父親から7’11”のシングルフィンを譲り受け、自然とサーフィンを始めたカイ・エリス=フリント。グラッサー、シェイパーとしてサーフボード作りに携わりながら、世界タイトルを狙う。
シドニーからクルマで北に約1時間半の場所にあるユーミナビーチ。都市の喧騒から離れたこのエリアは、“隠れた楽園”と称される程の美しさを誇る。手つかずの自然が広がり、どこまでも続く美しい白浜には、穏やかなうねりが打ち寄せる。視線を向ければ、対岸にはパームビーチがあり、そこには1960年代に都心を離れたヒッピーたちが移り住み、ボブ・マクタビッシュをはじめとするクリエイティブなシェイパーたちが暮らしている。そんな自由な文化と洗練されたサーフインンの歴史が息づく環境で、カイは育った。
カイがサーフィンを始めたのは幼少期。父親から譲り受けた7’11”の古いシングルフィンのボードが、彼の人生を大きく変えた。幼い頃から『Morning of the Earth』や『Endless Summer』、『Longer』といったクラシックなサーフィン映画を繰り返し観るうちに、彼の心にはある確信が芽生えていた。“シングルフィンこそ、自分のスタイルに最も合ったボード”ということ。シングルフィンの特性上、自らスピードを生み出すのではなく、波のエネルギーを的確に捉え、その流れに沿ってスムーズに乗る技術が求められる。波と一体化し、無駄のない動きでライディングする——そのシンプルでエレガントなスタイルに、カイは強く惹かれていった。

スタイリッシュなハングテン。波と完全にシシンクロし、両足が完全にノーズを捉えると時空が歪んだかのような一瞬を体感する
いまはバイロンベイに移住し、WSLに出場するための遠征費用を稼ぐべく、グラッサーとして忙しい日々を送っている。仕事の合間を縫って海に行き、自らデザインし、シェイプしたボードでサーフィンをする。彼のライディングは決して派手ではない。冷静に波と向き合い、独特なリズムでボードを操る様子は、まるでスローモーションの映像を見ているかのようである。波のパワーゾーンを探りながら余計な動きは一切排除し、ターンの瞬間に鋭いカービングで秘めた力を解放する。その静と動のコントラストが、彼の個性を際立たせ、多くのサーファーを魅了している。
10年前、カイはグラッシングだけでなくシェイピングにも本格的に取り組み始めた。サーフボードの製作過程をすべて理解しなければ、自分が理想とするライディングが実現できないと考えたからだ。彼は’60年代からのデザインの進化を研究し、’70年〜’80年代に興った技術革新を積極的に取り入れた。その結果、ロビン・キーガルとドナルド・タカヤマのスタイルの中間に位置するようなボード作りを目指すようになる。伝統的なデザインを尊重しながらも、最新のフォイルやテクノロジー、素材を駆使し、軽量かつフレックス性の高いパフォーマンスボードを開発している。

グラッサーの仕事を終えて帰宅し、シャワーを浴びると再びシェイピングベイに戻り自分のボードを削る

1965年当時のGordon & Smithからテンプレートを取る。厚みを薄くし、テールをシャープにするなどアレンジを加えてアップデート
バイロンベイのサーフショップ「ワイルドシングス」とコラボレーションし、フィンのデザインを手掛ける一方で、自らが100%納得できるボードデザインが完成するまで、自身のブランド「Higher Statement Surfboard」のカスタムオーダーを停止している。収益を追求するよりも、理想のボード作りに専念するその姿勢は、レジェンドシェイパーたちと共通するものがある。
9歳からコンテストに出場し始めたが、ここ10年ほどは競技への情熱を失っていた。遠征先ではパーティ三昧の日々を送り、次第に自分を見失い、何を目指しているのかさえ分からなくなっていた。そんな自暴自棄に陥っていたとき、転機が訪れる。2024年10月、エルサルバドルで開催されたコンテストの帰路、CJ・ネルソンが主催するメンズ・メンタルヘルスのリトリートに参加することになる。そこで、自分がどれだけ恵まれていたか、そしてどれほど人生を無駄にしていたかを痛感した。
帰国後、彼は生活を一変させた。朝4時に起床し、ランニング、ヨガ、瞑想を取り入れ、心と体を鍛え直した。そして、これまでの20年間を費やしてきたサーフィンに、改めて真剣に向き合うことを決意する。2025年2月、ゴールドコーストで開催されたWSLオープンに出場し、ついに決勝の舞台へと進んだ。決勝戦では2度も岩場にボードを流し、泳いで取りに行くことで体力を消耗してしまう。残り3分、必要なポイントは7.1ポイント——カイは心の中で自分に言い聞かせた。「本当に勝ちたいなら、ここで踏ん張れ。何をしにきたのか思い出せ!」。

波のパワーゾーンをキープしフィンと水が噛み合う僅かな振動を感じ取る。フェイスの曲線をなぞるようにレールを入れたターン

ヨガで心身を整え、日の出と共に海に向かう。ボードにセットされているフィンは、オリジナルデザインの「レガシー9.8”」
自然に身を委ね、海の感触を確かめ、顔に吹きつけるオンショアの風と波しぶきを感じながら、最後のセットを待つ。そして、その波で見事7.2ポイントを叩き出し、劇的な逆転勝利を果たした。これは単なる偶然ではなかった。カイは“ラスト数分でスコアが必要な状況でも、絶対に勝てる”と信じられる自分を作るために、数ヶ月間フィジカルとメンタルの両方を徹底的に鍛えてきた。そして、その努力がついに報われたのだ。
いまは自らの経験を活かし、若手サーファーの育成にも力を注いでいる。自身のブランドの再開準備を進めながら、次なる世界大会への挑戦を視野に入れ、さらなる進化を目指している。彼のサーフィンにかける思いは、これからも変わることなく続いていくだろう。

カイ・エリス=フリント
1996年生まれ、バイロンベイ在住。シェイパー、フリーサーファー、コンペティター。WSLロングボードランキング11位(2025年3月)、理想のライディングを求め、自らボードを削る。
photography & text _ Zack Balang
>>SALT...#04から抜粋。続きは誌面でご覧ください

「SALT…Magazine #04」 ¥3300
サーフィン、暮らし、生き方、そして思考をより本質的なものへと回帰。シンプルで持続可能な在り方を追求することこそが、真の豊かさにつながる。
<Contents>
⚪︎Burleigh Single Fin Festival
⚪︎未知なる領域へ̶̶ サーフィンの新境地
⚪︎シングルフィンを愛する10人のインタビュー
⚪︎STILL AND TRUE
⚪︎笹子夏輝 ~カリフォルニア・スタイル巡礼の旅
⚪︎サーフィンによるマインドセットのススメ
⚪︎Stories Behind the Waves
⚪︎今を生きるサーファーたちのダイアログ
⚪︎世界の果て、南ポルトガル・サグレス
⚪︎Column _ Miyu Fukada
オンラインストアにて発売中!
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