サーフィンは、自然との深い対話を楽しむ文化だ。波の動き、太陽の光、その中で生きるサーファーたち。そこには、瞬間ごとに無限の可能性が広がっている。その可能性を映し出すのが、フィルマーの仕事だ。映像は単なる記録ではなく、彼らの“フィルター”を通して生まれる表現であり、心象風景を形にする、繊細なプロセスでもある。彼らの頭の中には、どんなビジョンが広がっているのか? それぞれの視点を通じて、サーフィンの魅力をどう表現しているのか? 6人のフィルマーの情熱と創造の世界に、少しだけ足を踏み入れてみた。
短尺コンテンツとは一線を画す、物語のあるサーフフィルム。サーフィンと自然が織りなす美しい映像は、映画的なアプローチにより、観る者だけでなく出演するサーファーをも魅了する。
ニコが撮るサーフィンの映像には、光、音、空気感を通じて一貫した「美」が感じられる。洗練されていてクリアながら、クセがなく心地よい。その映像はまるでインテリアの一部のように、部屋で繰り返し流していたくなる。そんな彼が映像制作を始めたきっかけは、「日本のアニメ、ボリウッド映画、韓国のテレビドラマ」と聞いたときは正直驚いた。フィリピンで育ち、テレビのチャンネルが2つしかない中で夢中になって観ていたと言う。「’80~’90年代のアニメには、生々しくて純粋な何かがあり、しっかり向き合えば人生の教訓にもなり得る」とニコ。直接的には映像からその影響が感じられないかもしれないが、彼の作品の根底には確かにその精神が息づいている。
また、母が写真家だったこともカメラを手にするきっかけになった。最初に使ったのは使い捨てのKodak のカメラで「とても刺激的だった」と振り返る。その後、母のCanonのデジタルカメラをこっそり持ち出して、街中で撮影を始めた。大学では機械工学を学んでいたが、次第にサーフィンにのめり込んでいった。ラップトップ片手に旅をしながら働ける仕事を模索し、UCI(カリフォルニア大学アーバイン校)でコンピューターサイエンスを学ぶことを決意。しかしある日、直感とも言える内なる声を聞く。
「ニコ、カメラを持て。それが君のやりたいことだ」
その言葉に導かれるように、彼は編入を辞めて映像の世界へ飛び込んだ。最初に撮影を始めたのはニューポートビーチのブラッキーズ。アレックス・ノストやロビン・キーガル、ジャレッド・メルといったスタイルサーファーが集うスポット。ここで彼はサーフカルチャーにどっぷり浸かることができた。現在はROXY、Album Surfboards、Tyler Warren Surfboards、Daydream Surf Shopといった人気ブランドの映像制作を手掛けるフィルムメーカーとして活躍している。



彼のスタイルはストーリーを重視した長尺の作品作り。SNS 向けの短尺動画やコンテンツ制作とは一線を画し、サーファーの姿をより深く描くことを目指している。「今のコンテンツ至上主義の世界では、この考え方は受け入れられにくいかもしれない。でも、サーフィンは未知への旅であり続けるべきだ」と語る。特にライディングは可能な限りカットせず、テイクオフからフィニッシュまですべて見せるようにしている。
ニコのインスピレーションは日常の中にある。「自分は完全にビジュアルパーソン(視覚的にインスピレーションを得るタイプ)だ」と言い、友人との何気ない会話、音楽、日々の風景からアイデアが湧き上がり、木が空に向かって成長するように、ビジョンが形作られていく。「よく聞く、よく見る、よく感じる」ことが、創作の源泉だ。また、タイラー・ウォーレンからも大きな影響を受けていると言う。特に「撮影したその日に写真や動画は投稿せず、時間を置く」という姿勢に共感している。「タイラーは素晴らしいサーファーであり、シェイパーであり、彼の絵画を見てわかるように本物のアーティストだ。学ぶべきことが多く、尊敬しているよ」と語った。
彼の映像は、サーファーと自然の調和を完璧なタイミングで捉えた美しい作品だが、事前準備はほとんどしない。前夜に機材を整える程度で、「その瞬間に自分が求めるものがすぐに分かる」という。撮影時点で彼の頭の中ではすでに編集が終わっており、あとはレゴブロックのように映像を組み合わせるだけだと話す。それは緻密な計算ではなく、観察眼と直感の賜物である。「リンコンで撮影しているとき、あるプロサーファーに『今日の波予報は見た?』と聞いたんだ。すると『いや、全く見ていない』と返ってきた。まさにそれがサーフィンの本質だと思った」。彼が敬愛を抱いているアメリカの映画監督、マーティン・スコセッシの言葉「Stay in the present(今を見据えよ)」が思い出される。

完璧主義に囚われすぎないことも、彼が大切にしている点だ。かつては時間をかけて完璧な作品を作れば、満足感に繋がると考えていた。しかし、それは創作を完結させる上での最大の障害になり得ると悟った。今では肩の力を抜きながらも「じっくり観察すること」が大事だと捉えている。それさえできれば、編集も、音楽もすべてが自然と繋がってくる。そして、生まれた国や文化の違いを、個性として表現できるように自分なりの“味”を追求することも心がけている。
「成長するために、とにかく作り続けることをモットーとしている。シンプルだけど、それに尽きる。でも実際には、この考えと常に格闘しているんだ。人生には浮き沈みがあり、モチベーションを保つのが難しいときもある。でも、良いエネルギーも悪いエネルギーも、それぞれに美しさを見出し、それをクリエイティブな表現に変えることが重要なんだ」。
10年間はサーフムービーの制作に没頭してきたニコだが、今後は監督として“長編映画”の制作を目指している。すでに3本の物語を書き始めており、「自分の中で温めているアニメの影響が必ず色濃く出るだろう」と語っていた。イマジネーションがどこまでも広がり続けるニコ。どんな作品が生まれてくるのか、今から楽しみだ。


通称ニコ。カリフォルニアを拠点に活動するフィルムメーカー兼フォトグラファー。フィリピンの楽園・ビルコ地方出身で、14歳のときにカリフォルニアへ移住。豊かな自然から得たインスピレーションを作品に反映させている。@nicoramosfilms
text_Alice Kazama
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #Nico Ramos#SALT...#04#STORIES behind THE WAVES#サーフフィルム
サーフィンは、自然との深い対話を楽しむ文化だ。波の動き、太陽の光、その中で生きるサーファーたち。そこには、瞬間ごとに無限の可能性が広がっている。その可能性を映し出すのが、フィルマーの仕事だ。映像は単なる記録ではなく、彼らの“フィルター”を通して生まれる表現であり、心象風景を形にする、繊細なプロセスでもある。彼らの頭の中には、どんなビジョンが広がっているのか? それぞれの視点を通じて、サーフィンの魅力をどう表現しているのか? 6人のフィルマーの情熱と創造の世界に、少しだけ足を踏み入れてみた。
カウアイ島でのサーフィンと映像制作。そのどちらにも共通するのは、大自然の流れを感じること。水の中で生まれるアイデアを形にし、理想のライフスタイルへと近づいていく。
サーフビデオグラファーの多くは自身もサーファーであるが、出演から編集までこなす者は少ない。クイオ・ヤングは、母がサーフィン業界にいた影響で幼い頃からサーフィンに没頭し、かつてWSL に出場していたほどの腕前を持つ。一方で映像クリエイターとしても活動し、旅をしながら作品を制作。自身が主演することで、彼の映像には独自の個性が生まれる。毎日サーフィンをする中で、誰かが撮った自分の映像を受け取り、それを見ながらアイデアを膨らませていく。「他のサーファーにアイデアを共有して意見を聞くのは気が引けるし(笑)、その時間があるならクリエイションに使いたい」と語るように、自ら撮影・編集し、試行錯誤を重ねるスタイルを確立。挑戦の連続を楽しみながら、作品を生み出している。
サーファーと映像クリエイター、二つの顔を持つクイオをもっともよく映し出した作品が『Bag Poi』だ。Poi(ポイ)は、タロイモの球茎を発酵させて作られるハワイの伝統的な主食。タロイモはハワイの神話や伝説にも深く関わっており、文化の中心的な存在、社会的な絆など、精神性において重要な役割を果たしている。オンラインスクールで農業学を学んでいたとき、クイオは本屋でポイに関する書籍を手に取り、人の人生の変遷と植物の成長の過程に多くの共通点があることに気づいた。その気づきがこの作品の着想となった。タロイモ畑とサーフシーンを交錯させ、アライア、ショートボード、ロングボードなど多彩なライディングを自身で披露しながら、畑仕事のシーンも織り交ぜた。音楽には亡き父の未完成のハワイアンミュージックを採用。「言葉では伝えづらい自分のアイデンティを表現する良い手段になった。自分が何者で、何をして、何を愛しているのか……。その一端を垣間見ることができる」。クイオの多面的な興味、両親から受け継いだもの、個性が表現されている作品を、ぜひ一度視聴してほしい。




初めてカメラを手にしたのは12歳の頃。Minolta X-500のフィルムカメラで、マニュアル撮影を独学で学んだ。カウアイの大自然に囲まれて育った彼が科学的視点から植物に興味を持ち、オンラインスクールで園芸科学を学ぶのは自然な流れだった。その後、サーフィンをしながら農園を経営し、コロナ禍の需要増もあり、ビジネスは成功。並行して趣味だった写真撮影が次第に仕事へと繋がり、サーフィン写真の販売や撮影依頼を受けるようになった。ある時、仲間と話し合い、ショートムービーを制作。地元の映画館で上映イベントを開くと、島内外から予想以上の観客が集まり、大盛況となった。これをきっかけに2019年、『Pulu TV』というメディアプロダクションを仲間と立ち上げる。「Pulu」とはハワイ語で「水をたっぷり含んだ状態」を意味し、何かに深く没頭するクイオの生き方を象徴する言葉だ。また、新芽、成長、豊かな土壌といった意味も含まれており、「Grow what we do(自分たちの活動を育てる)」という理念のもと情熱を注いでいる。
こうして映像制作が本格的な仕事となり、2021年にはフルタイムのキャリアとして確立。農園はビジネスパートナーに売却し、カリフォルニアに移住してSTAB Magazineで映像制作を担当。チャンスにも恵まれ、スキルを磨いていった。しかし2023年、仕事でハワイを訪れた際、「やっぱりここにいたい」と実感。シティライフも悪くなかったが、自分の生まれ育った自然豊かな場所にいるときとは違う。「自然を愛している。地球への感謝が、サーフィンやクリエイションのすべてに現れている」と語る。
クイオの特異な点は、“オタク気質”にあるかも知れない。興味を持ったことは徹底的に学ぶタイプで、「見た目では分からないかもしれないけど、知れば知るほど『こんなオタクは見たことがない』とよく言われる(笑)」と語り、その性格はフィルミングにも活かされている。メディアやビデオ制作などの学校には通っていないし、師匠もいなければ、手ほどきを受けた人もいない。自分の使うツールやカメラに関する本を読み漁り、YouTubeなどで研究を重ねるのが彼のスタイル。情報を整理し、独学で技術を磨く姿勢は学生時代から変わらない。「カメラも映像制作も学びに終わりはない」と、その探究心は尽きることがない。

現在、クイオは新しいフェーズに入り、自身が主演するのではなく、他者のストーリーを描くことにも関心を寄せている。レンズを通してその人の新たな一面を引き出し、彼らのビジョンやアイデアを形にすることに喜びを感じはじめている。
昨年の冬、海外に散らばる『Pulu』のメンバーが集結し、新作の撮影を行った。2025年の夏頃にリリースを予定しており、大規模なイベントも計画中だ。現在、クイオは理想に近い生活を送りながら、毎日サーフィンして、スキルを向上させている。しかし彼の最終目標は、表現活動家としての映像制作とイベント開催を定期的に行ない、それだけで生計を立てること。波乗りとクリエイションだけにフォーカスできる日が訪れることを夢見ている。
「僕にとって一番大切なのは、水の中にいること。理想の波に乗れれば、それだけで幸せ。仕事もサーフィンも成長し続けたい」。

クイオオカラニ・ヤング / Kuio-okalani Young
カリフォルニア生まれ、カウアイ島育ち。母はサーフイベントのプロデューサー、亡き父はミュージシャン。探究心旺盛で、サーフィンスキルも高い。ビデオグラファーとしても多くのクライアントを持つ多才なクリエイター。@kuioyoung
text_Alice Kazama
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #Kuio-okalani Young#Pulu TV#SALT...#04#STORIES behind THE WAVES#サーフフィルム
サーフィンは、自然との深い対話を楽しむ文化だ。波の動き、太陽の光、その中で生きるサーファーたち。そこには、瞬間ごとに無限の可能性が広がっている。その可能性を映し出すのが、フィルマーの仕事だ。映像は単なる記録ではなく、彼らの“フィルター”を通して生まれる表現であり、心象風景を形にする、繊細なプロセスでもある。彼らの頭の中には、どんなビジョンが広がっているのか? それぞれの視点を通じて、サーフィンの魅力をどう表現しているのか? 6人のフィルマーの情熱と創造の世界に、少しだけ足を踏み入れてみた。
2024年に、タバコの吸い殻のゴミからサーフボードを作るドキュメンタリー『The Cigarette Surfboard』を制作した2人。サーフコミュニティを通して海洋保護の問題に正面から立ち向かう。
北カリフォルニアで育ったベンは、8歳のときに古いビデオカメラを見つけたことをきっかけに、映像の世界に魅了される。スケートボードやサーフィンをする友人を撮影し、大学では映画とデジタルメディアを専攻。そんな彼が、サンタクルーズのサーフィンコミュニティを通じてテイラーに出会ったのは2014年。サーフィンへの情熱と環境問題への関心という点で、2人はすぐに意気投合。テイラーが大学のインダストリアルデザインの授業で制作するシーンをベンが撮影し、試験的に短編映像を作るなど、共同作業を始めた。転機が訪れたのは2017年。テイラーがカリフォルニアのビーチで拾ったタバコの吸い殻を使ってサーフボードを制作し、VISSLAとサーフライダーファウンデーションが主催する『Creators& Innovators Upcycle Contest』で優勝。この快挙が2人を新たなのステージへと押し上げた。
「自分たちには次に何ができるのか?」「世界のサーファーたちは海の環境を守るためにどんな活動をしているのか?」そんな疑問を抱いた彼らは、一歩ずつ行動を開始する。まず、シギーボード(タバコの吸い殻で作ったボード)を機能的なものにするため、トラビス・レイノルズやロブ・マチャド、ライアン・ハリス、マーク・アンドリーニなど、カリフォルニアの名だたるシェイパーに協力を依頼した。こうして本格的なシギーボードを完成させると、そのボードを持ってハワイやタヒチ、アイルランドなど世界各地を訪れ、プロサーファーや環境活動家などに実際に乗ってもらいフィルミングを進めた。また、タバコが環境や健康に及ぼす影響について専門家へのインタビューも行い、フィルムに組み込んでいった。やがて2人は、シングルユースフィルターの禁止を求め、行政へ働きかけるまでに至る。
「(フィルターがプラスチックであることから)タバコの吸い殻は、シングルユース文化を象徴している。拾った吸い殻を使ってサーフボードを作り、人々に伝えるうちに、より大きなストーリーを届けるべきだと気づいた」とベンは語る。




世界各地での撮影を終え、編集作業を始めたベンは膨大なフッテージの整理に圧倒されながらも、「3つのパートに分ける」手法を取り入れ、作業負担を大きく軽減させた。
ACT1では、テイラーのストーリーとコンテストでの優勝までの道のり、ACT2では世界を巡り、オーシャンアクティビストたちと出会う旅、そしてACT3ではテイラーがサンタクルーズに戻り、シギーボードを草の根運動の象徴とし、実際に行動するまでの過程を描いた。この構成により、映像は観客にとっても分かりやすいものとなった。
当初は10分程度のショートムービーとして制作する予定だったが、最終的には1時間半の環境ドキュメンタリーに仕上り、完成までに約7年を費やした。2024年の公開以降、彼らはアクティビストとしてシギーボードと共に旅をし、各国の映画祭への参加やサーフィンおよびビーチ関連のイベント出展、教育機関やコミュニティセンターで上映しながら、この活動を伝えようと奮闘している。
「編集をする上で他に大事にしていたことは?」と尋ねると、「きちんと寝ること」とベン。すると横からテイラーが「いや、全然寝てなかっただろ(笑)」とツッコむ場面も。実際、ベンは何年にも及ぶ制作期間中、寝る間を惜しんで作業に没頭していた。「こうした大きなプロジェクトでは、どうしてもプレッシャーを感じてしまう。でも、テイラーが何年もかけて素晴らしいジギーボードを完成させたように、自分もこのフィルムをきちんと編集してまとめる責任があると思った」。睡眠時間は少なかったものの、メンタルヘルスには気を配り、サーフィンしながら自分をリセットする時間を大切にした。

たった2人で始めたプロジェクトであるが、その過程では多くの人が携わっている。スタート当初から応援してくれる仲間や、SNS で発信したミニクリップに感銘を受けた人々が支援の輪を広げ、新たな人を繋げてくれた。各地のコミュニティのパワーも強く、まるで雪だるまのように大きくなっていった。「サーフィンは共通言語であり、世界中の人たちと繋がれるツール。僕たちのシギーボードは、場を和ませる役割も果たしている」とベン。彼らは常にオープンであることも心がけており、新しい人との出会いや会話を大切にしている。実際、2人はとても気さくで話しやすく、そんな人柄がこのプロジェクトの共感を呼び、広がり続けているのだろう。
これまでに多くの試練と挑戦を乗り越え、自問自答を繰り返しながら成長してきた。彼らの努力の結晶は、この1時間半のフィルムの隅々にまで感じられ、観る人の心を動かしている。
「このフィルムが世界中に広がり、永く受け継がれ、何世代にも渡ってインスピレーションを与え続けることができたら、それは本当に素晴らしいこと」とテイラー。「僕たちは、ビジュアル・ストーリーテリングの力が人々を行動へと駆り立てると信じている」とベン。2人は、この映像を観た人々がそれぞれのコミュニティへ持ち帰り、さらに広めて行くことを願っている。小さな一歩が、やがて大きな変化へと繋がると信じて。

Ben Judkins(ベン・ジャドキンス)、 Taylor Lane(テイラー・レーン)
カリフォルニア・サンタクルーズを拠点に活動。UCSB の学生時代に映画とデジタルメディアを学び、フィルマーとして活動するベンと、幼い頃からガレージでものづくりを得意とし、持続可能な制作物に取り組むテイラーのコンビ。
@thecigarettesurfboard
text_Alice Kazama
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください
TAG #Ben Judkins#SALT...#04#STORIES behind THE WAVES#Taylor Lane#The Cigarette Surfboard#サーフフィルム
独創的なアートとサーフィンで人気を博し、シェイピングも行うジャリーサ・ヴィンセント。自身のブランド「Pussy Surfboards」では“女性の逞しさ”を表現し、創造性豊なアイテムを展開する。
クイーンズランド州サンシャイン・コーストに位置するのんびりとしたサーフタウン、クーラムビーチ。真っ青な海に太陽が降り注ぎ、真っ白で滑らかな砂浜がどこまでも続く。ランダムなビーチブレイクの波が一年を通してコンスタントに割れ、ヌーサ・ヘッズまでクルマで20分ほどで行ける。この恵まれた環境で育ったジャリーサ・ヴィンセントは、兄のジェイクの影響で6歳頃からサーフィンを始めた。彼女が最初に手にしたボードは、ガレージセールで売られていたクラシックなシングルフィンだった。たった5ドルで手に入れたそのボードは美しいデザインで、何人かのサーファーに売って欲しいと頼まれたほどだった。両親はサーフィンをしていなかったため、兄とともに試行錯誤しながら技を磨いていった。
洋服の仕立屋だった母親の影響もあり、ジャリーサは幼い頃から「欲しいものは自分でつくる」というDIY精神が強かった。毎日のように絵を描き、ものづくりに没頭。中学1年生のときにはアートコンテストで優勝し、自分の作品に自信を持つようになる。サーフィンとアートに深くのめり込み、地元でも個性的な存在として知られるようになったジャリーサは、やがてオーストラリアのサーフィン誌『Surfing World』が主催するトリップに招待される。そこで、芸術的な感性を持つオルタナティブなサーファーたちと出会い、音楽や映像制作を通じて交流を深めていった。その過程で、オーストラリアを代表するフリーサーファー集団「RAGE」のメンバーと知り合う。RAGEは、卓越したサーフィンの技術とクリエイティブな才能を併せ持つ者だけが所属できるグループであり、ジャリーサはそのタレント性を認められ、メンバーに加わることとなった。

21歳になると、彼女はバイロンベイの内陸部に移住し、RAGEのメンバーであるエリス・エリクソンやボー・フォスターと共同生活を始める。シェイピングを生業とする彼らの姿を見学するうちに、ジャリーサも「次はお前が作る番だよ」と勧められ、初めてボードを削ることになる。兄のように慕うエリスの指導を受けながら、自らデザインしたテンプレートをベースに仕上げたボードは、これまで乗ってきた中で最高の乗り心地だった。この成功をきっかけに、ジャリーサはシェイピングに魅了され、それ以降、彼女が乗るボードはすべて自作するようになった。その後もエリスのアドバイスを受けながら技術を磨いていき、これまでに20本近くのボードをシェイプ。今後はさらに試行錯誤を重ね、自分のスタイルを確立していきたいと考えている。
「100本削れば、シェイピングの本質を理解できるはず」と語る彼女は、ボードの形をそのときの気分やインスピレーションに委ねながら、独自の表現を追求している。失敗が思わぬ結果をもたらすこともあり、最近もノコギリの角度を2インチ誤り短くしてしまったが、その偶然が最良のボードを生み出した。


ライディングスタイルでも独創性を発揮し、脚光を浴びているジャリーサ。主にスラスターのショートボードを愛用し、得意のレイバック・スラッシュでは波のフェイスにレールを深く入れ込み、閃光のようなスプレーをあげる。また、スリーシックスティやエアなど多彩な技を操り出し、男性顔負けのフリースタイルサーフィンを披露する。しかし、シングルフィンに乗るといつもの鋭いターンやスピードとは異なり、流れるようなスタイルに変わる。ショートボードでは「こうしたい、ああしたい」と常に考えているが、シングルフィンでは波と一体化する感覚を大切にし、波のエネルギーを活かした自然なラインを描く。特にサイズがある波のボトムターンでフィンがしなり、その反動で驚くほどのスピードが生み出される瞬間の、“あの感覚”がたまらないと語る。

2024年、ジャリーサはフィルムメーカーでパートナーのルカ・Rと共に、ミュージカルサーフィン映画『JUJU』を制作し、日本やヨーロッパで上映ツアーを開催した。脚本や音楽も自ら手がけたこの作品には、オッキーやクリード・マクタガートらも出演し、斬新な映像表現が話題を呼んだ。さらに、彼女は自身のブランド「PUSSY SURFBOARDS」を発表し、サーフィンとアートを融合させた独自のスタイルを確立している。
「ブランド名を考えたとき、『Heroin(女英雄)』などいくつか候補があったけど、最終的に『Pussy』に決めたの。サーフィン業界は男性中心の世界だから、女性らしさを前面に出したブランドを作りたかったの」と語るジャリーサ。「Pussy(猫)」という単語には、オーストラリアでは「女々しい」という意味もあるが、彼女はあえてこの言葉を選び、「Pussyボードに乗ることで女性が強くなる」というメッセージを込めた。さらにDIY感溢れるオリジナルアパレルも展開し、そのユニークな活動が注目を集めている。ビジネスよりもクリエイティブな表現を重視し、サーフィンを始めたばかりの女性たちが安心して相談できる場も提供していきたいと、大きな夢も語ってくれた。




現在、彼女はNSWミッドノースコーストの小さな集落に拠点を構え、サーフィンと創作活動、そしてベジガーデンの手入れをしながら、新たなプロジェクトを企画中だ。彼女の手から生まれるボードやアートワークは、どれも自由な発想と情熱に満ちている。次にどんな作品が生まれるのか……そのワクワクする未来から、目が離せない。

ジャリーサ・ヴィンセント
1998年生まれ、サンシャインコースト出身。フリーサーファー、画家、ミュージシャン、シェイパー。近年は精力的に映像制作を行い、2024年にはサーフィンとミュージカルを融合させたショートムービー『JUJU』をリリース。
photography & text _ Zack Balang
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「SALT…Magazine #04」 ¥3300
サーフィン、暮らし、生き方、そして思考をより本質的なものへと回帰。シンプルで持続可能な在り方を追求することこそが、真の豊かさにつながる。
<Contents>
⚪︎Burleigh Single Fin Festival
⚪︎未知なる領域へ̶̶ サーフィンの新境地
⚪︎シングルフィンを愛する10人のインタビュー
⚪︎STILL AND TRUE
⚪︎笹子夏輝 ~カリフォルニア・スタイル巡礼の旅
⚪︎サーフィンによるマインドセットのススメ
⚪︎Stories Behind the Waves
⚪︎今を生きるサーファーたちのダイアログ
⚪︎世界の果て、南ポルトガル・サグレス
⚪︎Column _ Miyu Fukada
オンラインストアにて発売中!
TAG #BACK TO BASIC BACK TO SINGLE FIN#JALEESA VINCENT#SALT...#04#シェイパー#ジャリーサ・ヴィンセント#シングルフィン
「あの頃はシングルフィンを持っているだけで笑われたりした。だからこそシングルフィンにどっぷりハマるのはクールで、そこからボードの乗り方を学び直すのが面白かった」。
オーストラリア最東端に位置し、自由な空気と潮風が満ちるユートピア、バイロンベイ。世界でも有数のサーフポイントを擁し、アートやオーガニックカルチャー、大自然が調和するこの楽園で、エリスは生まれ育った。
シェイパーだった父の影響を受け、幼少の頃からサーフィンに明け暮れ、11歳頃からコンテストに出場し、オーストラリアのジュニアタイトルを手にしたこともある。しかし18歳のとき、コンテストで使用される細くて薄いボードを操り、“ルールに従ったサーフィン”をすることに限界を感じ、徐々にサーフィンに対しての情熱が薄れていった。やがてコンテストの世界を離れ、新たな自分を見つけるためシドニーへと移住した。そこで旧友であり、サーフボードデザイナーのマット・チョナスキーと再会する。サーフィンの歴史や文化に造詣が深いマットの影響で、エリスは古いサーフボードやシングルフィンの魅力に目覚め、その奥深いカルチャーにのめり込んでいった。特に1967年以降、ジョージ・グリノーがカリフォルニアからオーストラリアに渡り、ボブ・マクタビッシュらと共にサーフボードの革新を生み出した時代に強く惹かれている。ロングボードが全盛だった時代に、ショートボードがどのように誕生したのかを学び、その歴史と文化に触れることで、新しい世界が開けたような感覚を覚えた。


子供の頃から父親がシェイピングする姿を見て育ったエリスが、本格的にシェイプを始めたのは20歳の頃。自ら作ったシングルフィンを試しながら改良を重ね、独自のスタイルを追求していく。コンテストから離れ、サーフボード作りに没頭する日々は新鮮で、探究心を持ってシェイピングに取り組んだ。ちょうどその頃、カリフォルニアからアレックス・ノストが訪れ、近所の駐車場で彼女とヴァン生活をしていた。ある土砂降りの日、せめて雨風をしのげるようにとエリスは彼を自宅に招き入れる。当時、アレックスはサーフィン業界の異端児として注目を集め、オルタナティブなスタイルで独自のサーフィンを追求していた。ロング、ミッドレングスのシングルフィンを駆使し、既成概念を打ち破るその姿に、エリスは大きなインスピレーションを受ける。当時のオーストラリアではショートボード文化が主流で、シングルフィンに乗る者は珍しく、ときには嘲笑されることもあった。しかし、アレックスたちは意に介さず、スタイリッシュなサーフィンを追求。音楽やアートと融合したクールなサブカルチャーとしてのシングルフィンの世界を確立していった。エリスは「好きなことを、好きな道具で、好きなようにやる」ことの大切さを学び、アレックスとは今も互いの家を行き来しながら、新たなボードデザインを研究している。

バイロンベイ郊外のサフォークパークやブロークンヘッドで毎日のようにサーフィンをしていたエリスは、子供の頃から近所に住むジョージ・グリノーの姿をよく見かけていた。ジョージは夜明け前にビーチに現れるとボートを海に出して、釣りに出かけるというファントムのような存在だった。26歳のとき、エリスはデイブ・ラスタビッチとモルディブへボートトリップに出かける。そこでデイブからジョージが考案したエッジボードを見せられ、そのコンセプトと乗り味に衝撃を受ける。帰国するとすぐにデイブを通じてジョージの元を訪れ、彼のシェイピングを間近で見て学ぶことに。エリスはエッジボードのデザイン哲学を理解し、自らの技術を磨いていった。83歳になったジョージは今でもサーフボード作りに対する情熱を失わず、新しい発見があればすぐに共有してくれる。さらに彼の教えはサーフクラフトにとどまらず、オーガニックなライフスタイルや健康にも及ぶ。エリスにとって、ジョージは単なる師ではなく、人生における大切なメンターである。

「シングルフィンに乗るときに大切なのは、マニュアル車を運転するようにギアの切り替えを意識すること。いきなりトップスピードを出すのではなく、波のエネルギーを活かしながら加速していく。たとえば、ボトムターンが『1速』、そこからハイラインに入ると『2速』、一度スピードを落としターンして『3速』、再びハイラインへ戻って『4速』といった具合に、段階的に加速する。シングルフィンは、適当に動かしてもスピードは出ない。波の力を最大限利用し、ボードと一体になって乗ることが大切だ。そして、フィンだけでなくレール全体を活かして乗ることがシングルフィンの真髄である。良いシングルフィンは、バランスの取れたレールと、適度なロールとタックエッジがあり、ボード全体がしっかり機能するように作られている。レールワークを意識して、前後に動きながらボードをコントロールすることが大切だ。モダンボードのようにフィンに頼ったターンではなく、ボード全体の動きを活かすことが求められる。そのため、乗るときはダンスを踊るようにボードの上でステップを踏み、自由に動き回るといい。“Like a Dance”—それこそが、シングルフィンが美しく見える理由なのさ」






エリスは、将来について特に決まった目標を掲げていない。ただ、その時々のフィーリングを大切にしながら、シェイピングを通じてサーフボードデザインに貢献していきたいと語る。その未知なる探究心に、終わりはない。

エリス・エリクソン
1989年生れ、バイロンベイ出身。ジョージ・グリノーが考案したエッジ・ボードデザインの継承者。現在はNSWミッド・ノースコーストに移住し、大自然に囲まれた家の裏庭にシェイピングベイを構え、日々ボードデザインを探求している。
photography & text _ Zack Balang
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください

「SALT…Magazine #04」 ¥3300
サーフィン、暮らし、生き方、そして思考をより本質的なものへと回帰。シンプルで持続可能な在り方を追求することこそが、真の豊かさにつながる。
<Contents>
⚪︎Burleigh Single Fin Festival
⚪︎未知なる領域へ̶̶ サーフィンの新境地
⚪︎シングルフィンを愛する10人のインタビュー
⚪︎STILL AND TRUE
⚪︎笹子夏輝 ~カリフォルニア・スタイル巡礼の旅
⚪︎サーフィンによるマインドセットのススメ
⚪︎Stories Behind the Waves
⚪︎今を生きるサーファーたちのダイアログ
⚪︎世界の果て、南ポルトガル・サグレス
⚪︎Column _ Miyu Fukada
オンラインストアにて発売中!
TAG #BACK TO BASIC BACK TO SINGLE FIN#SALT...#04#エリス・エリクソン#シングルフィン
「絵を始めたきっかけなんてないよ。子供の頃はみんな描くだろ? 俺はそれを続けてきただけだよ。ずっとね」。独自の道を歩み続けるオージーの、現在のライフスタイルとは?
「16歳のとき、ジュニアコンテストでアメリカの『SURFERS MAGAZINE』のインタビューを受けたんだ。そのとき、『チャンピオンになりたくない』って言ったら、それが記事の見出しになっちゃって(笑)」
オージーはその言葉通り、早い段階でコンテストを離れ、フリーサーファーやアーティストとしての道を歩み始めた。その後、WSLに出場しているオーウェン・ライトと名前をよく間違われるようになり、アーティスト名を「ライト(正しい)」ではなく、「ロング(間違い)」に改名する。

遊び心を常に忘れない。彼の佇まいはアンダーグランドの枠から突き出た、ポップアーティストのようだ
オージーと初めて会ったのは、5年前のパーティだった。そこにはサーファーたちも多く集まっていたが、中でも一際目を引く男がいた。背が高く、真っ黒に日焼けした肌、毛むくじゃらのたくましい腕、潮風に傷んだ金髪。穴の空いたTシャツには、カラフルなペンキが付着していた。その風貌から放たれるオーラはまさにサーファーそのもので、ポジティブなエネルギーに満ち溢れていた。
フリーサーファー、画家、ロックミュージシャン、ボルコムの看板ライダーとして、その圧倒的な個性とキャラクターは他のプロサーファーたちとは一線を画し、常に業界の最前線で活躍してきたオージー。シドニー郊外のノーザンビーチで生まれ育ち、幼少期から毎日波と戯れながらサーフィン漬けの日々を送った。高校時代には、最高で1日14時間サーフィンをしていたこともあるという。彼のアドレナリン全開のラフでパンキッシュなスタイルは、まさにその環境が育んだものだった。

1日1本のペースで、4本のボードにアートを施した。日本から輸入した中古のエルグランドに詰み込み、サーフショップへ納品
2001年、20代前半のオージーはヨーロッパやインドネシアを旅し、映画『156 Tricks』を制作。タイトル通り、156回のエアリアルやチューブライディング、スラッシュなどのトリックを、ビデオカメラとスーパー8で収録した。その斬新かつエッジの効いた映像は、カウンターカルチャーやオルタナティブ文化に傾倒する若者の間で瞬く間に話題となる。2004年には、トム・キャロルやケリー・スレーターなどレジェンドサーファーを収録した『DOPED YOUTH』を発表。この作品をきっかけにオージーは唯一無二の存在となり、その名は世界中に知れ渡ることとなる。

現在はレノックスヘッドから5分ほど内陸に入った、自然豊かなエリアに暮らしている。朝7時に目を覚ますとエスプレッソを淹れ、バナナを手にワゴン車で波チェックへ。お気に入りのレフトの波を見つけると、エキサイトした少年のように海に飛び込み、GoProを片手にチューブに入って自撮りをするのが日課だ。帰宅後はウクレレを奏でながらリラックスし、アート制作に取り掛かる。彼の作品はカラフル且つ大胆で、絶妙なバランスで色を組み合わせている。ユニークなキャラクターやメッセージ性のあるフレーズを多く描き、思わず笑ってしまうようなコミカルな要素も含まれている。これまでに1000本以上のサーフボードに絵を施し、仕事でも「楽しむことが最優先」というスタイルを貫いている。“Anti Bad Vibes Club(アンチ・バッド・ヴァイブス・クラブ)”というフレーズを使ったアートは彼のトレードマークであり、これは、「ネガティブなエネルギーを排除し、常にハッピーでいようぜ」というメッセージを込めたもの。最近ではミシンを購入し、リサイクルショップで買ったファブリックをつなぎ合わせたアートを制作している。その理由は、「大きな作品でも簡単に収納でき、海外へ持ち運べるから」だという。


家のバルコニーに散乱した筆を手に取り、おもむろにアートを描き出す。スプレー、アクリル、クレヨンなどを使い分け、カラフルに表現
また彼はミュージシャンとしての顔も持ち、『GOONS OFDOOM』というパンクロックバンドでベース兼ボーカルを務めている。20年前に幼なじみと結成し、毎晩のようにガレージでセッションを繰り返した。そのサウンドは彼らのライフスタイルそのもので、エネルギッシュなパーティロックである。社会的なメッセージを含んだ楽曲もあり、ライブでは常に大盛り上がりとなる。

オージーがベースとボーカルを務める『Goons of Doom』のミュージックビデオの撮影現場にて
普段はツインかトライフィンのショートボードに乗ることが多いオージー。操作性に優れ、エアに必要なスピードを得ることができるから。アーティストでもある彼は、シングルフィンのように決められたラインを走るメローなスタイルよりも、自由にラインを描き、ターンを刻みながら走るライディングを好む。その滑りは、まさに波のキャンバスにアブストラクトアートを描いているかのよう。それでもたまに、シングルフィンに乗ることもあるという。

「インドネシアのホローな波では、シングルフィンを選ぶことがある。友人のボードやその場にあるボードを借りたりもする。スラスターはスピードがつきすぎてチューブから飛び出してしまうこともあるけど、シングルフィンならポケットにしっかりハマり、ステイすることできる。波との一体感を長く楽しめるんだ」
彼は毎年バリで開催される「ウルワツ・シングルフィン・クラシック」に招待されており、2019年には1本の波で3度バレルを抜け、10ポイント満点を叩き出し優勝を果たした。仕事と遊びの境界をなくし、自由なライフスタイルを確立したオージー。今日もクレヨンを手に絵を描き、ウクレレを奏でながら鼻歌を歌い、周囲の人々を楽しませている。

オージー・ライト/ロング
1976年生まれ、シドニー・ノーザンビーチ出身。フリーサーファー、アーティスト、ミュージシャン。エアリアルの先駆者であり、唯一無二のスタイルマスター。日本にもファンが多い。
photography & text _ Zack Balang
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください

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サーフィン、暮らし、生き方、そして思考をより本質的なものへと回帰。シンプルで持続可能な在り方を追求することこそが、真の豊かさにつながる。
<Contents>
⚪︎Burleigh Single Fin Festival
⚪︎未知なる領域へ̶̶ サーフィンの新境地
⚪︎シングルフィンを愛する10人のインタビュー
⚪︎STILL AND TRUE
⚪︎笹子夏輝 ~カリフォルニア・スタイル巡礼の旅
⚪︎サーフィンによるマインドセットのススメ
⚪︎Stories Behind the Waves
⚪︎今を生きるサーファーたちのダイアログ
⚪︎世界の果て、南ポルトガル・サグレス
⚪︎Column _ Miyu Fukada
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