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SALT Magazine - Surf&Beach Life Style Magazine -

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海と共にある暮らしを、新しい価値観でニューノーマル=オルタナティブなライフスタイルを海をフィールドとして、新しい価値観で伝えていくメディアです。

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林芳史

【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 11/無碍自在

2026.1.21. by 林芳史

波と境界のあいだで

サンオーからさらに南へクルマを走らせ、オーシャンサイドの町に差しかかった頃には、僕たちの目的地であるサンディエゴが、すでに目と鼻の先にあることに気づいた。というのも、このあたりから南の地域一帯は、大きなくくりで「サンディエゴ」と認識されていることが多い。意識的に「着いた」と思う前に、僕たちはすでに目的地へと足を踏み入れていたのだ。
オーシャンサイドからサンディエゴの街まで続くコーストラインには、サーフスポットが途切れることなく連なっている。ビーチブレイクからリーフブレイクまで実にバリエーション豊かで、温暖な気候と安定した波質が揃う。そこには、僕が理想としてきた世界が、確かに広がっていた。その中でも、スワミズは特にお気に入りのスポットだった。

州立公園Cardiff by the sea

エンシニータスに位置し、海へと落ちる崖に設えられた145段の階段を下りると、右手にそのポイントが現れる。リーフの上でブレイクする波は、冬の大きなうねりでこそ真価を発揮すると言われているが、夏の穏やかなうねりの中でも、ほぼ毎日のようにサーフィンを楽しむことができた。基本的にはライトのポイントブレイクだが、うねりの角度やピークの位置次第ではレフトにも走ることができる。ピークからはトロく割れ、とてもフレンドリーな波だ。駐車場が小さいことに加え、隣に州立公園のサーフスポットがあるため、人が一箇所に密集しにくい。ここでも僕たちは早朝から海に入り、サーフィンをし、合間にパソコンを開いて仕事をする。そんな一日を、のんびりと過ごすのが日課になっていた。

カリフォルニアの中でも特にお気に入りだったスワミズ。全米で一番土地が高いのは住みやすい気候にあるのだろう

駐車場ではチルなバイブスが流れていて、音楽セッションが始まることや、コーヒーを売っていることもある

カリフォルニアですっかりロングボードにハマってしまった

夜はハイウェイ沿いのレストエリアや、線路脇で夜間駐車禁止のサインがない場所に駐車し、寝泊まりしていた。バンライフがひとつのカルチャーとして根付いているカリフォルニアだが、市や郡によっては、夜間の車中泊を禁止している場所も少なくない。そうした事情を深く気に留めていなかった僕たちは、夜中、眠っているところを町の保安官に起こされることもあった。
「ここでは寝泊まりできないから、別の場所へ行ってくれ」そう言われ、すぐに移動しようとしたのだが、カナダのナンバープレートに気づいた彼と話が弾み、昔、日本で交換留学をしていたことを話してくれた。幸いにも「今日だけはここで寝ていい」と、最終的には見逃してくれた。バンライフが文化として根付くカリフォルニアには、ある程度の理解があるのだと感じた出来事だった。
既存の価値観が中心にある社会への反抗として生まれたスタイルこそ、カウンターカルチャーの起源だ。だが、その言葉は後付けに過ぎない。本質は反抗そのものではなく、多様性にある。主流に流されず、自分なりの生き方を表現すること。その結果として生まれたものが、ムーブメントになったに過ぎない。

オーシャンサイドから下の海は水温が下がる。日が落ちると真夏でもかなり寒い

カールズバッドエリア。どこも開発されていてとても過ごしやすいエリアだ

ブラックスビーチ。ボードを抱えて崖を上り下りするのは一苦労だが、幸運にも崖の下までクルマで降りられるパスを借りれた

振り返れば、毎日はとても濃く、充実していた。それでも体感としては、本当にあっという間だった。サンディエゴに到着したはずなのに、僕も妻も、どこか不完全燃焼のような感覚を抱えたまま、約3週間、オーシャンサイドからミッションビーチの間を行き来していた。ゴールに着いたはずなのに、道半ばのような気分だったのも無理はない。僕たちはまだ、カリフォルニアコーストの半分までしか来ていなかったのだから。僕たちが旅してきたこの土地には、1800年代前半、メキシコ領だった頃の呼び名がある。アルタ・カリフォルニア。「アルタ」とはスペイン語で「上の」という意味だ。対になる「下」がなければ、「上」と呼ばれる理由はない。僕たちは国境を越え、バハ(下の)・カリフォルニアへ向かうことを決めた。


古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
Instagram / YouTube

Ride of a Lifetime Arcive

Filed Under: LIFESTYLE 関連タグ:Ride of a Lifetime, ヴァンライフ, サーフトリップ, 古川良太, 連載

1月24日(土)『BADFISH Kaoru Ohno』発刊記念トーク & スライドショー開催!「What did Kaoru mean to us? -大野薫は、何を残したか-」

2026.1.20. by 林芳史

書籍『BADFISH Kaoru Ohno』の制作は、約100人の言葉やアート、写真を通して大野薫という人物を多角的に描き出すと同時に、サーフィンが育んできた文化や美意識を、あらためて見つめ直す試みでもありました。
11月21日の発売日には、東京・原宿にて発刊記念パーティを開催。そして今回は、薫さんの拠点であり、かつてパイナップル・ベティーズが存在した鵠沼を擁する藤沢にて、あらたなセッションを行います。
当日は、盟友でもある写真家・横山泰介氏と、サーフボードシェイパー・川南活氏によるトークショーに加え、写真家・芝田満之氏によるスライドショーを実施。会場は、新たにオープンしたスペース「新世界」です。
1970〜'80年代の日本のサーフカルチャーを背景に、大野薫が生きた時代、その周囲に流れていた空気感を、写真やエピソードとともに振り返る一夜限りのセッション。入場は無料。日本のサーフカルチャーの原点に触れる、特別な夜をぜひご一緒に。


BADFISH Kaoru Ohno 刊行記念トーク & スライドショー
「What did Kaoru mean to us? -大野薫は、何を残したか-」

トーク:横山泰介 × 川南 活
スライドショー:芝田満之

入場無料
※ドリンクはキャッシュオンにてご注文ください

【INFORMATION】
日時:1月24日(土)19:00〜22:00(18:30 開場)
会場:新世界
住所:神奈川県藤沢市藤沢559 角若松ビル 6階
交通:藤沢駅北口 徒歩1分
IG: @neotopia_fujisawa



【Contents】
◎Life is a bitch and you die But I like bitch and bitch loves me(文:Izumi Shirase DFFL)
◎フォトセッション
◎エピソード&コメント
◎トリビュートアート
◎LATE SUMMER(文:古谷昭弘)
◎狂犬とロマンチストとPeaceMan(文:横山泰介)
◎夢枕の天使にハーパーを(文:山森恵子)

タイトル:BADFISH Kaoru Ohno
サイズ:W160mm × H230mm
⾴数:132ページ
価格:3.500円(税別)
発売⽇:2025年11⽉21⽇
購入はこちらから

Filed Under: NEWS 関連タグ:Badfish, イベント, トークショー, 大野薫, 川南活, 横山泰介, 芝田満之

STORIES behind THE WAVES/映像の先に繋がるもの_03 Nico Ramos

2026.1.14. by 林芳史

サーフィンは、自然との深い対話を楽しむ文化だ。波の動き、太陽の光、その中で生きるサーファーたち。そこには、瞬間ごとに無限の可能性が広がっている。その可能性を映し出すのが、フィルマーの仕事だ。映像は単なる記録ではなく、彼らの“フィルター”を通して生まれる表現であり、心象風景を形にする、繊細なプロセスでもある。彼らの頭の中には、どんなビジョンが広がっているのか? それぞれの視点を通じて、サーフィンの魅力をどう表現しているのか? 6人のフィルマーの情熱と創造の世界に、少しだけ足を踏み入れてみた。


サーフカルチャーを紡ぐ、ナラティブの世界

短尺コンテンツとは一線を画す、物語のあるサーフフィルム。サーフィンと自然が織りなす美しい映像は、映画的なアプローチにより、観る者だけでなく出演するサーファーをも魅了する。



圧倒的な技術に、“今”を切り取る観察眼と直感

ニコが撮るサーフィンの映像には、光、音、空気感を通じて一貫した「美」が感じられる。洗練されていてクリアながら、クセがなく心地よい。その映像はまるでインテリアの一部のように、部屋で繰り返し流していたくなる。そんな彼が映像制作を始めたきっかけは、「日本のアニメ、ボリウッド映画、韓国のテレビドラマ」と聞いたときは正直驚いた。フィリピンで育ち、テレビのチャンネルが2つしかない中で夢中になって観ていたと言う。「’80~’90年代のアニメには、生々しくて純粋な何かがあり、しっかり向き合えば人生の教訓にもなり得る」とニコ。直接的には映像からその影響が感じられないかもしれないが、彼の作品の根底には確かにその精神が息づいている。
また、母が写真家だったこともカメラを手にするきっかけになった。最初に使ったのは使い捨てのKodak のカメラで「とても刺激的だった」と振り返る。その後、母のCanonのデジタルカメラをこっそり持ち出して、街中で撮影を始めた。大学では機械工学を学んでいたが、次第にサーフィンにのめり込んでいった。ラップトップ片手に旅をしながら働ける仕事を模索し、UCI(カリフォルニア大学アーバイン校)でコンピューターサイエンスを学ぶことを決意。しかしある日、直感とも言える内なる声を聞く。
「ニコ、カメラを持て。それが君のやりたいことだ」
その言葉に導かれるように、彼は編入を辞めて映像の世界へ飛び込んだ。最初に撮影を始めたのはニューポートビーチのブラッキーズ。アレックス・ノストやロビン・キーガル、ジャレッド・メルといったスタイルサーファーが集うスポット。ここで彼はサーフカルチャーにどっぷり浸かることができた。現在はROXY、Album Surfboards、Tyler Warren Surfboards、Daydream Surf Shopといった人気ブランドの映像制作を手掛けるフィルムメーカーとして活躍している。

彼のスタイルはストーリーを重視した長尺の作品作り。SNS 向けの短尺動画やコンテンツ制作とは一線を画し、サーファーの姿をより深く描くことを目指している。「今のコンテンツ至上主義の世界では、この考え方は受け入れられにくいかもしれない。でも、サーフィンは未知への旅であり続けるべきだ」と語る。特にライディングは可能な限りカットせず、テイクオフからフィニッシュまですべて見せるようにしている。
ニコのインスピレーションは日常の中にある。「自分は完全にビジュアルパーソン(視覚的にインスピレーションを得るタイプ)だ」と言い、友人との何気ない会話、音楽、日々の風景からアイデアが湧き上がり、木が空に向かって成長するように、ビジョンが形作られていく。「よく聞く、よく見る、よく感じる」ことが、創作の源泉だ。また、タイラー・ウォーレンからも大きな影響を受けていると言う。特に「撮影したその日に写真や動画は投稿せず、時間を置く」という姿勢に共感している。「タイラーは素晴らしいサーファーであり、シェイパーであり、彼の絵画を見てわかるように本物のアーティストだ。学ぶべきことが多く、尊敬しているよ」と語った。
彼の映像は、サーファーと自然の調和を完璧なタイミングで捉えた美しい作品だが、事前準備はほとんどしない。前夜に機材を整える程度で、「その瞬間に自分が求めるものがすぐに分かる」という。撮影時点で彼の頭の中ではすでに編集が終わっており、あとはレゴブロックのように映像を組み合わせるだけだと話す。それは緻密な計算ではなく、観察眼と直感の賜物である。「リンコンで撮影しているとき、あるプロサーファーに『今日の波予報は見た?』と聞いたんだ。すると『いや、全く見ていない』と返ってきた。まさにそれがサーフィンの本質だと思った」。彼が敬愛を抱いているアメリカの映画監督、マーティン・スコセッシの言葉「Stay in the present(今を見据えよ)」が思い出される。


完璧主義に囚われすぎないことも、彼が大切にしている点だ。かつては時間をかけて完璧な作品を作れば、満足感に繋がると考えていた。しかし、それは創作を完結させる上での最大の障害になり得ると悟った。今では肩の力を抜きながらも「じっくり観察すること」が大事だと捉えている。それさえできれば、編集も、音楽もすべてが自然と繋がってくる。そして、生まれた国や文化の違いを、個性として表現できるように自分なりの“味”を追求することも心がけている。
「成長するために、とにかく作り続けることをモットーとしている。シンプルだけど、それに尽きる。でも実際には、この考えと常に格闘しているんだ。人生には浮き沈みがあり、モチベーションを保つのが難しいときもある。でも、良いエネルギーも悪いエネルギーも、それぞれに美しさを見出し、それをクリエイティブな表現に変えることが重要なんだ」。
10年間はサーフムービーの制作に没頭してきたニコだが、今後は監督として“長編映画”の制作を目指している。すでに3本の物語を書き始めており、「自分の中で温めているアニメの影響が必ず色濃く出るだろう」と語っていた。イマジネーションがどこまでも広がり続けるニコ。どんな作品が生まれてくるのか、今から楽しみだ。



ニコ・ラモス/ Nico Ramos

通称ニコ。カリフォルニアを拠点に活動するフィルムメーカー兼フォトグラファー。フィリピンの楽園・ビルコ地方出身で、14歳のときにカリフォルニアへ移住。豊かな自然から得たインスピレーションを作品に反映させている。@nicoramosfilms

text_Alice Kazama

>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください

Filed Under: SURF 関連タグ:Nico Ramos, SALT...#04, STORIES behind THE WAVES, サーフフィルム

【特集:Ocean People】海から始まるストーリー/26_ナオミ・フォルタ

2026.1.9. by 林芳史

海と繋がり、自分の中の好きや小さなときめき、そしていい波を追い求めてクリエイティブに生きる世界中の人々、“Ocean People”を紹介する連載企画。彼らの人生を変えた1本の波、旅先での偶然な出会い、ライフストーリーをお届けします。

Profile
Naomi Folta ナオミ・フォルタ
アメリカ東海岸出身。沖縄とボストンにルーツを持ち、サーフィンとスケートを軸に世界を旅する、「GRLSWIRL」のライダー兼クリエイター。多文化環境で育った経験を強みに、海とコミュニティを通じて女性が自分らしく挑戦できるスペースを広げる活動を続けている。

あなたのことについて教えて

アメリカ東海岸・北バージニア州の出身で、母は沖縄、父はボストン出身。小さい頃から沖縄空手をはじめて、チアリーディングや体操、陸上など、両親が勧めてくれたスポーツをとにかくいろいろ経験してきた。毎年夏になると沖縄に行って、母が通っていた地元の小学校・中学校・高校に1ヶ月ほど通いながら、父の空手道場のコミュニティの中で過ごしていた。いつも沖縄の文化がすぐそばにあって、すごくアクティブな環境で育ったと思う。
スケートボードとサーフィンを始めたのは20代に入ってから。大学では機械工学を専攻して、卒業後は1年間エンジニアとして働いていた。でも、「やっぱりスケートもサーフィンも、好きなときにできる生活がしたい!」と思うようになって、仕事を変えた。それが、私の人生を大きく変えるきっかけになった。
今はGRLSWIRLという女性だけのスケートチームのライダー(8〜9人いるメンバーのうちのひとり)として活動しながら、グラフィックデザイナー、イラストレーター、モデル、そしてSNS関連のフリーランスも手掛けている。子どもの頃からいろいろなことに挑戦してきたから、複数のことを同時にやるのはわりと慣れている。

サーフィンを始めたきっかけ

一人旅やバックパッキングが大好きで、大学卒業後に東南アジアを約1年かけて旅した。旅の途中でフィリピンに辿り着いて、サーフィンもダイビングもハイキングもできるし、何をしようか考えていたとき、ホステルで出会った人に「これからサーフタウンに行くけど、一緒に行かない?」って声をかけてもらった。そして向かったのが、サンフアン・ラウニオン(San Juan La Union)。そこで初めてサーフレッスンを受けて、多くの人がそうなるように、あっという間にハマってしまった。「ちゃんと乗れるようになるまで、この町を離れない」って決めて、気づいたら2ヶ月くらい滞在していた。そこが、私が本当にサーフィンを覚えた場所。
今はロングもショートもどちらも好きで、憧れのサーファーは、ジョージー・プレンダーガスト。滞在していたサーフタウンには女性ロングボーダーがすごく多くて、彼女たちの華麗でスタイリッシュなライディングを見るたびに、もっと上手くなって「クロスステップして、ノーズまで行きたい」って思うようになった。
お気に入りのスポットは、太平洋側のメキシコ。よく行くエリアで、大好きな波がたくさんある。次に行きたい場所は、フィリピンのシャルガオとモロッコ。

日本とアメリカの両方で育った経験、それが今の自分にどんな影響を与えている

沖縄は西洋文化の影響も強く受けていて、そこが少し特別な感じ。一番違いを感じたのは“責任感”の部分だった。日本の学校では、自分たちで教室を掃除したり、給食を取りに行って配膳したり、「自分たちでやる」ことが当たり前。それがすごく新鮮だった。アメリカの学校では、そういう経験がなかったから。
アメリカの学校は、また違う意味で自由というか……。女の子でもサッカーをしたり、大きな声で笑ったり、ちょっとアグレッシブでも全然OK。でも日本の学校に行ったとき、男の子たちとサッカーをしたくても、一緒にやりたい女の子が全然いなくて、「え? みんなどこ?」って思ったのを覚えている(笑)。そういう文化や空気感の違いを見るのが、すごく面白かった。
沖縄では、“アメリカの私”と“日本の文化を大切にする私”を、自然と使い分けていた。当時はまだSNSが普及していなかった2000年代で、私や兄、他のハーフの友達は、周りの子たちから「誰?」「何してるの?」「アメリカってどんな感じ?」と、すごく興味を持たれる存在だった。
そうした経験から、自然と適応力が身についたと思う。どんな場所でも自分を調整して馴染めるし、文化や背景の違う人の気持ちも理解できるようになった。毎年同じ友達に会っていても、学校に通うのは1ヶ月だけだから、いつも“新しい転校生”みたいな感覚。それが、人の気持ちに寄り添う力や共感力につながったと思う。責任感も強くなったし、自分でいろいろできるようになったことで自信もついた。その感覚は旅をするときにもすごく役立っていて、どこに行っても自分で立て直せるし、環境にもすぐ順応できる。女性としても、「女の子だって、自分の世界を広げていい」「挑戦していい」という感覚が、自然と身についた気がする。

GRLSWIRLでの活動

GRLSWIRLのチームライダーとして声をかけてもらったのは、2年近く前。カリフォルニアに引っ越したのが2022年8月で、そのときは仕事もなくて、手元のお金も1,000ドルくらい。叔父さんの家にお世話になっていた。それでも、「サーフィンとスケートを思いきりやって、たくさんの女性たちとスポーツを楽しむ生活がしたい」という気持ちが強かった。GRLSWIRLの本拠地がヴェニスだと知ったとき、「これだ」って思った。初めて参加したスケートのミートアップは、本当に魔法みたいな時間だった。50人以上のガールズたちが集まって、ヴェニスのスケートパークから桟橋まで、みんなでスケートしていく。その光景は、まさに思い描いていたカリフォルニアのシーンだった。周りは素敵な女性ばかりで、スケートして、サンセットを見て、笑って。ただ一緒に滑っているだけなのに、心の底から満たされる時間だった。その瞬間から、「この感覚をずっと感じていたい」「この人たちと一緒にいたい」と思って、すべてのイベントに参加して、ボランティアも続けた。そうして活動しているうちに、いつも積極的に参加してスケートしている姿を見てくれていたメンバーから、チームに入らないかと声をかけてもらったの。今はチームの一員として、同じような境遇のガールズたちを支えながら、コミュニティを広げている。


海、自然との関係を言葉で表すなら?

子どもの頃から沖縄でたくさんの時間を過ごしてきたから、海は私にとってすごく身近で、安心できる場所。家族や友達がいつも海に連れて行ってくれて、シュノーケリングをしたり、ボートに乗ったり、泳いだりしていた。だから自然とのつながりは、ずっと強く感じている。自然は、自分に戻れる場所であり、好奇心を思い出させてくれる場所。海にいると「帰ってきた」っていう安心感があって、サーフィンをしているときは、力強さとしなやかさ、その両方を自分の中に感じられる。

これからの目標

ロサンゼルスのNPO「Los Courage Camps」でボランティアとして活動し、さまざまなバックグラウンドを持つ子どもたちに、無料でサーフィンレッスンをしている。サーフィンって、実はハードルの高いスポーツ。サーフボードやウェットスーツが必要だったり、海に行くにはクルマが必要だったり、LAだと駐車場代もかかったりして、それだけで大きな負担になる。私たちは、そうしたハードルをすべて取り払って、ボードもウェットもレッスンもすべて無料で提供している。人生で初めて海に入る子や、その年に初めて海を見る子もいる。私の夢は、サーフィンを通して、彼らが一緒にサーフトリップに行ける友達に出会ったり、何でもシェアできるサーフコミュニティを見つけてくれること。
もうひとつの大きな夢は、沖縄でローンチしたGRLSWIRLをサポートすること。立ち上がったばかりだけど、その広がりを手伝いながら、レベルや見た目に関係なく、誰でもスケートを楽しめるコミュニティを育てていきたい。

あなたの生活に欠かせない3つのもの

コラージュジャーナル、サーフボードとスケートボード、それからピクルス。

これから何か新しいことに挑戦したい人へのアドバイス

大切なのは、「こうなってほしい」という期待を手放すこと。新しいことを学ぶときや、新しい場所に行くとき、何かを始めるときは、その結果よりもプロセスにちゃんと向き合って、今この瞬間を感じることが大切だと思う。期待で自分を縛ってしまうと、その時点で可能性は狭まってしまう。だからこそ、目の前で起きるいろいろな経験をそのまま受け止めて、プロセスを楽しむこと。それが一番大事だと思っている。

Ocean People Archive

text:Miki Takatori
20代前半でサーフィンに出合い、オーストラリアに移住。世界中のサーフタウンを旅し現在はバリをベースに1日の大半を海で過ごしながら翻訳、ライター、クリエイターとして多岐にわたって活動中。Instagram

Filed Under: LIFESTYLE 関連タグ:GRLSWIRL, Naomi Folta, Ocean People, ナオミ・フォルタ, ビーチライフ, 連載

【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 10/体得理解

2026.1.7. by 林芳史

サンクレメンテ、5キロの海岸線を身体で知る

ロサンゼルス空港から南にクルマを走らせること約1時間。南北に5キロにも満たない間に、サーファーにとって夢のようなコーストラインが広がっている。そこが、サンクレメンテだ。
トラッセルズという名前は、WSLの大会やサーフメディアを通して幾度となく目にしてきた。サーファーであれば、一度は耳にしたことがあるだろう。だが、それぞれのポイントがどこに位置し、どんな個性を持っているのか。そこに足を運び、肌で感じるまでは、僕はほとんど理解できていなかった。
北はコットンズから、南はサンオノフレまで。短い海岸線の中に、世界中のショートボーダーが憧れるハイパフォーマンスウェーブのローワートラッセルズ、初級者から中級者まで楽しめるミドルズやチャーチ、そして南端にはマリブと並んでロガーの聖地と称されるサンオーが連なっている。ショートボードで育った僕にとって、サンオーの存在は、正直なところアメリカに来るまで知らなかった。しかし、周囲のサーファーから繰り返し勧められるうちに、その期待はすこしずつ膨らんでいった。

波が良ければ、わずか10秒足らずでパドルアウトできるロケーションが魅力

州立公園として管理されているサンオーは、カリフォルニア州内の州立公園の中でも屈指の来場者数を誇る。週末ともなれば、開園1時間前に到着しても、すでにゲート前には長い列ができている。それもそのはず、サンオーの魅力はサーフィンだけに留まらないからだ。ポイントの目の前に駐車できる敷地内には、サーファーが求めるすべてのものが揃っている。良質な波、パームツリーが点在する独特の景観、バレーボールコートやピクニックテーブル。シャワーも景観を損なわぬよう笹で囲われ、どこか素朴な風情がある。バンライフを送る僕らにとって、ここはまさに理想郷だった。サンオーでは、海に入る時間だけでなく、その後に過ごす時間までもが、サーフィンの一部なのだ。

人気の縦列駐車エリア。朝イチでこの場所を確保するのが早起きのモチベーションとなっていた

州立公園はトータル10日以上使用するのであれば年間パスを購入するのがオススメ

笹で囲われたシャワー。景観を保つと共に周りからの視線を遮る。ボードラックも設備されているサーファーフレンドリーな公園

西海岸といえばサンセット! 乾いた空気の中、毎日のように太陽が水平線へと沈んでいく

サンオーはマリブと同様、1950年代から地元サーファーに愛されてきた場所だ。ただし、決定的に異なるのはその空気感である。シェアライドの精神が今も自然に息づき、ラインナップには穏やかな時間が流れている。メインのピークは大きく3つに分かれているが、横に広がるスポット全体は、沖からインサイドまで波の割れるフィールドが非常に広い。それぞれが自分の居場所を見つけ、思い思いのペースで波に乗っていく。メローにブレイクし、インサイドまで乗り継げる波は、まさにロングボーダーの楽園だった。
数日間、朝から晩までサンオーで波に乗ったある日、僕らはローワートラッセルズまで歩いてみることにした。プロの映像では、電動バイクで向かったり、線路を渡って歩いていくシーンが印象に残っている。世界中から、パーフェクトな波を求めてトッププロが集まる場所。Aフレームで左右どちらにも行けるものの、ピークは基本的にひとつ。その中で波を掴むのは、至難の業だろうと覚悟していた。
「少しおこぼれをもらえれば、それで十分」そう思ってパドルアウトしたが、結果はいい意味で裏切られた。皆がセットのベストウェーブを狙う一方で、サイズのない波や形の整わない波には、ほとんど目が向けられない。そのおかげで、わずか20分ほどの短いセッションにもかかわらず、驚くほど多くの波に乗ることができた。この日は風向きこそ良くなかったが、それでも波の形は申し分ない。トップからボトムまで規則正しくブレイクする波を前に、ローワーがなぜこれほどまでにサーファーを惹きつけるのか、その理由がすぐに腑に落ちた。

ローワートラッセルズへ向かうにはこの線路を渡る。米軍の管理下におかれていたため建造物が少なくアクセスが大変

仕事するもよし、ぼーっとするもよし、昼寝するもよし。ポイントの目の前で生活する日々は夢のようだった

サンオーのメローで穏やかな時間と、ローワーに漂う張り詰めた緊張感。わずか数キロの海岸線の中に、これほど対照的な世界が共存している場所が、果たして他にあるだろうか。映像や地図だけでは決して伝わらない、この海岸線の本当の価値。それは、パドルアウトし、肌で感じて初めて理解できるものだった。


古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
Instagram / YouTube

Ride of a Lifetime Arcive

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STORIES behind THE WAVES/映像の先に繋がるもの_02 Kuio-okalani Young

2025.12.30. by 林芳史

サーフィンは、自然との深い対話を楽しむ文化だ。波の動き、太陽の光、その中で生きるサーファーたち。そこには、瞬間ごとに無限の可能性が広がっている。その可能性を映し出すのが、フィルマーの仕事だ。映像は単なる記録ではなく、彼らの“フィルター”を通して生まれる表現であり、心象風景を形にする、繊細なプロセスでもある。彼らの頭の中には、どんなビジョンが広がっているのか? それぞれの視点を通じて、サーフィンの魅力をどう表現しているのか? 6人のフィルマーの情熱と創造の世界に、少しだけ足を踏み入れてみた。


サーフィンと映像、二刀流の才能が開花

カウアイ島でのサーフィンと映像制作。そのどちらにも共通するのは、大自然の流れを感じること。水の中で生まれるアイデアを形にし、理想のライフスタイルへと近づいていく。



自然とシンクロする、サーフィン&クリエイション

サーフビデオグラファーの多くは自身もサーファーであるが、出演から編集までこなす者は少ない。クイオ・ヤングは、母がサーフィン業界にいた影響で幼い頃からサーフィンに没頭し、かつてWSL に出場していたほどの腕前を持つ。一方で映像クリエイターとしても活動し、旅をしながら作品を制作。自身が主演することで、彼の映像には独自の個性が生まれる。毎日サーフィンをする中で、誰かが撮った自分の映像を受け取り、それを見ながらアイデアを膨らませていく。「他のサーファーにアイデアを共有して意見を聞くのは気が引けるし(笑)、その時間があるならクリエイションに使いたい」と語るように、自ら撮影・編集し、試行錯誤を重ねるスタイルを確立。挑戦の連続を楽しみながら、作品を生み出している。
サーファーと映像クリエイター、二つの顔を持つクイオをもっともよく映し出した作品が『Bag Poi』だ。Poi(ポイ)は、タロイモの球茎を発酵させて作られるハワイの伝統的な主食。タロイモはハワイの神話や伝説にも深く関わっており、文化の中心的な存在、社会的な絆など、精神性において重要な役割を果たしている。オンラインスクールで農業学を学んでいたとき、クイオは本屋でポイに関する書籍を手に取り、人の人生の変遷と植物の成長の過程に多くの共通点があることに気づいた。その気づきがこの作品の着想となった。タロイモ畑とサーフシーンを交錯させ、アライア、ショートボード、ロングボードなど多彩なライディングを自身で披露しながら、畑仕事のシーンも織り交ぜた。音楽には亡き父の未完成のハワイアンミュージックを採用。「言葉では伝えづらい自分のアイデンティを表現する良い手段になった。自分が何者で、何をして、何を愛しているのか……。その一端を垣間見ることができる」。クイオの多面的な興味、両親から受け継いだもの、個性が表現されている作品を、ぜひ一度視聴してほしい。

初めてカメラを手にしたのは12歳の頃。Minolta X-500のフィルムカメラで、マニュアル撮影を独学で学んだ。カウアイの大自然に囲まれて育った彼が科学的視点から植物に興味を持ち、オンラインスクールで園芸科学を学ぶのは自然な流れだった。その後、サーフィンをしながら農園を経営し、コロナ禍の需要増もあり、ビジネスは成功。並行して趣味だった写真撮影が次第に仕事へと繋がり、サーフィン写真の販売や撮影依頼を受けるようになった。ある時、仲間と話し合い、ショートムービーを制作。地元の映画館で上映イベントを開くと、島内外から予想以上の観客が集まり、大盛況となった。これをきっかけに2019年、『Pulu TV』というメディアプロダクションを仲間と立ち上げる。「Pulu」とはハワイ語で「水をたっぷり含んだ状態」を意味し、何かに深く没頭するクイオの生き方を象徴する言葉だ。また、新芽、成長、豊かな土壌といった意味も含まれており、「Grow what we do(自分たちの活動を育てる)」という理念のもと情熱を注いでいる。
こうして映像制作が本格的な仕事となり、2021年にはフルタイムのキャリアとして確立。農園はビジネスパートナーに売却し、カリフォルニアに移住してSTAB Magazineで映像制作を担当。チャンスにも恵まれ、スキルを磨いていった。しかし2023年、仕事でハワイを訪れた際、「やっぱりここにいたい」と実感。シティライフも悪くなかったが、自分の生まれ育った自然豊かな場所にいるときとは違う。「自然を愛している。地球への感謝が、サーフィンやクリエイションのすべてに現れている」と語る。
クイオの特異な点は、“オタク気質”にあるかも知れない。興味を持ったことは徹底的に学ぶタイプで、「見た目では分からないかもしれないけど、知れば知るほど『こんなオタクは見たことがない』とよく言われる(笑)」と語り、その性格はフィルミングにも活かされている。メディアやビデオ制作などの学校には通っていないし、師匠もいなければ、手ほどきを受けた人もいない。自分の使うツールやカメラに関する本を読み漁り、YouTubeなどで研究を重ねるのが彼のスタイル。情報を整理し、独学で技術を磨く姿勢は学生時代から変わらない。「カメラも映像制作も学びに終わりはない」と、その探究心は尽きることがない。


現在、クイオは新しいフェーズに入り、自身が主演するのではなく、他者のストーリーを描くことにも関心を寄せている。レンズを通してその人の新たな一面を引き出し、彼らのビジョンやアイデアを形にすることに喜びを感じはじめている。
昨年の冬、海外に散らばる『Pulu』のメンバーが集結し、新作の撮影を行った。2025年の夏頃にリリースを予定しており、大規模なイベントも計画中だ。現在、クイオは理想に近い生活を送りながら、毎日サーフィンして、スキルを向上させている。しかし彼の最終目標は、表現活動家としての映像制作とイベント開催を定期的に行ない、それだけで生計を立てること。波乗りとクリエイションだけにフォーカスできる日が訪れることを夢見ている。
「僕にとって一番大切なのは、水の中にいること。理想の波に乗れれば、それだけで幸せ。仕事もサーフィンも成長し続けたい」。



クイオオカラニ・ヤング / Kuio-okalani Young

カリフォルニア生まれ、カウアイ島育ち。母はサーフイベントのプロデューサー、亡き父はミュージシャン。探究心旺盛で、サーフィンスキルも高い。ビデオグラファーとしても多くのクライアントを持つ多才なクリエイター。@kuioyoung

text_Alice Kazama

>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください

Filed Under: SURF 関連タグ:Kuio-okalani Young, Pulu TV, SALT...#04, STORIES behind THE WAVES, サーフフィルム

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