海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Naomi Folta ナオミ・フォルタ
アメリカ東海岸出身。沖縄とボストンにルーツを持ち、サーフィンとスケートを軸に世界を旅する、「GRLSWIRL」のライダー兼クリエイター。多文化環境で育った経験を強みに、海とコミュニティを通じて女性が自分らしく挑戦できるスペースを広げる活動を続けている。
あなたのことについて教えて
アメリカ東海岸・北バージニア州の出身で、母は沖縄、父はボストン出身。小さい頃から沖縄空手をはじめて、チアリーディングや体操、陸上など、両親が勧めてくれたスポーツをとにかくいろいろ経験してきた。毎年夏になると沖縄に行って、母が通っていた地元の小学校・中学校・高校に1ヶ月ほど通いながら、父の空手道場のコミュニティの中で過ごしていた。いつも沖縄の文化がすぐそばにあって、すごくアクティブな環境で育ったと思う。
スケートボードとサーフィンを始めたのは20代に入ってから。大学では機械工学を専攻して、卒業後は1年間エンジニアとして働いていた。でも、「やっぱりスケートもサーフィンも、好きなときにできる生活がしたい!」と思うようになって、仕事を変えた。それが、私の人生を大きく変えるきっかけになった。
今はGRLSWIRLという女性だけのスケートチームのライダー(8〜9人いるメンバーのうちのひとり)として活動しながら、グラフィックデザイナー、イラストレーター、モデル、そしてSNS関連のフリーランスも手掛けている。子どもの頃からいろいろなことに挑戦してきたから、複数のことを同時にやるのはわりと慣れている。
サーフィンを始めたきっかけ
一人旅やバックパッキングが大好きで、大学卒業後に東南アジアを約1年かけて旅した。旅の途中でフィリピンに辿り着いて、サーフィンもダイビングもハイキングもできるし、何をしようか考えていたとき、ホステルで出会った人に「これからサーフタウンに行くけど、一緒に行かない?」って声をかけてもらった。そして向かったのが、サンフアン・ラウニオン(San Juan La Union)。そこで初めてサーフレッスンを受けて、多くの人がそうなるように、あっという間にハマってしまった。「ちゃんと乗れるようになるまで、この町を離れない」って決めて、気づいたら2ヶ月くらい滞在していた。そこが、私が本当にサーフィンを覚えた場所。
今はロングもショートもどちらも好きで、憧れのサーファーは、ジョージー・プレンダーガスト。滞在していたサーフタウンには女性ロングボーダーがすごく多くて、彼女たちの華麗でスタイリッシュなライディングを見るたびに、もっと上手くなって「クロスステップして、ノーズまで行きたい」って思うようになった。
お気に入りのスポットは、太平洋側のメキシコ。よく行くエリアで、大好きな波がたくさんある。次に行きたい場所は、フィリピンのシャルガオとモロッコ。


日本とアメリカの両方で育った経験、それが今の自分にどんな影響を与えている
沖縄は西洋文化の影響も強く受けていて、そこが少し特別な感じ。一番違いを感じたのは“責任感”の部分だった。日本の学校では、自分たちで教室を掃除したり、給食を取りに行って配膳したり、「自分たちでやる」ことが当たり前。それがすごく新鮮だった。アメリカの学校では、そういう経験がなかったから。
アメリカの学校は、また違う意味で自由というか……。女の子でもサッカーをしたり、大きな声で笑ったり、ちょっとアグレッシブでも全然OK。でも日本の学校に行ったとき、男の子たちとサッカーをしたくても、一緒にやりたい女の子が全然いなくて、「え? みんなどこ?」って思ったのを覚えている(笑)。そういう文化や空気感の違いを見るのが、すごく面白かった。
沖縄では、“アメリカの私”と“日本の文化を大切にする私”を、自然と使い分けていた。当時はまだSNSが普及していなかった2000年代で、私や兄、他のハーフの友達は、周りの子たちから「誰?」「何してるの?」「アメリカってどんな感じ?」と、すごく興味を持たれる存在だった。
そうした経験から、自然と適応力が身についたと思う。どんな場所でも自分を調整して馴染めるし、文化や背景の違う人の気持ちも理解できるようになった。毎年同じ友達に会っていても、学校に通うのは1ヶ月だけだから、いつも“新しい転校生”みたいな感覚。それが、人の気持ちに寄り添う力や共感力につながったと思う。責任感も強くなったし、自分でいろいろできるようになったことで自信もついた。その感覚は旅をするときにもすごく役立っていて、どこに行っても自分で立て直せるし、環境にもすぐ順応できる。女性としても、「女の子だって、自分の世界を広げていい」「挑戦していい」という感覚が、自然と身についた気がする。
GRLSWIRLでの活動
GRLSWIRLのチームライダーとして声をかけてもらったのは、2年近く前。カリフォルニアに引っ越したのが2022年8月で、そのときは仕事もなくて、手元のお金も1,000ドルくらい。叔父さんの家にお世話になっていた。それでも、「サーフィンとスケートを思いきりやって、たくさんの女性たちとスポーツを楽しむ生活がしたい」という気持ちが強かった。GRLSWIRLの本拠地がヴェニスだと知ったとき、「これだ」って思った。初めて参加したスケートのミートアップは、本当に魔法みたいな時間だった。50人以上のガールズたちが集まって、ヴェニスのスケートパークから桟橋まで、みんなでスケートしていく。その光景は、まさに思い描いていたカリフォルニアのシーンだった。周りは素敵な女性ばかりで、スケートして、サンセットを見て、笑って。ただ一緒に滑っているだけなのに、心の底から満たされる時間だった。その瞬間から、「この感覚をずっと感じていたい」「この人たちと一緒にいたい」と思って、すべてのイベントに参加して、ボランティアも続けた。そうして活動しているうちに、いつも積極的に参加してスケートしている姿を見てくれていたメンバーから、チームに入らないかと声をかけてもらったの。今はチームの一員として、同じような境遇のガールズたちを支えながら、コミュニティを広げている。


海、自然との関係を言葉で表すなら?
子どもの頃から沖縄でたくさんの時間を過ごしてきたから、海は私にとってすごく身近で、安心できる場所。家族や友達がいつも海に連れて行ってくれて、シュノーケリングをしたり、ボートに乗ったり、泳いだりしていた。だから自然とのつながりは、ずっと強く感じている。自然は、自分に戻れる場所であり、好奇心を思い出させてくれる場所。海にいると「帰ってきた」っていう安心感があって、サーフィンをしているときは、力強さとしなやかさ、その両方を自分の中に感じられる。
これからの目標
ロサンゼルスのNPO「Los Courage Camps」でボランティアとして活動し、さまざまなバックグラウンドを持つ子どもたちに、無料でサーフィンレッスンをしている。サーフィンって、実はハードルの高いスポーツ。サーフボードやウェットスーツが必要だったり、海に行くにはクルマが必要だったり、LAだと駐車場代もかかったりして、それだけで大きな負担になる。私たちは、そうしたハードルをすべて取り払って、ボードもウェットもレッスンもすべて無料で提供している。人生で初めて海に入る子や、その年に初めて海を見る子もいる。私の夢は、サーフィンを通して、彼らが一緒にサーフトリップに行ける友達に出会ったり、何でもシェアできるサーフコミュニティを見つけてくれること。
もうひとつの大きな夢は、沖縄でローンチしたGRLSWIRLをサポートすること。立ち上がったばかりだけど、その広がりを手伝いながら、レベルや見た目に関係なく、誰でもスケートを楽しめるコミュニティを育てていきたい。


あなたの生活に欠かせない3つのもの
コラージュジャーナル、サーフボードとスケートボード、それからピクルス。
これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス
大切なのは、「こうなってほしい」という期待を手放すこと。新しいことを学ぶときや、新しい場所に行くとき、何かを始めるときは、その結果よりもプロセスにちゃんと向き合って、今この瞬間を感じることが大切だと思う。期待で自分を縛ってしまうと、その時点で可能性は狭まってしまう。だからこそ、目の前で起きるいろいろな経験をそのまま受け止めて、プロセスを楽しむこと。それが一番大事だと思っている。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #GRLSWIRL#Naomi Folta#Ocean People#ナオミ・フォルタ#ビーチライフ#連載
海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Emma Danzo エマ・ダンゾ
アメリカ出身、現在はバイロンベイを拠点に様々なブランドのマーケティングを行うクリエイティブディレクター。海と旅から得たインスピレーションを軸に、ストーリーのあるビジュアルとブランド体験を創出している。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちは、ニューヨークからクルマで45分ほどのニュージャージーにある小さな街。父がイタリア出身だったこともあり、幼い頃から家族みんなで料理をしたり、家族同士のつながりを大切にする環境で育った。旅行にもよく出かけ、毎年少なくとも一度はイタリアに帰って家族に会い、ヨーロッパ各地も旅していた。アメリカに住みながらも、アメリカとイタリア、両方の文化の中で育ってきたように感じている。
18歳のときにカリフォルニアへ移り、サンタバーバラの大学でコミュニケーションを専攻した。在学中にパンデミックが起こり、友人がサーフィンをしていたこともあって私もサーフィンを始めた。それが人生を大きく変えるきっかけになったの。
大学で学んでいたマーケティングと、夢中になっていたサーフィンを結びつけたいと思うようになり、サーフィン業界でキャリアを築きたいと感じ始めた。パンデミックを通して働き方が大きく変わり、オンラインで働くことや、ブランドがSNSを通じて人々とつながる時代に移行していくのを肌で感じていたわ。
私はデザインも写真も文章を書くことも好きだったから、SNSはそれらをすべて結びつけられる理想的な場所だった。最初はサンタバーバラにあるサステイナブルな日焼け止めブランドでフリーランスとして働き始め、その会社を通じて多くのパートナーシップやつながりが生まれ、ブランドを大きく成長させることができた。次第に、同じような仕事を依頼したいというブランドが私のもとに来るようになり、気づけば小さなサステイナブル系サーフブランドや非営利団体を中心に、自分の専門領域のポジションが自然とできあがっていたの。特に営業や宣伝をしなくても仕事が途切れず、ビジネスが自然と形になっていき、そのおかげでフルタイムで旅をしながら働く生活が実現した。
大学卒業後、家にあったものをすべて手放し、バリ行きの飛行機に乗って数ヶ月過ごした。その後オーストラリアに移住し、気づけばもう2年。バイロンベイを拠点に、バリに戻ったり、アメリカに帰ったり、ヨーロッパへ行ったり、世界中のサーフスポットをめぐりながら、仕事でつながったブランドの人たちに実際に会い、思い描いていた日々を過ごしている。
オーストラリアへの移住
幸運なことに約半年前、世界的に有名なシェフから声をかけてもらったの。ミシュランの星を持つシェフで、彼が自分の会社2社のSNSとマーケティングマネージャーとして私を雇ってくれた。その縁でビザのスポンサーにもなってくれ、この半年は私にとって大きな転機だった。
フルタイムで旅をしながらビジネスを回す生活は素晴らしい経験だったけれど、正直疲れることも多かった。多くを学び、たくさんの出会いがあり、本当に感謝しているし、やりたかったことは全部やれたと思う。これからはもう少し “普通の生活”、つまりルーティンがあって、家があって、友だちやコミュニティがあって——そんな環境の中で、オーストラリアで腰を落ち着けてキャリアを積んでいく時期に入ったと感じている。


サーフィンを始めたきっかけ
初めてサーフィンをしたのは5年前の2020年。当時、親友の友人が、子どもの頃から海に入っているような上手なサーファーの男の子と付き合い始め、その彼が一緒にサーフィンしようと誘ってくれた。その日の海はまったく怖くないコンディションで、カリフォルニアの暖かく心地いい日差しが広がる、とても気持ちいい日だった。
波に合わせてパドルして、立ち上がった瞬間の感覚を今でも覚えている。本能的に体が動いたようにスッと立てて、海との“つながり”というか、「あ、知っている感覚だ」と思うような不思議な懐かしさが一気にこみ上げてきた。海と完全につながったような感覚だった。
好きなサーファーは Torren Martyn(トレン・マーティン)。彼のエフォートレスなスタイルが本当に好き。私はミッドレングスからサーフィンを始めたので、少し大きめのボードで、しかもサイズのある波でも軽々とターンしていく姿に強く影響を受けたわ。普段はシングルフィンのミッドレングス、ツインフィン、そしてロングボードにもよく乗っている。
お気に入りのサーフスポットと次に行きたい場所
バイロンベイの “The Pass”。多くの人に愛されるスポットだけれど、私にとっては本当に“ホーム”のような場所。パドルアウトするたび、みんなニコニコしていて、混雑にイライラしている人もたまにいるけれど、顔見知りが多いからコミュニティの温かさをいつも感じる。波はいつも最高で、ほとんどどんな日でもサーフィンできるし、水は透き通っていてイルカもいて、景色も本当に美しい。ここに来ると必ず幸せな気持ちになる。
次に行きたいのは日本! バイロンベイにも日本人の友達がいて、彼らの育った場所を見に行く旅をしたい気持ちがどんどん強くなっている。


何か新しいことを始めたい人へのアドバイス
怖さや不安、「できないかもしれない」という気持ちに引っ張られるのは普通のこと。多くの人が「それは無理」「大変すぎる」と言うかもしれない。だけど、自分の情熱に従うとき、宇宙が後押ししてくれるように物事が動き始める。自分を信じ、自分のビジョンを信じ続ければ、実現する方法は必ず見つかる。
面白いことに、目標に集中してまっすぐ向かっていると、現実が少しずつ形になっていく。無意識のうちにチャンスや出会いを引き寄せ、その“現実”を自分で創っていくことができるようになる。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Emma Danzo#Ocean People#エマ・ダンゾ#ビーチライフ#連載
海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Patricia Phithamma パトリシア・ピサンマ
ハワイ生まれサンディエゴ在住。機能性とデザインを兼ね備えたスイムウエアブランド「Tan Madonnas」を立ち上げ、海を愛するすべてのアクティブな女性たちに向けて発信している。
あなたのことについて教えて
生まれはハワイのオアフ島。6歳のときにアメリカ本土のワシントン州へ引っ越したけれど、それ以降も頻繁にハワイには戻っていた。父がサーファーだったこともあって、幼い頃から海で過ごす時間が大好き。いつか自分もあんなふうにサーフィンができたら──とずっと憧れていた。
高校を卒業した8年前、カリフォルニアのサンディエゴにへ移り住み、今もここを拠点に生活している。サンディエゴは、サーフィンとアメリカのカルチャーがバランスよく混ざり合う、とてもクールなサーフタウン。サーフィンを本格的に始めたのも、この街に引っ越してきてから。
お気に入りのサーフスポットは地元のラホヤ。特別に波がいいわけではないけれど、海に行けば必ず友達に会える。その“ホーム感”がたまらなく好き。
そして、世界で最もパーフェクトな波がある──インドネシアのメンタワイ諸島。あそこは本当に特別だと思う。
次に行きたい場所はモルディブ。楽しそうなライトの波がたくさんあるし、サーフィン以外にもできるアクティビティが充実してるから、近々行きたいと思っている。
ブランドを始めたきっかけ
スイムウエアブランド 「Tan Madonnas」を立ち上げたのは2022年。海の中でもしっかりホールドしてくれるビキニ、そしてアクティブウエアとしても着られるデザイン性のあるビキニをずっと探していたけれど、なかなか“これだ”と思えるものに出合えなかった。それに、サンディエゴ発のブランドって意外と少なくて、だったら、自分で作ってみよう! と思ったのがきっかけ。最初は試行錯誤の連続だったけど、今ではブランドの方向性も明確になり、どんなデザインを展開していきたいかもクリアになってきた。やっと軌道に乗ってきたなって感じている。
「Tan Madonnas」を着た女の子たちがサーフィンやスケートをしている写真を見ると、「本当に作ってよかった」と心から思う。これからの目標は、もっと多くの人に手に取ってもらうこと。そして、アクティブでクールなガールズたちが繋がれるコミュニティや、サーフトリップなども企画していきたいと思っている。


海、自然との関係を言葉で表すなら?
海のない生活は考えられない。仕事で行き詰まったとき、リフレッシュするためにパドルアウトして、思いがけずいい波に乗れた瞬間に、ムードが一気に変わったりする。サーフィンをしていなかったら行かなかったような場所にも行くようになったし、海以外では出会えないような面白い人たちにも出会えた。いい意味で、サーフィンは人生を変えてくれたと思う。
他のスポーツや趣味と違って、サーフィンには終わりがない。長く続けているからといって必ず上手くなるわけじゃないし、ひとつの技を習得するのに何年もかかることもある。それに気づいたとき、焦らず自分のペースで続けようと思えた。サーフィンは私の人生の一部だし、これからもずっと人生の基盤であり続けると思っている。
あなたの生活に欠かせない3つのものは?
ビーチサロン、サーフボード、そしてもうひとつはすごくランダムだけど——アイブロウペンシル!


何か新しいことを始めたい人へのアドバイス
何かを始めるときに、すべてが揃うまで待たなくてもいいと思う。まずは始めてみて、そこから試行錯誤を重ねればいい。完璧なタイミングなんてないと思う。
そして、ときにはプロの力を借りることも大切。ウェブサイトを作ってもらったり、デザイナーに相談したり。自分では気づけない視点を持っている人たちから、学べることって本当にたくさんあるから。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Ocean People#Tan Madonnas#パトリシア・ピサンマ#ビーチライフ#連載
海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。


Profile
Jessica Multini ジェシカ・マルティーニ
Uriel Jean Armel ウリエル・ジーン・アーメル
バリ島ウルワツ在住。ウルワツにあるサーフショップショップ「KARMAFREE Surf Shop & Café」のオーナー。エシカルで地球に優しいプロダクトを販売しながら、自然に寄り添い、波ともに暮らしている。
あなたのことについて教えて
Jessica Multini:
ブラジルのサンパウロ出身。ブラジルにいた頃は心理学を学びながら企業で働いていたけど、正直あまり幸せじゃなかった。常に不安や鬱のような感覚があり、自分自身や自然から切り離されているように感じていた。そんな時に出合ったのがヨガや瞑想。それをきっかけに少しずつ自分を取り戻し、約11年前にアジアを旅することを決意した。
そしてバリに来て、自然への祈りやお供え物の文化に触れたとき、日々を献身的に生きるその姿に心から惹かれた。その瞬間からバリに恋をし、気づけばもう11年近くここで暮らしている。
Uriel Jean Armel:
生まれ育ちはフランスのビアリッツ。インドネシアに来たのはもう10年前のこと。当時は国際ビジネスを勉強していて、インターンシップのためにシンガポールに滞在していた。その頃からインドネシアへ頻繁に旅をするようになり、この土地の文化や波の良さにどんどん惹かれていった。
そこから少しずつ道がインドネシアへと繋がっていき、勤めていた会社を辞め、自分を新しく作り直すようにして映像や撮影の仕事を始めた。スマトラの離島にあるリゾートでフォトグラファー兼ビデオグラファーとして過ごした時期もある。そして昨年は、仲間と一緒に制作したドキュメンタリー映画を公開。そのタイミングで、自分たちのショップ「KARMAFREE」をバリ・ウルワツにオープンして、大きな節目を迎えた。
ショップ「KARMAFREE」を始めたきっかけ
Jessica:バリに移住したとき、私は不安や鬱を経験した後で「自分の本当の目的に沿ったことを創りたい」と強く思っていた。ヨガや瞑想はその過程で大きな助けとなり、「どうすれば自分の内側に秘められた想いを表現し、分かち合えるのか」という問いを探すようになった。
その答えのひとつが“創造”だった。インドネシアのサステナブルな要素を取り入れ、小さなブランド MEISOUを立ち上げ、ジャーナル用のノートやヨガ・瞑想用のクッション、ヨガウエアなど、自己の成長を支えるアイテムを販売し始めた。私は常に「バリの人々とどのように協力し、自然を傷つけない形でプロダクトを開発できるか」に関心を持ち続けてきた。それが今の活動の原点になっている。
その後Urielと出会い、海とのつながりを深く持ち、強い情熱を抱く彼の影響で私もサーフィンを始めた。波に乗ることを学ぶ中で、自然とふたりで「情熱を組み合わせて何かを創ろう」という流れになっていった。



Uriel:KARMAFREEをオープンしたのはパンデミックの頃。私たちはバリ北部のバリアンに住んでいて、ある朝、長いビーチウォークに出かけた。雨季のビーチは大量のゴミで覆われていて、とても拾いきれない。だから「歯ブラシと歯磨き粉だけに絞ろう」と決めて拾い始めた。家に戻ると、ジェシカが「それを全部どうするの?」と聞いてきた。私は「カルマを浄化しているんだよ」と答えたことを覚えている。人は生まれてからいったい何本の歯ブラシと歯磨き粉を使ってきたのだろう。そのいくつかは違法な埋め立てやビーチに流れ着き、また自分たちの目の前に戻ってくる。これはまさに“カルマ”だと思った。そこから「カルマのないプロダクト、つまり“Karmafree”なものを作るべきだ」というアイデアが生まれた。私は本気で、ガラス瓶に入った化学物質を使わない歯磨き粉を作りたいと思った。レシピを調べて実際に作ってみたが、味があまりにもひどく「これは無理だ」と諦めた。つまり名前は決まったものの、肝心の中身はまだ何もなかった。残ったのは「KARMAFREE」という名前だけだった。
ちょうどその頃、自分のセルフドキュメンタリー制作にも取り組んでおり、資金を集めるためのトレーラーを完成させ、ウルワツやチャングー、ウブドなどバリ各地で上映会を開いた。上映会用に着るシャツが欲しくて、お気に入りのデザインをもとにジェシカに作ってもらった。それが天然染料とオーガニック生地を使った、藍の植物で染められたインディゴブルーのシャツだった。
上映会では多くの人から「そのシャツ素敵!」「どこで買えるの?」と声をかけられ、そこから少しずつシャツ作りを始めた。やがて多くの人に求められるようになり、嬉しい成功体験となった。その流れの中で「自分たちのクリエーションを発表する場を持ちたい」「人々がつながれる場所をつくりたい」と思うようになった。ただモノを作るのではなく、もっとエシカルで責任ある形で、地球を汚さず資源を浪費しないやり方で創造を続けること。それが“KARMAFREE”の根底にある想いだ。
そしてショップを訪れる人々との会話を通じて、その可能性を共有していきたいと考えている。「プラスチックのパッケージを紙やガラスに変えてみた」――そんな小さな工夫でも、コミュニティで分かち合うことでお互いにインスピレーションを与え合い、持続可能な未来への移行を後押しできると信じている。

サーフィンを始めたきっかけ
Uriel:生まれ育ったフランスではほとんどサーフィンをしておらず、本格的に始めたのは20歳のとき、メキシコへの交換留学がきっかけだった。メキシコでサーフィンに出合い夢中になった。当時一緒にいた友人がすごく上手なサーファーで、その冒険についていくようにしてサーフィンを続けた。
でも正直、私にとっては半分“自殺行為”のようなものだった(笑)。何度も危険な状況に飛び込んでしまったけど、その経験が逆に「自分はこれからどこへ向かうべきか」という羅針盤のようになった。
大学では国際ビジネスを専攻していたものの、授業はあまり楽しめず、就職先も都市部が中心だった。リタイアして身体がボロボロになってからサーフィンを始めるなんて考えられなかったら、学生ローンを返し終えたタイミングで「これからは本当にやりたいことに集中しよう」と決めて、インドネシアに移住した。それ以来、波と共に生きている。次に行きたい場所はフレンチポリネシア。

海、自然との関係を言葉で表すなら?
Jessica:サーフィンをしているときはもちろん、ビーチを歩いているときやハイキングをしているときもそう。自然の中にいるときは、“今”という時間に集中できる。日常の喧騒に邪魔されることなく、その場所や、そこにいる人との会話を楽しめる私にとって大切な時間。
あなたの生活に欠かせない3つのものは?
Jessica:良質な睡眠、自然の中で過ごす時間、瞑想
Uriel:旅をすること、サーフィン、家族と友達

今後の夢や目標は?
Uriel:洋服や食べ物といったクリエーションを通して表現を続けながら、その枠を少しずつ広げていきたい。そして同時に「これをもっと記録に残したい」という想いも強くなってきた。そのひとつの形として、ポッドキャストの制作も考えている。これまで私たちにインスピレーションを与えてくれた人たちにインタビューを行い、その声をシェアすることで、さらに多くの人が互いに刺激し合える場をつくりたい。
正直、世界で起きている破壊や環境問題を目の当たりにすると、希望を失いそうになることもある。だからこそ私たちは、お互いに光を分かち合い、励まし合うことが必要だと思う。ポッドキャストはその一つの方法であり、今後はショップでのコミュニティイベントも増やしていきたいと考えている。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Karmafree#Ocean People#ウリエル・ジーン・アーメル#ジェシカ・マルティーニ#ビーチライフ#連載
海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Sky Gundry スカイ・ガンドライ
ニュージーランド出身。幼い頃から海と共に育ち、現在は自身のサーフスクールを運営しながら、サーフリトリートを主催している。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちはニュージーランド北島のケリケリという場所。高校時代、サーフィンを教えるコミュニティを立ち上げたことをきっかけに、以来フルタイムでサーフスクールを運営している。
インドネシアが大好で、毎年サーフトリップで訪れている。今年9月には、ロテ島で初めてのリトリートを10日間開催する予定。ライクマインドなガールズたちと出会えるのを、今からとても楽しみにしている。
幼い頃から海は常に身近な存在で、父がサーファーだったこともあり、物心ついたときにはすでにサーフボードが遊び道具のひとつだった。8歳でサーフィンを始め、高校時代はコンペにも出場していた。それが今ではパッションとなり、仕事にもつながっていることにとても感謝している。
お気に入りのサーフスポットは、ホームの近くのタウポ・ベイ。ビーチブレイクでどんなレベルのサーファーにも最適だけど、スウェルが入ればバレルにもなるスポット。ここで何度も最高のセッションを重ねてきた、お気に入りの場所。次に訪れたいのはロンボク島とフィリピン。多くのサーファーからその魅力を聞いていて、近いうちに必ず行きたいと思っている。


海、自然との関係
海にいると心が落ち着き、自分自身も穏やかになり、地に足がついた感覚を得られる。その時間はとてもパワフルで、自信や強さを育ててくれる。海は成長するための特別な場所であり、自分と向き合うきっかけや新しい気づきを与えてくれる存在。海が当たり前にある生活にとても感謝している。
高校時代は、多くのティーンエイジャーと同じように、人間関係やいじめで苦しんだ時期があった。だからこそ、サーフィンはより一層特別な存在となった。父や家族と自然の中で過ごす時間によって、学校での悩みから少し離れられ、サーフィンに没頭することが救いになった。状況を俯瞰することで自分を取り戻し、「本当に大切なものは何か」を考えることができた。サーフィンはあの時期を乗り越える大きな支えであり、今の自分をつくる力になってくれた。


あなたの生活に欠かせない3つのものは?
サーフボード、4歳年下の妹、カメラ。一緒にサーフトリップに行ける妹がいることって最高だし、サーフィンを通じて彼女との絆も一層深まった。

今後の夢や目標は?
サーフスクールをさらに成長させたい。そしてずっと計画してきたリトリートを本格的にスタートさせたいと思っている。まずは9月のリトリートを成功させ、来年はより多くの場所で開催できたらと思っている。サーフィンは私にとってとても大きな意味を持つものだからこそ、その魅力を他の女性たちとシェアしたい。海を通じて女性たちが文化や人とつながれる場をつくること。それが今の私の大きな目標のひとつ。
何か新しいことを始めたい人へのメッセージ
自分がやっていること、自分という存在そのものに自信を持つこと。「それで大丈夫」「きっと上手くいく」と思えることが大切。やると決めたならしっかり向き合い、思いきってチャレンジしてみてほしい。たいていのことは進めばうまくいく。未知の不安が一歩を妨げることもあるかもしれないけど、だからこそ自分を信じて、選んだ道を歩んでほしい。

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Ocean People#スカイ・ガンドライ#ビーチライフ#連載
海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Sophie Fletcher ソフィー・フレッチャー
オーストラリア・フィリップアイランド出身。フリーサーファー兼グラフィックデザイナー。世界中を旅しながら、サーフィンとアートを通じて“自由に生きる”ことの魅力を発信している。
あなたのことについて教えて
生まれ育ちは、オーストラリア・ビクトリア州南部にあるフィリップアイランドという場所。両親がサーファーだったから、物心ついた頃から海がすぐそばにある生活をしていた。11歳のときに本格的にコンテストに出るようになって、地元のボードライダーズクラブや州の大会、国内の大会などに出場してた。その後、約5年間はWSLのQS(予選シリーズ)を転戦してて、いろんな国を旅しながら試合に出てた。2020年のパンデミックで旅が制限され、大会に出る機会は減ったけど、今でもフリーサーファーとして旅をしながら波に乗ることが生活の一部となってる。
今はゴールドコーストとバイロンベイの間にあるキャバリタという町に住んでいて、グラフィックデザイナーの仕事をしながら、“サーフィン × 旅”のライフスタイルを楽しんでる。


デザインを始めたきっかけは?
子供の頃から絵を描いたり、何かをデザインすることは好きだったんだけど、5年ほど前、友人のサーフボードにマンダラアートを描いたら予想以上にうまくできて、周りの反応もすごくよかった。そうしたきっかけが後押しとなり、パンデミック中に自分のウェブサイトを立ち上げて、本格的にデザインを仕事にしていくことにしたの。
そのあとNSWへ引っ越したタイミングで、地元のマーケットに出店し始めて、自分でデザインしたステッカーやポストカードを売るようになったの。そういう場所では、感覚を持った人々と出会うことができたし、今もその出会いの一つひとつがわたしの糧になっている。マーケットでの販売は、今でもわたしの大切な活動のひとつ。作品を手に取ってくれた人と直接話ができ、その場でリアクションをもらえることが何より嬉しい。この仕事は、わたしにとって“趣味の延長”のような感覚でもある。好きなことを形にして、それを誰かが喜んでくれる今の環境には、心から感謝している。



サーフィンのキャリアと現在のスタイル
QS時代は、世界中を旅しながら試合に出る日々が本当に楽しかった。その一方で、いつも旅費や滞在費のことを考えながら行動しなければならず、時には勝つために戦略的なサーフィンを求められることもあった。プレッシャーの中で戦うのは簡単ではなかった。
今でも友人の試合を見ていると、あの頃の緊張感や高揚感を懐かしく思うことがある。でも今は、賞金や順位に縛られず、自分のスタイルで波に乗る自由なサーフィンを楽しんでいる。'90年代をテーマにした大会などにも出場していて、プレッシャーから解き放たれたような感覚。今の自分には、この“楽しむことを最優先にする”スタイルがとてもしっくりきている。
これまでのサーフィン経験の中で、最も印象に残っている場所は南アフリカのJ-Bay。パワフルで長く続く波は、カービングやスナップが得意なわたしのサーフィンスタイルとぴったり合う。インドネシアも大好きな場所のひとつ。いつ訪れても完璧な波に出合えるし、オーストラリアからも近くて行きやすい。
次に行ってみたい場所はモロッコ。写真や映像で見るあのライトハンドのポイントブレイクに、一度は乗ってみたい!
あなたにとって「海」とは?
わたしにとって海や自然は、「自由になれる場所」。現代の生活では、スマートフォンやSNSが常にそばにあり、誰が何をしているか、すぐに目に入ってしまう。そうした日常から意識的に距離を取れるのが、サーフィンの時間。完全にオフラインになって、自然と一体になる感覚。それを家族や友人、パートナーと共有できることは、かけがえのない喜びだと思う。波をシェアしながら、海の中で笑い合う——そんな瞬間があるからこそ、わたしはサーフィンをやめられない。
あなたの生活に欠かせない3つのものは?
サーフィン、心から信頼できるパートナー、家族。

今後の夢や目標は?
キャリアの面では、ヨーロッパのマーケットに出店したいと思っている。過去にサーフィンの大会で訪れたヨーロッパには、美しい海と風景、そして豊かな文化がある。その地で、自分のデザインを多くの人に見てもらい、手に取ってもらえたら嬉しい。
サーフィンに関しては、これまで通り旅を続けながら、世界中の文化と波に触れていきたい。どこにいても、自然の中で自分らしくいられる時間を大切にしていたい。
サーファーへのアドバイス
初めてサーフボードの上に立てたときのフィーリングを、いつまでも忘れないでいてほしい。「バレルに入りたい」とか、「もっと鋭いターンができるようになりたい」といった目標は、とても大切。でもサーフィンには終わりがないから、ときには自分が成長しているのか分からなくなることもあるし、うまくいかずに落ち込むセッションだってある。それでも、「楽しむこと」を常にいちばん大切にしてほしい。わたしはサーフコーチの資格を持っていて、初心者と接する機会も多いけれど、彼らの笑顔を見るたびに、「自分がなぜサーフィンをしているのか」を思い出させてくれる。初心に戻れる、大切な瞬間だと思っている。
そして、仲間を見つけることもとても重要。ひとりでは気が乗らなかった波も、友達と一緒にパドルアウトすることで、思いがけないほど楽しくなることがある。そういう小さな発見や喜びが、サーフィンをもっと好きにさせてくれるはずだから。

photography_Oscar James, Kieren Tunbridge, Mikey Conlon
text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram
TAG #Ocean People#ソフィー・フレッチャー#ビーチライフ#連載
© SALT… Magazine All Rights Reserved.
© SALT… Magazine All Rights Reserved.