木を植え、削り、波に乗る—— 。倉橋潤が手がける「SURFERS COUNTRY」サーフボードは、自然と対話する芸術作品だ。理想を追い求め辿り着いた独自の哲学と、シングルフィンに宿る究極の美を探る。
ゴールドコーストの南、緑豊かなノーザンリバーズの山中で、倉橋潤は家族5人と愛犬2匹と暮らしている。山の斜面を切り開いたような場所に建つ母屋の裏手には、小さな小屋が佇む。ここが、彼が主宰するサーフボードブランド「SURFERS COUNTRY」のシェイピングベイだ。
幼い頃からモノづくりが好きだった倉橋は大学でデザインを学び、製造業に進むことを考えていた。しかし、世の中にモノが溢れすぎていることに疑問を抱き、大量生産の世界に自分の理想が見出せないと感じた。そして日本飛び出し、世界を見てみようとバックパッカーの旅に出る。
スケートボード、スノーボード、そして18歳から始めたサーフィン。横乗りスポーツを愛する倉橋は、24歳のときリーフブレイクでのサ―フィンを求めてトンガへ渡る。そこに1年半ほど滞在するなかで、あるオーストラリア人の友人宅を訪れた際、壁にアートのように飾られたサーフボードを目にして衝撃を受ける。
「サーフボードがアートになるんだ!」。この気づきが、彼の人生を大きく動かした。
ボードつくりへの情熱が芽生えた倉橋は、26歳でワーキングホリデーのビザを取得し、オーストラリアへ。バーレーヘッズのボードファクトリーの門を叩き、量産ボードの製造やディック・ヴァン・ストラーレンのグラッシング、ブラザーズ・ニールセンなどローカルシェイパーのボード制作に携わる。そこでの経験を重ね、ついには工場からビザを支給され、永住権を取得。その後、知人からグラッシング・ファクトリーを引き継ぎ、自ら運営するまでに至る。そして、30歳で自身のブランド「SURFERS COUNTRY」を立ち上げた。モノづくりの道を一時諦めかけた彼だったが、このとき夢が現実となった。
シェイプからグラッシングまで、ボード制作のすべての工程を手がけるシェイパーは稀にいるが、倉橋はフィンはもちろん、使用する素材まで自らつくる。
「デイル・ベルジーやグレッグ・ノールなど、’60年代、’70年代のシェイパーって、すべてひとりでボードをつくっていました。彼らと一緒です。フォームは自分で発泡することができないので、木を選びました」
その理由は自然との接点を作りたかったから。しかも倉橋の場合は、苗を植えるところから始まる。使用している木はポロニア(桐)。成長が早く、軽くて密度が高く、加工しやすいのでサーフボードに最適だと言う。庭にある大きな大木を指さすと、「あれは娘が生まれたときに植えた記念樹です。もうすぐ8年になるので、そろそろ使えますね」。もちろんこの大木も桐である。

ボードラックには、素材もカタチも異なる多種多様なボードが並ぶ。なかでもディック・ブルーワーをオマージュした10’6”のガンは圧巻
シェイピングベイの入り口には、丸太を切断する木工機材のソーミルや、伐採した木を根本から掘り起こすユンボといった、サーフボード制作の現場とは思えない機材が並ぶ。ウッドボードといっても様々な種類・製造工程があるが、倉橋の工程は木材を薄くカットし、パネル状に繋ぎ合わせてアウトラインに沿っカット。バキュームポンプで真空状態にしてフォームの上に固定し、トップとボトムに貼り付ける。レールには細くカットした木材を貼り、フィンも木材パネルを積層して制作。バイオ由来のエポキシでグラッシングすることで環境負荷を最小限に抑えている。余った木片や削りカスは自然由来なので、環境負荷はゼロである。
室内には数えられない程のテンプレートが保管されており、中にはレジェンドシェイパーのものも。そのまま使用することもあれば、アレンジを加えることも。その時つくりたいボードのイメージで使い分けているそうだ。さらにフィンのテンプレートも60種類以上あり、ボブ・シモンズやボブ・ブラウンのオリジナルも含まれていた。

愛娘のアンちゃん(8歳)と記念樹の桐の前で。今後は外来種で爆発的に増えている楠の木の使用を考えているそう
「ウッドボードづくりで影響を受けたのは、グレッグ・ノールとトム・ウェグナーです。映画『ONE CALIFORNIA DAY』のグレッグは衝撃的でした。フォームのボ―ドはたくさんのシェイパーから影響を受けていますが、一番はミジェット・ファレリーですね。彼のオリジナルボードはこれまで何本も見てきましたが、ちょっとハルっぽくて、ロッカーバランスが抜群にいいです。ミジェットはロングボードのイメージが強いですが、個人的には8フィート前後のミッドレングスがお気に入りです。彼はライディングもスタイリッシュですしね。その他ディック・ヴァン・ストラーレンからは、ハンドシェイプにかける情熱、グラッシングを2年ほど任せてくれたアンドリュー・キッドマンからは、ボードデザインの多様性とオリジナリティの価値、SUPとフォイルボードのスペシャリストであるデイル・チャップマンからは、ボード制作の全工程を一人でこなす、クラフトマンシップの影響を受けました。
シェイプ歴18年、これまで500本以上削ってきた倉橋。スラスターは削らず、’60年代後半から’70年代前半のボリュームがあり、波のパワーレンジを広く使えるボードを好む。フォームはPU、EPS、ウッドを使い、5フィート台のショートボードから10フィートオーバーのガンまで削る。アウトラインもフィンも自由自在。そんな倉橋が最もこだわっているのはシングルフィンだ。
「シングルフィンはラインが究極にシンプル! トリムでもターンでも、理想のラインが決まったときの感覚は格別です。後ろ足でしっかり踏み込めばドライブし、スピードも早い。さらに、フロント寄りに乗ることで異なる感覚も楽しめます」
掘れた波でもめくられないよう、ノーズはハルエントリーに。テイクオフ時に刺さらず、自然にレールが入るのも大きな利点だ。レングスが8フィートを超えると、レールにはチャイムを施し、より波に食いつくよう調整している。また、シングルフィンのフィーリングを持ちながら、マニューバー性能も兼ね備えたボンザーもお気に入り。特に好むのは5フィンのボンザー。3フィンだとラインが太く長くなるが、5フィンならそこに縦の動きが生まれ、トップで深くえぐれるようにターンができる。その感覚がたまらないと笑う。

ゴールドコーストの南に位置するアウターリーフでパンデミック中に撮影した一枚 ©childsphotos
こだわりや信念が強く、近寄り難い人かと思えばその真逆で、とてもフレンドリーでボードの話をしているときは子供のように目を輝かせている。そんな温厚な人柄も手伝い、彼のボードを求めて多くの人が集まってきている。オージーはもとより過去にはワーホリで渡豪していた斎藤久元プロも。現在は湘南出身のフリーサーファー玉野聖七にボードを提供し、その乗り味をフィードバックしてもらっている。撮影した日もちょうど玉野が訪れていて、気がつけばふたりでボード談義。ちょうどシングルフィンの話になったので、玉野にもシングルフィンの魅力を聞いてみた。
「一番の魅力は、グライドとトリムです。感覚的ですが、波とダイレクトに繋がっているような感じがします。ツインはルースだし、トライだとアグレッシブすぎるけど、シングルはシンプル。ただターンしてトリムして、またターンしてトリムという繰り返し。潤さんのボード(シングルフィン)はそれを体現でき、乗っていて気持ちがいいです」
倉橋のシングルフィンのボトムは、ハルエントリーからのVee、最後はフラットというのが基本。最高のフィーリングを生み出すボトム形状を、確かめるように何度も触っていた。



ワーホリで渡豪中(撮影時)の玉野聖七。ショートからロングまでスタイリッシュに乗りこなす
28歳からシェイプを始め、そろそろ19年目を迎える。これまではその人にあったボードをつくるために、保有しているボードの種類、好きなアウトライン、目指すスタイル、普段入っているポイントの波質、さらにはライフスタイルまでヒアリングし、可能であれば一緒にサーフィンもしてきた。時間と手間がかかる作業だが、「カスタムオーダーとはそういうこと」と言い切る。
「今はライダーとコミュニケーションをとり、もっとクリエイトしていきたいと思っています」
ブランドを大きくするとか、販売本数を増やすといった商業的な野望は一切なく、ただ自分が最高と思えるサーフボードをつくり続けていきたいと語る倉橋。ショップへの卸はもとより、オーダーの本数も制限している。彼のボードは今後どこまで進化していくのか? その行き着く先まで追い続けたいと思った。

photography _ MACHIO
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください

「SALT…Magazine #04」 ¥3300
サーフィン、暮らし、生き方、そして思考をより本質的なものへと回帰。シンプルで持続可能な在り方を追求することこそが、真の豊かさにつながる。
<Contents>
⚪︎Burleigh Single Fin Festival
⚪︎未知なる領域へ̶̶ サーフィンの新境地
⚪︎シングルフィンを愛する10人のインタビュー
⚪︎STILL AND TRUE
⚪︎笹子夏輝 ~カリフォルニア・スタイル巡礼の旅
⚪︎サーフィンによるマインドセットのススメ
⚪︎Stories Behind the Waves
⚪︎今を生きるサーファーたちのダイアログ
⚪︎世界の果て、南ポルトガル・サグレス
⚪︎Column _ Miyu Fukada
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