• 【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 17/無常迅速
  • 2026.04.15

楽園の夜に突きつけられた現実

南バハにも、北からのスウェルを拾うポイントがある。
トドスサントス——空港のあるラパス、南端のサンホセ・デル・カボといった町が点在し、この一帯に入った瞬間、人の密度が一気に上がった。パームツリー、白砂の浜辺、コバルトブルーの海。それまで人のいない砂漠を抜けてきた僕たちにとっては、大きな変化だった。人が増えれば、窃盗などのリスクも高まる。そう警戒はしていた。
シーズン一発目の北スウェルが届いていた。セリトスというビーチをチェックすると、セットで頭半ほどの波が割れている。ボトムはサンドで、アウトからはクローズ気味の波も入り、久々にビーチブレイク特有のスリリングな感覚を味わった。
町の人の多さに圧倒され、僕らは静かなビーチを求めた。アプリで見つけた無料のキャンプスポットへ向かう。到着すると、大きなショアブレイクの向こうに沈む夕日が、波をエメラルドグリーンに染めていた。釣りをする人や、ほかのキャンパーもいて、ゆったりとした時間が流れている。その夜、僕らは安心して眠りについた。

バハ半島の南端の町、カボ・サンルーカス。カナダやアメリカから冬の寒さをしのぐためにここに集まる

セリトスビーチ。WQSなども行われる観光客にも人気の場所だが、まだ道は舗装されていない

バハに点在するシークレットの一つ。真西に面していて北も南もうねりを拾うが、滞在した4日間一度もサーフィンをすることはできなかった

海へ抜けるためにプライベートエリアを通過することもある。通っていいのかわからないが、前に進むしかない

午前2時頃、ヴァンをノックする音で目が覚めた。この時間に声をかけてくるのは、たいてい警察だ。そう思い緊張が走ったが、外に立っていたのは普通の一般人に見えた。
「六角レンチを貸してほしい」
拙いスペイン語では完全には聞き取れなかったが、何かに困っていることは伝わってきた。奇妙な時間ではあったが、この旅で僕らも多くの人に助けられてきた。今度は自分の番だと思い、持っているレンチを取り出した。そのまま持ち去られるのも嫌だったので、彼と一緒に車まで歩くことにした。出身地はどこか——そんな他愛のない会話をしていると、200メートルほど先に一台の車が止まっており、ほかに3人の男が待っていた。
「どうしたんだろう?」そう思った瞬間だった。
「SHUT UP!!!」
こめかみに冷たいものが押し当てられる。
ピストルだった。
一瞬で状況を理解した。両腕を二人の男に押さえられ、車の中に押し込まれる。
誘拐——その言葉が頭をよぎった。

自分のことより、先に妻の顔が浮かんだ。もしここで消えたら、彼女は一人になる。自分一人なら、いざとなれば逃げることもできるかもしれない。だが、妻を一人にするわけにはいかない。幸いにも、彼らが要求してきたのは金だけだった。
夜中の2時、寝ているところを突然起こされ、「六角レンチを貸してほしい」と言ってきた相手に、まとまった現金を持っているはずがない。そう伝えると、「くそっ!」と、想定外だったかのような反応を見せた。その瞬間、彼らが素人である可能性が頭をよぎった。だが、油断はできない。仮に持っているピストルが本物であれば——抵抗は禁物。この掟は絶対だった。
僕らは、このような事態に備えていた。パスポートやクレジットカードは分散して隠してある。被害は最小限に抑えられるはずだった。
車に乗せられたまま、僕のヴァンのもとへ戻る。ヴァンの中には、手の届く場所にカメラやパソコンがあった。だが彼らは、早く立ち去りたいという焦りからか、車内を細かく調べようとはしなかった。
いつも持ち歩いているポーチを差し出す。中には現金1万5千円ほどとクレジットカード、そして寿司屋で働いていた頃にお客さんからもらったカードケース。そしてスマートフォン。すべてを奪うと、赤いテールランプは闇の中へ消えていった。
まず、妻に危害が及ばなかったことに、心から安堵した。強盗の話は以前から耳にしていたが、まさか自分たちが経験するとは思っていなかった。まだ起きていた近くのキャンパーに事情を説明し、彼らの隣に車を移して夜明けまで過ごしたが、ほとんど眠ることはできなかった。

翌朝、カボ・サン・ルーカスの交番で被害届を出した。形式的な対応はしてくれたが、実際に捜査が進むことはないだろう。お金を積まない限りは。
その後しばらくは、出会う人すべてを疑ってしまった。だが、それも時間とともに薄れていく。
今回の出来事は、不運だった。ただ、それだけではない。正規のキャンプ場を選んでいれば、防げた可能性は高い。僕らにも落ち度はあった。
それでも——バハという場所を、嫌いになることはなかった。

メキシコ本土に渡ろうか決め悩んでいたところ強盗に遭い、その先は諦めた。代わりにこのバハ半島の南端で1か月過ごした

大好きなプラヤ・パルミージャ。リゾートホテルの中にあるパブリックビーチで監視カメラもある

カボ・サンルーカスから少し東に行くとサンホゼというエリアがある。リゾート地になっていて海がとてもきれい

古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
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