海と対峙するとき、音楽は円滑油のような効果を発揮する。サーフィンと音楽が絡み合い起こる化学反応。多くの先人たちの言葉を交え時空に綴れ織りを描くとき、サーファーとダンスの関係が見えてくる。
サーファーが好んで聴く音楽は今も昔も自己の限界をより高く、より速く、肉体に伝達させる効果がある。ディック・デイルの激しいギターサウンドはサーファーの肉体を高揚させ、自分の限界を超越した波に挑ませる効果がある。
ザ・ビーチ・ボーイズのメローなハーモニーはサーファーの心を明るく照らし多幸感を深めた。映画『フリーライド』のオープニング、パブロ・クルーズの「ゼロ・トゥ・シックスティ・イン・ファイブ」を聴き、多くのサーファーは勢いをつけてパドルアウトする。ドアーズの「ライダー・オン・ザ・ストーム」は落雷音と共に始まり、ジャングルサーフには欠かせない古典的ナンバーとなった。ジャック・ジョンソンのアルバム「ブラッシュファイアー・フェアリーテイルズ」は、ハワイから世界中のサーファーの愛聴盤になった。ニール・ヤングは絶対的古典、フォーエバーである。
音楽は脳に効き身体と精神をハイにし、またリラックスさせてくれる。海に行くとき、またサーフトリップに音楽が欠かせないアイテムなのも頷ける。例えばそれぞれの旅にリンクする想い出のアルバムがある。『アジアン・パラダイス』を撮影したサーフィンフォトグラファーのディック・ホールは「'76年6月のバリはリトル・リバー・バンド、同年冬のノースショアはフリートウッド・マックに導かれた」と回想する。ジェリー・ロペスはウォークマンからタジ・マハルを脳に叩き込みパダンパダンに向かった。水の上でダンスを躍るのに音楽は欠かせない刺激剤である。
時代と地域によってサーフミュージックは異なるが、1964年に劇場公開された『エンドレス・サマー』は、ディック・デイルが完成させたギターインストルメンタルをソフィスティケートしたザ・サンダルズを起用。地球上の未知なる波を追い求めるハリウッドドキュメンタリーは今も忽然と輝く金字塔を打ち立てた。そんな平和だった'60年代前半とは裏腹に、'65年からベトナム戦争が勃発すると若いサーファーは反戦運動の真っ只中に追い込まれロックに傾倒した。ある日突然届く1枚の徴兵制が若者の人生を180度変えてしまう。この最悪な時期に多くのアメリカ人サーファーはベトナム行きを嫌い、ハワイやメキシコ、カリブ海へ逃避行した。これを当時の若者たちは「正しい逃避」と呼んだ。
戦勝国の豊かさを満喫した親世代との間に大きなジェネレーションギャップが生じると、個々の価値観と生き方までを変えてしまった。親世代が愛したフランク・シナトラよりも、サイケデリックロックを選択したのだ。サイケを直訳すれば脳に優しいである。その潮流は'67年に勃発したショートボード・レボリューションにも重なる。まさに多様化するロックと同じ歩みを描いていた。
マリブタイプのロングボードは一夜にして7'6"までカットされると、丸いノーズはピンに変貌。更に'69年のオーストリアでは、テッド・スペンサーのホワイトカイトと命名された5'2"のエッグが限界を超えた。ワールドチャンピオンのナット・ヤングにして「短すぎて波に追いつけない」と言わしめた。キング・クリムゾンがデビューアルバム「クリムゾンキングの宮殿」をリリースした年と重なるのは偶然ではない。これを境にロックとサーフボードは複雑化し始めた。
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本誌では24ページにわたってSURF MUSICを特集。“サーフィンと音楽”の蜜月関係から、アンドリュー・キッドマンのインタビュー、抱井保徳さんのコラムなど掲載。潮の香りをまとったソルティな音楽は、サーフィンライフを豊かにしてくれる。
photography_Jeff Devine text_Tadashi Yaguchi
TAG #SALT#01#SURF MUSIC#SURF MUSIC makes us "SALTY"#サーフミュージック
海と対峙するとき、音楽は円滑油のような効果を発揮する。サーフィンと音楽が絡み合い起こる化学反応。多くの先人たちの言葉を交え時空に綴れ織りを描くとき、サーファーとダンスの関係が見えてくる。
海を感じさせてくれる音楽、その答えは百人百様だが“サーフミュージック”には時代と場所を越えたアイデンティティがあるようだ。
サーフミュージックという言葉の誕生は1960年代初頭、発祥地は南カリフォルニアとされている。ディック・デイルがヘビーでディープなリバースを効かせたエレクトリックギターのインストルメンタルナンバー「レッツ・ゴー・トリッピン」を大ヒットさせたのが始まりだった。それ以前は、音楽とスポーツを結びつけるサウンドは存在していない。
サーフィンが普及し始めたこの頃、アメリカは世界一豊かで夢と希望が溢れる夢の国として世界中から憧れていた。1945年に第二次世界大戦が終わり、'50年代に突入すると戦争のない平和な時代を謳歌するユースカルチャーが芽生え始めていた。クールとポップの融合である。その代表格がサーフィンであり、サーファーだった。彼ら彼女たちが好んで聴く音楽が、のちに南カリフォルニアの海岸線から全米に広がり世界中のポップミュージックに影響を与え続けるとは、そのとき誰が想像できただろうか?
同時期にデビューしたザ・ビーチ・ボーイズはディック・デイルとは対照的に、甘くメローなハーモニーとキャッチーな歌詞で商業的にも大成功を収めた。なぜ全く異なる性質の音楽が時同じくしてサーフミュージックと定義されたのか? それはサーフィンの本質に由来しているから。激しく荒れ狂う海とオイルフェイスの凪ぎを思い浮かべて欲しい。どちらからも同じ潮騒の香りが漂ってくる。
現代では科学的に「音楽は脳に効く」ことが立証されているが、'60年代初頭は音楽とスポーツの関係は未知の領域にあり、その関連性を探る者さえいなかった。近年ではアスリートが競技中にヘッドフォンで音楽を聴くことが禁止されている。一方でスタート直前まで音楽を聴く選手たちの姿を暫し目にする。特に個人競技では顕著である。音楽が脳の報酬系部分を刺激し、ドーパミンの分泌を高める効果が証明されたからである。つまり、音楽はアスリートにドーピングと同じ作用を及ぼすのだ。ドーパミンが増えると快楽に敏感となり、アドレナリンの分泌量を増やし肉体のパフォーマンスを高める。さらに覚醒作用が生じることで集中力が増し、目の前の恐怖に対して身体と脳が対抗力を高め、ストレスホルモンと筋肉の疲労感を一時的に軽減させる。そう、戦闘モードを高めるのだ。
例えばラグビー・ニュージーランド代表のオールブラックスが試合前にハカを舞う雄姿は有名だが、彼らは自らを鼓舞するために頑強な仕草でグラウンドを揺さぶる。但しハカは原始的な踊りに近く、旋律にスポットが当たることはない。いずれにせよ、サーフミュージックこそがアスリートとミュージックを一元化した、世界初の音楽ジャンルであることは明らかである。
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