• 【連載:Ride of a Lifetime】カナダからカリフォルニアまで、ヴァンで旅するサーファーの旅の記録_Episode 16/色即是空
  • 2026.04.02

夢の波、記憶の彼方へ

サーファーなら一度は夢見るブレイクが、世界各地に点在する。ここスコーピオンベイも、その一つだ。荒野に囲まれたユニークな地形、そして何より、世界有数のロングライドが楽しめる。
僕らがこの場所に着いたとき、シーズン最後であろうスウェルが押し寄せていた。ここは1st Pointと呼ばれる一番手前のブレイクから、海岸線沿いにポイントが連なっている。一番奥まで行けば6thまであるが、主に人気なのは2ndから4thまでの間だ。南からの大きなスウェルが決まると、普段はそれぞれ独立しているスポットが繋がり、夢のようなロングライドが姿を現すという。2ndから3rd手前の崖の上はすべてキャンプ場となっており、波を眺めながらくつろぐことができる、サーファーにとって最高のロケーションだった。

南からのスウェルが半島を巻き込むように入ってくる。条件が揃うと、戻るのに車が必要になるほどロングライドできる

朝、カーテンを開けると、すでにゆっくりと長く割れる波が連なっていた。コーヒーを挽きながら、潮が引くのを待つ。このスウェルのためにキャンプ場には多くの人が来ていたが、皆それぞれのタイミングを待ち、パドルアウトしていく。誰もガツガツすることなく、有名なスポットとはいえ、穏やかな雰囲気が流れていた。
僕らは初日、2nd Pointでサーフィンをした。このブレイクは大きなベイエリアとなっていて、砂混じりのリーフの上で割れるトロめの波。ロングボーダーや初心者、年配のサーファーも楽しめる人気のスポットだ。横一直線にアプローチするスウェルラインにボードを引っ掛け、テイクオフする。だらだらと崩れていく波は、地形によって何度もリフォームを繰り返し、インサイドまで乗っていける。ターンをするわけでもなく、ただ純粋に波に乗ることを楽しむ。気づけば、1分以上乗っていることもあった。
夕方、僕は一人で3rd Pointに入った。波のフェイスは張りを見せ、3〜4ftのファンウェーブ。足元で水面を走るボードには、確かなスピードを感じる。夕日を背に、自由にラインを描いていく。南半球から何千キロも海を越えてやってきた波の、最後の数十秒を共にする。この瞬間のために、僕はカナダから何千キロも旅をしてきた。ただ波に乗りたくて。
ひとつの夢が叶った瞬間だった。
だが意外にも、その時間はあっという間に過去となり、夢は記憶へと姿を変えていった。

ロータイドのときの2nd point。手前にリーフが見えるが、昔はすべて砂浜だったと聞いた

波がいいと自然と駆け足になっていく! 崖からビーチまでのアクセスが急で降りるのが意外大変

ここでもボリュームのあるボードが大活躍だった。厚めに割れる波でもボードが滑り出すのが早い

水温も温かくタッパーがあれば十分。手前のリーフが鋭いのでロータイドのときは注意が必要


満月の夜、同じキャンプ場にいた老夫婦にキャンプファイヤーに誘われた。意外にも、バハを旅している若者はあまり多くない。ほとんど出会うのは、年配の人たちだ。そして彼らには、一つの共通点があった。
「1980年代からバハに通っている」
彼らもまた、若い頃に訪れて以来、この地の虜になっていた。火を囲みながら、昔の話を聞かせてくれた。橙色に照らされた彼らの顔の陰影に、僕は40年後の自分の姿を重ねていた。そして彼らの優しい眼差しもまた、僕らに若かりし日の自分たちを重ねているようだった。
消費社会の中で、日々すり減っていく充足感。そんな世界とは対照的に、バハは昔から変わらず、今もそこに在り続けているのだと思う。
「足るを知る」
電波も何もない場所にあったのは、お金では決して買うことのできない経験だった。一つひとつ経験を重ね、自分の世界を広げていく。世界は広いようで狭く、狭いようで広い。手の届かない場所にあると思いきや、それはすぐそばにあることもある。近くにありながら、それに気づかなければ、触れることすらできない。

サンセットをバックにサーフィン。サーファーはいたが、ポイントが広いため混んでいる印象はなかった

古川良太(サーファー/鮨職人)
20代の3年間、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中南米の波を求めて旅を重ね、サーフィンに明け暮れる。帰国後は鮨職人として6年間修行し、日本文化と真摯に向き合う日々を送る。現在は妻と共にヴァンライフを送りながら、カナダからアメリカ西海岸をロードトリップ中。旅の様子はYouTube「アーシングジャーナル」で定期的に公開。
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