だった。
フルタイムで旅をしながらビジネスを回す生活は素晴らしい経験だったけれど、正直疲れることも多かった。多くを学び、たくさんの出会いがあり、本当に感謝しているし、やりたかったことは全部やれたと思う。これからはもう少し “普通の生活”、つまりルーティンがあって、家があって、友だちやコミュニティがあって——そんな環境の中で、オーストラリアで腰を落ち着けてキャリアを積んでいく時期に入ったと感じている。


サーフィンを始めたきっかけ
初めてサーフィンをしたのは5年前の2020年。当時、親友の友人が、子どもの頃から海に入っているような上手なサーファーの男の子と付き合い始め、その彼が一緒にサーフィンしようと誘ってくれた。その日の海はまったく怖くないコンディションで、カリフォルニアの暖かく心地いい日差しが広がる、とても気持ちいい日だった。
波に合わせてパドルして、立ち上がった瞬間の感覚を今でも覚えている。本能的に体が動いたようにスッと立てて、海との“つながり”というか、「あ、知っている感覚だ」と思うような不思議な懐かしさが一気にこみ上げてきた。海と完全につながったような感覚だった。
好きなサーファーは Torren Martyn(トレン・マーティン)。彼のエフォートレスなスタイルが本当に好き。私はミッドレングスからサーフィンを始めたので、少し大きめのボードで、しかもサイズのある波でも軽々とターンしていく姿に強く影響を受けたわ。普段はシングルフィンのミッドレングス、ツインフィン、そしてロングボードにもよく乗っている。
お気に入りのサーフスポットと次に行きたい場所
バイロンベイの “The Pass”。多くの人に愛されるスポットだけれど、私にとっては本当に“ホーム”のような場所。パドルアウトするたび、みんなニコニコしていて、混雑にイライラしている人もたまにいるけれど、顔見知りが多いからコミュニティの温かさをいつも感じる。波はいつも最高で、ほとんどどんな日でもサーフィンできるし、水は透き通っていてイルカもいて、景色も本当に美しい。ここに来ると必ず幸せな気持ちになる。
次に行きたいのは日本! バイロンベイにも日本人の友達がいて、彼らの育った場所を見に行く旅をしたい気持ちがどんどん強くなっている。


何か新しいことを始めたい人へのアドバイス
怖さや不安、「できないかもしれない」という気持ちに引っ張られるのは普通のこと。多くの人が「それは無理」「大変すぎる」と言うかもしれない。だけど、自分の情熱に従うとき、宇宙が後押ししてくれるように物事が動き始める。自分を信じ、自分のビジョンを信じ続ければ、実現する方法は必ず見つかる。
面白いことに、目標に集中してまっすぐ向かっていると、現実が少しずつ形になっていく。無意識のうちにチャンスや出会いを引き寄せ、その“現実”を自分で創っていくことができるようになる。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Emma Danzo#Ocean People#エマ・ダンゾ#ビーチライフ#連載

クルマを走らせるスピード以上に、南へ下るにつれて景色が目まぐるしく変わっていく。最後に雨が降ったのを思い出せないほど、この土地は長らく乾燥しきっていた。空気はどんどんカラッとしていき、緑は減っていく。その代わりに、一度は聞いたことのあるサーフスポットが増えてきた。
予期せぬことで回り道を強いられるのも旅の醍醐味だろう。そのぶん、予期せぬ発見がある。カリフォルニアのロードトリップと言えばビッグサーは欠かせない。僕のバケットリストの一つだったが、不運にも道の一部が崩れて通行止めになっていた。途中の橋までは行くことができたが、いったん引き返し、山の方からまわって南へ下った。道中、クルマの中から鑑賞できるドライブインシアターに立ち寄ったりと、サーフィン中心の旅の中に小さな変化が生まれたのも悪くなかった。

カリフォルニアロードトリップでは欠かせないビッグサー

最も有名な絶景ポイント「ビクスビーブリッジ」
同じカリフォルニアでも、ここだけ時間の流れが違っているかのように優雅で気品のある空気が流れていた。その上品さは、ここに根付くサーフスタイルにも溶け込んでいる。洗練されたサーフィンの象徴とも言えるのが、ローカルレジェンドのトム・カレンだ。サーフカルチャーを語るうえで、この土地は外せない。波がないとわかっていたが、訪れないわけにはいかなかった。沖合にはチャネル諸島という群島があり、うねりを遮って夏は波がほとんど立たないのだ。サーフボードブランド「Channel Islands」も、この島々から名を取ったこともここで初めて知った。
サンタ・バーバラには“海岸の女王”と称される「リンコン」がある。そう、ショートボード革命が起きた歴史的な場所だ。僕が訪れたとき、女王は真の姿をベールの奥に隠したままだったが、また来たいと思える理由になった。海沿いのハイウェイをさらに南へ走ると、空気がすうっと変わる。サンタ・バーバラの上品で穏やかな風とは違う、少し素朴で粗削りな潮の匂いが混ざってきた。

クラフトマンシップが息づく空間で、サーフカルチャーの核に触れられるChannel Islands Surfboard 本店

1961年から店を構えるSurf n' Wear’s Beach House。サーフィン黎明期から現代までのイェーター・サーフボードが展示

サンタバーバラに入ると、街はスペインを想起させるような彩りが多くなってきた
ハイウェイから見えるパームツリーが密集したサーファーズポイントは、砂漠のオアシスを彷彿とさせた。たった50キロしか南下していないが、海は明らかに表情を変えた。水温が温かくなり、水着のサーファーも増え、幅広くブレイクするポイントにはロングからショートまでさまざまなスタイルが混じっていた。ローカル、ビジター関係なくピースフルな雰囲気が漂い、皆の顔には穏やかな笑みがこぼれる。まるでサーフムービーの一コマを切り取ったような、ゆったりとした時間が流れる。そんな雰囲気が気に入り、まだ薄暗いうちに駐車場に着き、桟橋の後ろから昇る朝日を見ながらサーフィンをするのが毎日の日課となった。
サーフィンでの日々の成長は微々たるもので気づきづらい。だが、妻が日を追うごとにベンチュラの波とシンクロし、自信を大きくしていくのを目の当たりにするのは、見ていて嬉しかった。ベンチュラで過ごした日々は、ただ波に乗るだけの時間ではなかった。毎朝同じポイントに通ううちに、潮の満ち引きや風の変わり目、ローカルたちの習慣までもが、少しずつ身体に染み込んでいくのを感じた。旅は常に新しい刺激にあふれているけれど、こうして一つの場所に腰を落ち着け、海と向き合い続けることでしか見えてこない景色もある。気づけば、僕たちはこの街の空気に自然と馴染んでいた。

シャワーやトイレなどが整備されたベンチュラの公園。サーフィン後のんびりするのにちょうどいい

朝日が昇る前に海に向かう妻。サーフィンに向かう時のモチベーションは誰よりも高い


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