#古川良太

  • 【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 12/行脚無住
  • 2026.02.04

バハ・カリフォルニア、国境の先で

辺りに漂う下水の臭い。舗装はされているが、穴だらけの道。車窓に広がる景色は砂ぼこりで霞み、国境を越えた瞬間、世界はガラリと姿を変えた。
このロードトリップを計画した当初から、バハへの旅は選択肢のひとつにあった。ただ、8年前のように一人で我武者羅に旅をしていた頃とは状況が違う。今回は妻と一緒だ。その事実が、安全面において簡単に「行く」という決断を許さなかった。
アメリカを南下する道中、バハに行くつもりだと話すと、サンディエゴに近づくにつれて、よりリアルな情報が集まり始めた。ネットに流れてくる情報をすべて鵜呑みにしてはいけない。“メキシコ=危険”というイメージが根強く存在するのは確かだ。だが、メキシコにも普通に生活している人たちがいる。修羅の国に足を踏み入れようとしているわけではない。僕たちは、楽園に向かっているのだ。

国境を越えた道中。右手に設けられている高い柵がアメリカとメキシコとの国境

バハに行ったことがある人たちは、口を揃えてこう言う。「バハは最高だ。また戻りたい」。この一言に、すべてが詰まっている気がした。とはいえ、楽園にも危険な側面があるのは事実だ。約2年前、オーストラリア人2人とアメリカ人サーファー1人が、井戸の中で見つかるという事件があった。旅行者がトラブルに巻き込まれる話を耳にすることもある。だが、それが日常茶飯事というわけではない。守るべきことは2つだけ。陽が落ちたら運転しないこと。管理されたキャンプ場に泊まること。これさえ守れば、ほとんどの危険は回避できると聞いていた。
バハ・カリフォルニアは、サーファーの間では秘境とされている。「本当のカリフォルニアは、バハにある」そんな言葉を耳にしたこともある。アメリカとの国境から、南端のカボ・サン・ルーカスまでの直線距離は約1200キロ。日本に当てはめると、北海道の北端から九州の南端までに相当する。その間に、数えきれないほどのサーフスポットが点在している。しかも、その多くが無人波だ。電波が安定しない場所も多く、ナビゲーションは必然的にアナログになる。そのため、アメリカのサーフショップでバハ・カリフォルニアの“バイブル本”を購入した。
サーフフィルムで目にするバハの映像は、ほとんどの場合、場所が明かされない。果てしなく続く一本道、巨大なサボテン、メローな無人波、そしてタコス。危険を顧みずとも、サーファーの欲望を満たすには十分すぎる冒険だ。ようやく、旅らしい旅が始まった。そんな気がした。

バハのサーフスポットを網羅しているガイドブック。古い情報もあるのでアップデートが必要

バハに来て最初のタコス。手作りのトルティーヤと炭火で焼かれた牛肉の香りがたまらない


僕たちは国境を越えた先の町、ティファナをスルーし、途中のタコス屋で腹を満たして、最初のサーフスポットを目指した。K38。高速道路38km地点にあることから名付けられたポイントだ。サンディエゴから車で30分ほどという距離もあり、アメリカ人サーファーにも人気がある。この日はすでに風が入り、コンディションは落ちていた。そのため、先にあるキャンプ場で一泊し、出直すことにした。
翌朝、ポイントへ向かうと波はしっかりと割れていた。目の前のブレイクは少し速そうだったため、左奥のポイントへパドルアウト。北上していたストームのうねりで、サイズは5フィートほど。有名なポイントだけあって人は多かったが、十分に楽しめる波だった。

K38ビーチ。沖合にウニのファームがあるようで、インサイドはウニ地獄になっている

セットの波が手前で掘れ上がるので、タイミングを見計らってエントリー

久しぶりに味わった、まとまっていて力強い波長12秒のうねり

パワーはあるものの厚めの波だった、K38 1/2と呼ばれる次のブレイク

3000円で泊まれるキャンプ場。週末はローカルたちで賑わう

僕たちは、まだ北の玄関口に立ったに過ぎない。この先、どんな世界が待っているのか。鼓動が早くなるこの感覚は、新たな旅への高揚なのか。それとも、拭いきれない危険への恐れなのか。きっと、その両方だ。そんな気持ちを胸に抱きながら、僕たちはさらに南へと車を走らせた。

毎夕見れるサンセットはいつも違う姿を見せてくれる


古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
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  • 【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 11/無碍自在
  • 2026.01.21

波と境界のあいだで

サンオーからさらに南へクルマを走らせ、オーシャンサイドの町に差しかかった頃には、僕たちの目的地であるサンディエゴが、すでに目と鼻の先にあることに気づいた。というのも、このあたりから南の地域一帯は、大きなくくりで「サンディエゴ」と認識されていることが多い。意識的に「着いた」と思う前に、僕たちはすでに目的地へと足を踏み入れていたのだ。
オーシャンサイドからサンディエゴの街まで続くコーストラインには、サーフスポットが途切れることなく連なっている。ビーチブレイクからリーフブレイクまで実にバリエーション豊かで、温暖な気候と安定した波質が揃う。そこには、僕が理想としてきた世界が、確かに広がっていた。その中でも、スワミズは特にお気に入りのスポットだった。

州立公園Cardiff by the sea

エンシニータスに位置し、海へと落ちる崖に設えられた145段の階段を下りると、右手にそのポイントが現れる。リーフの上でブレイクする波は、冬の大きなうねりでこそ真価を発揮すると言われているが、夏の穏やかなうねりの中でも、ほぼ毎日のようにサーフィンを楽しむことができた。基本的にはライトのポイントブレイクだが、うねりの角度やピークの位置次第ではレフトにも走ることができる。ピークからはトロく割れ、とてもフレンドリーな波だ。駐車場が小さいことに加え、隣に州立公園のサーフスポットがあるため、人が一箇所に密集しにくい。ここでも僕たちは早朝から海に入り、サーフィンをし、合間にパソコンを開いて仕事をする。そんな一日を、のんびりと過ごすのが日課になっていた。

カリフォルニアの中でも特にお気に入りだったスワミズ。全米で一番土地が高いのは住みやすい気候にあるのだろう

駐車場ではチルなバイブスが流れていて、音楽セッションが始まることや、コーヒーを売っていることもある

カリフォルニアですっかりロングボードにハマってしまった

夜はハイウェイ沿いのレストエリアや、線路脇で夜間駐車禁止のサインがない場所に駐車し、寝泊まりしていた。バンライフがひとつのカルチャーとして根付いているカリフォルニアだが、市や郡によっては、夜間の車中泊を禁止している場所も少なくない。そうした事情を深く気に留めていなかった僕たちは、夜中、眠っているところを町の保安官に起こされることもあった。
「ここでは寝泊まりできないから、別の場所へ行ってくれ」そう言われ、すぐに移動しようとしたのだが、カナダのナンバープレートに気づいた彼と話が弾み、昔、日本で交換留学をしていたことを話してくれた。幸いにも「今日だけはここで寝ていい」と、最終的には見逃してくれた。バンライフが文化として根付くカリフォルニアには、ある程度の理解があるのだと感じた出来事だった。
既存の価値観が中心にある社会への反抗として生まれたスタイルこそ、カウンターカルチャーの起源だ。だが、その言葉は後付けに過ぎない。本質は反抗そのものではなく、多様性にある。主流に流されず、自分なりの生き方を表現すること。その結果として生まれたものが、ムーブメントになったに過ぎない。

オーシャンサイドから下の海は水温が下がる。日が落ちると真夏でもかなり寒い

カールズバッドエリア。どこも開発されていてとても過ごしやすいエリアだ

ブラックスビーチ。ボードを抱えて崖を上り下りするのは一苦労だが、幸運にも崖の下までクルマで降りられるパスを借りれた

振り返れば、毎日はとても濃く、充実していた。それでも体感としては、本当にあっという間だった。サンディエゴに到着したはずなのに、僕も妻も、どこか不完全燃焼のような感覚を抱えたまま、約3週間、オーシャンサイドからミッションビーチの間を行き来していた。ゴールに着いたはずなのに、道半ばのような気分だったのも無理はない。僕たちはまだ、カリフォルニアコーストの半分までしか来ていなかったのだから。僕たちが旅してきたこの土地には、1800年代前半、メキシコ領だった頃の呼び名がある。アルタ・カリフォルニア。「アルタ」とはスペイン語で「上の」という意味だ。対になる「下」がなければ、「上」と呼ばれる理由はない。僕たちは国境を越え、バハ(下の)・カリフォルニアへ向かうことを決めた。


古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
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  • 【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 10/体得理解
  • 2026.01.07

サンクレメンテ、5キロの海岸線を身体で知る

ロサンゼルス空港から南にクルマを走らせること約1時間。南北に5キロにも満たない間に、サーファーにとって夢のようなコーストラインが広がっている。そこが、サンクレメンテだ。
トラッセルズという名前は、WSLの大会やサーフメディアを通して幾度となく目にしてきた。サーファーであれば、一度は耳にしたことがあるだろう。だが、それぞれのポイントがどこに位置し、どんな個性を持っているのか。そこに足を運び、肌で感じるまでは、僕はほとんど理解できていなかった。
北はコットンズから、南はサンオノフレまで。短い海岸線の中に、世界中のショートボーダーが憧れるハイパフォーマンスウェーブのローワートラッセルズ、初級者から中級者まで楽しめるミドルズやチャーチ、そして南端にはマリブと並んでロガーの聖地と称されるサンオーが連なっている。ショートボードで育った僕にとって、サンオーの存在は、正直なところアメリカに来るまで知らなかった。しかし、周囲のサーファーから繰り返し勧められるうちに、その期待はすこしずつ膨らんでいった。

波が良ければ、わずか10秒足らずでパドルアウトできるロケーションが魅力

州立公園として管理されているサンオーは、カリフォルニア州内の州立公園の中でも屈指の来場者数を誇る。週末ともなれば、開園1時間前に到着しても、すでにゲート前には長い列ができている。それもそのはず、サンオーの魅力はサーフィンだけに留まらないからだ。ポイントの目の前に駐車できる敷地内には、サーファーが求めるすべてのものが揃っている。良質な波、パームツリーが点在する独特の景観、バレーボールコートやピクニックテーブル。シャワーも景観を損なわぬよう笹で囲われ、どこか素朴な風情がある。バンライフを送る僕らにとって、ここはまさに理想郷だった。サンオーでは、海に入る時間だけでなく、その後に過ごす時間までもが、サーフィンの一部なのだ。

人気の縦列駐車エリア。朝イチでこの場所を確保するのが早起きのモチベーションとなっていた

州立公園はトータル10日以上使用するのであれば年間パスを購入するのがオススメ

笹で囲われたシャワー。景観を保つと共に周りからの視線を遮る。ボードラックも設備されているサーファーフレンドリーな公園

西海岸といえばサンセット! 乾いた空気の中、毎日のように太陽が水平線へと沈んでいく

サンオーはマリブと同様、1950年代から地元サーファーに愛されてきた場所だ。ただし、決定的に異なるのはその空気感である。シェアライドの精神が今も自然に息づき、ラインナップには穏やかな時間が流れている。メインのピークは大きく3つに分かれているが、横に広がるスポット全体は、沖からインサイドまで波の割れるフィールドが非常に広い。それぞれが自分の居場所を見つけ、思い思いのペースで波に乗っていく。メローにブレイクし、インサイドまで乗り継げる波は、まさにロングボーダーの楽園だった。
数日間、朝から晩までサンオーで波に乗ったある日、僕らはローワートラッセルズまで歩いてみることにした。プロの映像では、電動バイクで向かったり、線路を渡って歩いていくシーンが印象に残っている。世界中から、パーフェクトな波を求めてトッププロが集まる場所。Aフレームで左右どちらにも行けるものの、ピークは基本的にひとつ。その中で波を掴むのは、至難の業だろうと覚悟していた。
「少しおこぼれをもらえれば、それで十分」そう思ってパドルアウトしたが、結果はいい意味で裏切られた。皆がセットのベストウェーブを狙う一方で、サイズのない波や形の整わない波には、ほとんど目が向けられない。そのおかげで、わずか20分ほどの短いセッションにもかかわらず、驚くほど多くの波に乗ることができた。この日は風向きこそ良くなかったが、それでも波の形は申し分ない。トップからボトムまで規則正しくブレイクする波を前に、ローワーがなぜこれほどまでにサーファーを惹きつけるのか、その理由がすぐに腑に落ちた。

ローワートラッセルズへ向かうにはこの線路を渡る。米軍の管理下におかれていたため建造物が少なくアクセスが大変

仕事するもよし、ぼーっとするもよし、昼寝するもよし。ポイントの目の前で生活する日々は夢のようだった

サンオーのメローで穏やかな時間と、ローワーに漂う張り詰めた緊張感。わずか数キロの海岸線の中に、これほど対照的な世界が共存している場所が、果たして他にあるだろうか。映像や地図だけでは決して伝わらない、この海岸線の本当の価値。それは、パドルアウトし、肌で感じて初めて理解できるものだった。


古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
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  • 【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 9/和而不同
  • 2025.12.24

サーフスタイルの多様性は、カルチャーの深さと比例する

サーファーなら誰もが知っている最低限のルールといえば、前乗りだろう。タブーとされているその行為すら、ここマリブではスタイルの一部のように錯覚してしまい、自分自身を疑った。基本的には、ここでもほかの人の波を邪魔しないのがルールだし、誰もが前乗りし合う無法地帯というわけではない。秩序は、確かに保たれている。だが、それにしても前乗りの数が圧倒的に多かった。しかしそれは、マリブの波の性質や、そこに集まる人の多さゆえの、一種の戦略なのではないかとも思えてくる。

ビーチから見るとサーファーがただ横に広がってるように見えるが、実はピークに向かって列をなしている

サイズが一定以上になると、ファーストピークから手前のピアまでキレイにブレイクする

海岸線は弧を描き、南西に向いている。歴史的にも有名なFirst Pointをはじめ、Second、Thirdと呼ばれる連続するポイントは、リーフや砂の形状が波を右へと導くため、ライト方向オンリー。ロングボード向きの、ゆったりとしたブレイクが長く続く。
ピークから静かに波が立ち上がると、リーフに沿って「崩れる」というよりも、「剥がれ落ちる」という表現がふさわしいほど、リップが美しくブレイクしていく。そんなライト方向のポイントブレイクにもかかわらず、ロサンゼルスの都市部から近いこともあり、集まるサーファーは数知れない。ピークには、ノーリーシュでスタイリッシュにノーズを決めるベテランサーファーがいる一方、手前には初心者サーファーもいる。混雑のピーク時にはカオスになるが、それでもマリブの波にこだわり、足繁く通うサーファーが後を絶たない。そんなポイントで波に乗るには、それなりの戦略が必要だ。

朝はまだ人が少ないからオススメだが、太陽が昇り周囲が明るくなるとすでに50人以上のサーファーがいた

ハイウェイ沿いに路駐してクルマから眺めるお気に入りの景色

週末になるとサーファーに限らす人が集まり、ビーチが賑わう


このポイントを俯瞰的に観察していると、それぞれの波への向き合い方が見えてくる。ピークでセットの波を狙う人もいれば、小さくても本数を乗れる手前で待つ人もいる。早朝、まだ日が昇る前の真っ暗な中でパドルアウトする人もいれば、日が沈んだ後、桟橋の灯りを頼りにサーフィンをする人もいた。それぞれが、いかに多くの波に乗れるかを考え抜いた末のスタイルなのだろう。
その中に、前乗りをスタイルとして見出してしまうことには驚かされた。後ろから乗ってきているのを目視しながら、それでもテイクオフする。これまで自分が信じてきたサーフィンの常識は覆され、この現実を飲み込むには時間がかかった。飲み込むくらいなら、いっそここでのサーフィンをやめたいと思うほど、心を乱された。それでも、自分が意図的に前乗りをするのは、やはり違う。僕はマリブの洗礼を受けたのだ。

この壁の前のサーフボードはマリブのアイコニックフォトだ

それでも、ここには人を引きつける魅力がある。マリブの波は、語りかけてくる。「焦るな」ここでは、時間が伸びる。一歩足を前に出すと、世界がゆっくりと動き出す。ボードは、線路の上を走る列車のように、迷いなく進んでいく。呼吸とともに波とシンクロし、一種のトランス状態に入った僕は、ただその瞬間を楽しんでいた。気がつくと、桟橋の横まで乗ってきていた。マリブの海で何度も考えさせられたのは、正解がひとつではないという事実だった。ルール、マナー、スタイル。そのどれもが間違いではなく、この場所の密度と歴史の中で、形を変えながら共存している。受け入れ難さと、美しさが同時に存在する海。その矛盾を否定せず、波に身を委ねたとき、ようやくこの場所の輪郭が見えた気がした。長く伸びるライトのフェイスを静かに滑りながら、雑念はいつの間にか後ろへと流れていく。残ったのは、ただ「今、ここにいる」という感覚だけだった。
マリブは教えてくれた。スタイルとは主張ではなく、積み重ねられた選択の結果なのだと。夕暮れ時、薄ピンク色に染まる空を見上げながら、その答えがゆっくりと腑に落ちていった。

ビーチでゆっくり過ごしながら、波が良くなったらさくっと入れる環境が魅力


古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
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  • 【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 8/融合自然
  • 2025.12.10

旅は、いつの間にか僕らをその土地に染めていく

クルマを走らせるスピード以上に、南へ下るにつれて景色が目まぐるしく変わっていく。最後に雨が降ったのを思い出せないほど、この土地は長らく乾燥しきっていた。空気はどんどんカラッとしていき、緑は減っていく。その代わりに、一度は聞いたことのあるサーフスポットが増えてきた。
予期せぬことで回り道を強いられるのも旅の醍醐味だろう。そのぶん、予期せぬ発見がある。カリフォルニアのロードトリップと言えばビッグサーは欠かせない。僕のバケットリストの一つだったが、不運にも道の一部が崩れて通行止めになっていた。途中の橋までは行くことができたが、いったん引き返し、山の方からまわって南へ下った。道中、クルマの中から鑑賞できるドライブインシアターに立ち寄ったりと、サーフィン中心の旅の中に小さな変化が生まれたのも悪くなかった。

カリフォルニアロードトリップでは欠かせないビッグサー

最も有名な絶景ポイント「ビクスビーブリッジ」

サンタ・バーバラ — 白壁のミッションスタイルの建物、赤い瓦屋根、整えられたパームツリーの並木道

同じカリフォルニアでも、ここだけ時間の流れが違っているかのように優雅で気品のある空気が流れていた。その上品さは、ここに根付くサーフスタイルにも溶け込んでいる。洗練されたサーフィンの象徴とも言えるのが、ローカルレジェンドのトム・カレンだ。サーフカルチャーを語るうえで、この土地は外せない。波がないとわかっていたが、訪れないわけにはいかなかった。沖合にはチャネル諸島という群島があり、うねりを遮って夏は波がほとんど立たないのだ。サーフボードブランド「Channel Islands」も、この島々から名を取ったこともここで初めて知った。
サンタ・バーバラには“海岸の女王”と称される「リンコン」がある。そう、ショートボード革命が起きた歴史的な場所だ。僕が訪れたとき、女王は真の姿をベールの奥に隠したままだったが、また来たいと思える理由になった。海沿いのハイウェイをさらに南へ走ると、空気がすうっと変わる。サンタ・バーバラの上品で穏やかな風とは違う、少し素朴で粗削りな潮の匂いが混ざってきた。

クラフトマンシップが息づく空間で、サーフカルチャーの核に触れられるChannel Islands Surfboard 本店

1961年から店を構えるSurf n' Wear’s Beach House。サーフィン黎明期から現代までのイェーター・サーフボードが展示

サンタバーバラに入ると、街はスペインを想起させるような彩りが多くなってきた

ベンチュラ — 木々の少ない淡い色の大地に、青い海が強く映える

ハイウェイから見えるパームツリーが密集したサーファーズポイントは、砂漠のオアシスを彷彿とさせた。たった50キロしか南下していないが、海は明らかに表情を変えた。水温が温かくなり、水着のサーファーも増え、幅広くブレイクするポイントにはロングからショートまでさまざまなスタイルが混じっていた。ローカル、ビジター関係なくピースフルな雰囲気が漂い、皆の顔には穏やかな笑みがこぼれる。まるでサーフムービーの一コマを切り取ったような、ゆったりとした時間が流れる。そんな雰囲気が気に入り、まだ薄暗いうちに駐車場に着き、桟橋の後ろから昇る朝日を見ながらサーフィンをするのが毎日の日課となった。

サーフィンでの日々の成長は微々たるもので気づきづらい。だが、妻が日を追うごとにベンチュラの波とシンクロし、自信を大きくしていくのを目の当たりにするのは、見ていて嬉しかった。ベンチュラで過ごした日々は、ただ波に乗るだけの時間ではなかった。毎朝同じポイントに通ううちに、潮の満ち引きや風の変わり目、ローカルたちの習慣までもが、少しずつ身体に染み込んでいくのを感じた。旅は常に新しい刺激にあふれているけれど、こうして一つの場所に腰を落ち着け、海と向き合い続けることでしか見えてこない景色もある。気づけば、僕たちはこの街の空気に自然と馴染んでいた。

シャワーやトイレなどが整備されたベンチュラの公園。サーフィン後のんびりするのにちょうどいい

朝日が昇る前に海に向かう妻。サーフィンに向かう時のモチベーションは誰よりも高い


古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
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  • 【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 7/一波万波
  • 2025.11.26

一本の波が、やがて物語になる

旅をしていると必ず聞かれる。「これまでサーフィンした中で、一番よかった波は?」と。けれど、この質問ほど難しいものはない。世界の名だたるブレイクを巡ってきたが、必ずしも“当たり”に出合えるわけではない。期待して彷徨った末に、最初に入ったスポットが一番よかった——そんな経験はサーファーなら一度はあるはずだ。風が変わり、どこも良くなくなる日もある。「right place at right time」。極上の波に巡り会えるのは、本当に稀な奇跡だ。
パイプラインで日本人初の10点を叩き出した小川直久さんでさえ、「家の前で入った波が、これまでで一番良かった」と語っていた。波は、ときに何の前触れもなく黄金色に輝く瞬間を見せる。

サンタクルーズは南に面してるので西海岸でも夕日は山の方に沈んでいく

キャピトラビーチでのサーフィン後。ヤシの木が増えてきてメキシコの雰囲気が流れる


スティーマーレーン — 海底がつくる、特別な一本

スティーマーレーンの安定した波の強さは、うねりだけでは説明できない。海底の独特なリーフ形状がうねりを極上のブレイクへと変え、世界中のサーファーを虜にする。象徴的なのは、崖沿いに巻き込むように割れるライトのポイントブレイク。かなり長い距離を乗れ、最奥のピークでは崖の裏側からエキスパートたちが乗ってくる。
崖に作られた階段を降り、手に絡みつく海藻を払いながらパドルアウトするだけで、この場所の空気の濃さが伝わってくる。乗り損ねがほとんどないほど波は安定している。波を捕まえるのに一苦労だが、さすがのグランドスウェル! 50人以上入っていても、全員が楽しめるだけの波が次々と押し寄せた。
一本乗るたびにスイッチが入り、何本か続けて波に乗れたものの、まだ“これだ”という1本には出合えなかった。“1本だけでいい”。その1本を求めて辛抱強く待った。セットが入ると、ファーストピークは速すぎて誰も乗れない。ドルフィンができないほどボリュームのあるボードを選んでいた僕は、少し外れたポジションで待ち続けた。そして、その判断が正解だった。目の前に求めていた一本が現れた。
押し出されるようにテイクオフし、斜面を駆け下りた瞬間、すべての音が遠のいた。波が呼吸に寄り添い、静寂のなかでダンスをする。この海を駆け抜けた先人たちの息遣いが、潮騒に溶けて聞こえたような気がした。象徴的なこの場所の歴史に、ほんの少し触れた気がした。

スティーマーレーンの崖の上から。この横の階段から降りていく

たまに入ってくるクリーンアップセット。突如として海が盛り上がるから予測しづらい

プレジャーポイント — もう一つの“やさしさ”

サンタクルーズを語るうえで欠かせないアイコニックスポットがもう一つある。プレジャーポイントだ。ショートからロングまで幅広く楽しめ、ポイントも広く、ゆったりとしたブレイクがいくつも連なる。レーンとはまた違った“やさしさ”がある。
生粋のローカルは、スティーマーレーンとプレジャーポイントのどちらか一方にしか入らないと聞いた。クルマで15分ほどの距離なのに、文化圏が明確に分かれている。崖の上から波を見つめる人々の眼差しに、この地にサーフカルチャーが深く根付いてることを感じた。
サンタクルーズのサーフカルチャーの奥深さは、“波”だけで生まれたものではない。オニールの創業者ジャック・オニールが1959年に世界初のサーフショップを開いた場所であり、現代のウェットスーツの礎が築かれた場所でもある。歴史とは、人と場所と時間が重なり続けることで生まれる。ここではその重なりが日常の風景となり、未来へとつながっていく。
街全体がひとつのテーマパークのようだった。自然がつくり出すアトラクションを、誰もが当たり前のように楽しんでいた。気づけば4日間があっという間に過ぎ、波は少し落ち着き、サーファーも減り始めていた。まるで閉館を告げる音楽が流れ始めたような、ほんの少しの寂しさが残った。
きっと「一番良かった波」を一つに絞ることはできない。それでも、スティーマーレーンで出合ったあの一本は、確かに心の深いところに刻まれた。

北カリフォルニアのユニークな地形。午前中は必ず白く靄がかっていて、午後になると快晴になる

ポイントの目の前に無料の駐車場、シャワー、トイレもついていてサーファーの為に作られたような街だった

サンタクルーズには実際にテーマパークもあり、サーフィンをしなくても楽しめる観光地となっている


古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
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